クラスメイトはアンドロイド

Phantom Cat

第一章 ワカ、登場

1

「それではここで、転校生を紹介します」


 二学期の始業式後のホームルーム。山ノ中小学校、五年生クラス担任の若村わかむら 恵美めぐみ先生がそう言った、次の瞬間、五年生の教室の中にどよめきが巻き起こった。


 教室の引き戸を開けて歩いてきたのは、人間ではなかったのだ。


 とは言え、遠くから見たら人間と区別をつけるのは難しいかもしれない。だけど、近くで見れば歩き方がぎこちないし、関節が動くとモーターか何かの音がする。そして、人間と同じように服は着ているけれど、それに隠れていない体の部分はプラスチックや金属で出来ているのが明らかだった。


「ワカ、と言います。みなさんよろしくおねがいします」


 黒板の前でそう言いながら「ワカ」が頭をコクンと下げる。マッシュカットの黒髪と無表情だがおだやかな感じの顔は、男子にも女子にも見える。どちらにしてもずいぶんな美形だな、と時国ときくに 瑛太えいたは思った。


 普通の体形の26歳日本人女性である若村先生に比べれば、「ワカ」の身長は明らかに低い。体つきも普通の小学生と変わらない、と言っていいだろう。声も小学生くらいの人間のそれとあまり変わらないが、全然感情がこもっていないように聞こえる。


「ワカさんはロボットですけど、これからみなさんといっしょにこのクラスで勉強していきます。みなさん、仲良くして下さいね」


 先生がそう言っても、十人の子どもたちの誰もがポカンとした顔のままだった。


 しかし。


「先生、質問があります」


 ようやく手を上げたのは、瑛太の隣の席に座っている副学級委員長の島崎しまざき かえでだ。メガネをかけた、長い黒髪の女子。身長は瑛太よりも少しだけ低い。


「あら、何かしら、島崎さん?」先生が楓に顔を向ける。


「ワカさんは、なんでこの学校にやってきたんですか?」


「そうねぇ……それは、ワカさんに直接お話ししてもらおうかしら」


「わかりました」


 ワカがその後を引き取って続けた。


「ワタシは、将来人間を助けるロボットになるために作られました。主な仕事はお年寄りの看護、かい護や人命救助などