1.ファーストコンタクト

 ガロの視点を通して、俺は辺りを見ている。半球状の狭い室内空間で、これは押し固められた雪のブロックで構築されているようだ。室内空間の小上がりに何の動物か分からない毛皮が敷いてあり、そこにガロが寝かされていたという訳だ。この雪のブロックで作られた住居はテレビで見たことがある。何だっけ。そうだ、イグルーというやつだ。

 少し寒く感じるが、それほどでもない。このイグルーのおかげか、ガロの厚い脂肪のおかげか、あるいはスキル【環境適応】のおかげか、それは定かではない。


「あのー、少しよろしいでしょうか。……絶対によね」


 ガロはその見た目とは裏腹に遠慮がちに声を発する。この狭いイグルーに、今はガロだけだ。十中八九、俺に対する問い掛けとみていいだろう。この訳が分からない世界が何なのかを知る絶好の機会だ。彼の要請に応えよう。そう思った瞬間、視界がまたもやホワイトアウトした。


「やはり、いらっしゃったのですね!」


 白の空間に浮かぶガロは膝を突き、俺の視点に向かって頭を垂れた。はてさて、俺はどう返答するべきか。こんなゲームのような世界だ。思い切ってロールプレイをするのもありだろう。とすれば俺は――


『うおっほん! 面を上げよ!』


 わざとらしく咳払いし、俺は叡智溢れる賢者のように振る舞うことに決めた。神妙な面持ちでガロが面を上げる。


「はっ、ガロと申します。先ほどおっしゃられておりました『げーむ』とはいったい何のことなのでしょうか」


 まずいな。早速、つまずいている。初めにガロの体に飛び込んだ時の独白が届いてしまっていたようだ。


『うむ。異界から初めてこの世界に訪れたゆえ、ここを幻夢の世界だと言ったのだ』


 うまく誤魔化せたか?


「異界から渡って来られたとは! やはり、あなた様は神なのでしょうか」

『神など、そのような大それた存在ではない』

「さようでしたか。では、あなた様のことをなんとお呼びすればよいでしょうか」

『名はない。お主の好きに呼ぶがよかろう』


 そうは言ってみたものの、いきなりこんなことを言われたら、困るに違いない。案の定、ガロは少し難しそうな顔をして顔に手を当てる仕草をした。

 見た目はいかついけど素直でいい子じゃないか。愛嬌のある大型犬のようでなんだか心が和む。そんなガロをしばし見ていたが、どうやら整ったようだ。


「では、アスタ様とお呼びしてもよいでしょうか」

『理由を聞いてもよいか』

「はい。アスタ、というのは私達の古い言葉で星という意味です。あなた様が私の体に住まわれる前、色とりどりの流星群が夜空を飛び交っておりました。このようなことは私が今まで生きてきて初めてで、壮観な景色に息を呑んでいました。その中の一際大きく輝く流星が私に向かってきたのは驚きでした。それがあなた様だったのです。その輝きは今、この時も失われていません。ゆえにアスタ様とお呼びしたく思います」


 俺って、今はそういう見た目になっているのね。かしこまって頭を垂れたくなる気持ちも分からないではない。


『あいわかった。ならば、そのように呼ぶがよい』

「ありがとうございます。早速ですがアスタ様、一つお願いごとがございます」

『申してみよ』


 俺の言葉にガロは少し姿勢を正した。


「では恐れ多くも私の夢を語らせてください。……これは百年程前の話です。この世界は天変地異に見舞われました。元は日の光に溢れ、食にも困らない恵みの大地が広がっていたと聞きます。荒れ狂う大波に大地は飲まれ、気候も大きく変わってしまいました。大地は氷に閉ざされ、生き残った者は互いに寄り添い、小さな集落を維持するのが限界でした。しかし、神は私達を見捨てませんでした。絶望に打ちひしがれる私達に、神託が降りたのです。それは生きとし生けるもの、全てに」


――汝らよ、これは試練である。今ここに、六の世界が一つになった。その揺り戻しが汝らに耐え難き痛みを与えたであろう。しかし、これはただ戯れに行ったのではない。大いなる危機が迫っているのだ。

 ゆえに六の世界を統合し、来たるべき時に備える必要があったのだ。その時とはおおよそ二百年の後。六の世界の汝らは手を取り合い、脅威と闘わねばならぬ。さもなければ真の滅びが汝らに訪れるであろう。

 敢然と立ち向かわんとする汝らのため、我ら七柱の神は汝らに祝福を与えよう。見事、この試練を乗り越えてみせよ――


「そうして私達はスキルという祝福を授かったのだそうです。しかし、私達の世界の者はその日その日を暮らしていくのに精一杯でした。未知の世界を恐れ、接触を固く禁じているのです」

『お主はその禁を破ろうと言うのだな。そのための力が欲しいと』

「おっしゃる通りです」


 淀みなく述べるその様から、それは確かに成し遂げたい夢なのであろう。だが彼には決定的に足りないものがある。


『お主はそのような大志を抱きながら、今まで何をしてきた? 悔いのない時間を過ごしてきたと言い切れるのか?』

「それは……」

『だが案ずるな。我がお主を導こう。そのために、この世界のことをもっと知らねばならぬがな。ガロよ、これから厄介になるぞ』

「アスタ様……! ありがとうございます。どうか、私をお導きください」


 ガロがうやうやしくお辞儀したかと思うと、たちまちに白の空間から消失した。白の空間に存在するのは俺一人になってしまった。必要な会話が終わったから、いなくなってしまったのだろうか。この白の空間の仕組みも後で理解しないとな。

 それにしてもガロの語り口に胸が高鳴るような思いがして、ついつい安請け合いしてしまったが、肉体がない精神体のような自分に何ができるものか。


『お主はそのような大志を抱きながら、今まで何をしてきた? 悔いのない時間を過ごしてきたと言い切れるのか?』


 ガロに言った言葉が思い起こされる。こんな言葉が自然に出たのは、もしかしたら地球にいた頃の俺自身に言いたかったからなのかもしれない。俺も今からできることから始めよう。

 白の空間に取り残された俺は、ガロの体に入り込んだ時に見た、あの透明なパネルを出そうと試みた。


【個体名】ガロ

【種族】亜人(海獅子族)

【性別】男

【年齢】15

【加護】水神メルクレード

【能力】力強さD / 器用さE / 身の守りD / 素早さF / 魔力G / 魔力耐性F

【スキル】海獣の拳術 / 槍の使い手 / 狩人 / 環境適応 / 星の記憶


 おお、出た出た。やっぱり前に見た時からスキル【星の記憶】が追加されているな。これがおそらく、俺がこの世界で使用できる力だ。詳細を知りたいところだが、このパネルは触ったりできるのだろうか。おっと、俺には腕がない。腕があればなあ……。

 そう思うと、視点近くからニュルッと光の腕が生えた。すっかり人外になってしまったんだと本当に実感する。しかし、これならパネルに触ることができそうだ。試しに【星の記憶】を触ってみると、他の文字は全て暗転し、更にパネルが出現した。


【スキル名称】星の記憶

【希少性】EX

【説明】原初から星に刻まれたあらゆる事象、想念、感情の記憶にまつわるスキル。

【効果】生物、非生物を問わず、知覚した対象の情報をステータスパネルにより閲覧できる。効果発動時は音声補助により、対象の状態変化を把握することができる。

【熟練度】★☆☆☆☆

【統合スキル】言語理解 / エンパス / エクトプラズム / 亜空の支配者


 またも情報の大渋滞。よく分からないけど、なんだかすごいスキルのようだ。ステータスパネルを見れたのも、謎のアナウンスが聞けたのも、どうやら【星の記憶】のおかげらしい。【星の記憶】に統合されているスキルに【言語理解】【エンパス】【エクトプラズム】【亜空の支配者】というものがあって、これも触って調べてみた。


【言語理解】は文字通りのスキルで、異世界言語を理解することができる。


【エンパス】は接触した対象と意思疎通、感覚共有を図ることができる。ガロと普通に話すことができたのは、これと【言語理解】の組合せによるものだと思われる。もしかして動物とかにも有効なのかな。


【エクトプラズム】は肉体の外に霊体を移動させることができる。パネルを触るために出てきた光の腕はおそらく【エクトプラズム】によるものだ。白の空間以外でも使えるなら、これはなかなか使えそうだ。


 最後に【亜空の支配者】だが、これはこの世界とは時空が隔絶した亜空間への入り口を開くことができるスキルだ。白の空間はどうやら【亜空の支配者】で作り出されたらしい。

 白の空間こと亜空間だが、実に細かいルールがある。対象を空間に入れるには、まず生物の場合、対象と接触した状態かつ対象が空間へ入ることを望んでいる状態で、俺がそれを許可することが必要だ。無生物の場合は接触した対象を無条件で空間に入れることができるが、いずれにせよ収納可能な容積に限りがある。

 外の時間経過は、俺が亜空間を出た瞬間から発生する。裏を返せば、俺がこの空間にいる間、外の時間経過は発生しないということだ。生物を亜空間に残した場合、その対象の意思で空間から出ることはできないので俺が出してやる必要がある。ただ、亜空間内はこの世界と時間の流れが違うから、亜空間内の対象の認識としては、外に出るまでほんの一瞬となる。

 物品の大量輸送、食料の永久的な貯蔵、要人の保護など、すぐに思い付くだけでこれだけの用途があり、これが一番強力なスキルと思われる。希少性も【星の記憶】とおなじくEXとなっている。


 ガロ自身のスキルもパラパラと覗いてみたが、俺のスキルと比べると常識的な内容になっていた。まあ、今まで地球にいたことを思えば、それでもかなり奇天烈な内容なのではあるが。この集落の外にどんな危険があるのか分からないが、このステータスパネルで得られた情報をもとにガロの強化方針を決めて指導する、というのが当面の目標となりそうだ。

 これ以上の情報は今のところ得られなさそうなので、とりあえず、白の空間から出よう。俺は意識を外の世界へ向け、イグルーに戻った。


『ガロ。我の声は聞こえるか』

「アスタ様! 聞こえます」


 ガロの興奮、畏敬の念が入り混じった感情が伝わってくる。【エンパス】による感覚共有の力だ。だめだ。うまくコントロールしないと、いちいち引っ張り回されてしまいそうだ。俺は【エンパス】の力のボリュームを最小にするように意識してみた。……よし、落ち着いた。


『声を発さずともよい。心の声を我に届くよう意識してみよ』

『こうでしょうか』

『うむ、聞こえるぞ。我が行使できるスキルを把握したゆえ、白の空間を介さずとも、お主と話すことができるのだ』

『それは素晴らしいですね! アスタ様も祝福を授けられたということでしょうか』

『それは分からぬ。この世界に来た時に発現したようではあるが。少し試したいことがあるゆえ、付き合ってくれ』


 俺は【エクトプラズム】の力を発現させる。ガロの視界を通して、光の腕が空中に出てくるのを確認した。同時に300の数字のカウントダウンが視界の片隅で始まった。


「わ、これはなんですか、アスタ様!」

『声が漏れておるぞ、ガロ。これは【エクトプラズム】のスキルによる力だ』


 俺は光の手でテーブルの上の置かれた干し肉を掴んでみた。霊体でも物質に触れることはできるようだ。一番の心配事だったので少しほっとした。そのままガロの眼前に持ってきてみる。懐かしいビーフジャーキーのような匂いがして食欲がそそる。そのまま口にねじ込んでみた。


「!」


 無理やり口に入れたので、少し悪いことをしてしまったが、食欲があったのかそのまま咀嚼してくれた。クセがあるけど、うまみが強く結構イケる味だ。その間、光の腕から形を変えてみようと試みてみたが、それは叶わなかった。おそらく熟練度の問題と思われるので、この力も意識して鍛えておこう。


『肉はうまかったか』

『はい。しかし、いきなりなんてことをするんですか』

『わはは、気にするな。腹も満たされたことだし、では外に出ようか』


 視界の片隅にある数字のカウントダウンがゼロになると、光の腕は消失した。現実世界の使用では、現状で時間制限五分ということになる。

 消失の瞬間、グレーの数字で新たなカウントダウンが始まった。これはおそらくリキャストタイム(もう一度使用するために必要な時間)だ。連続しての使用はできないということになる。

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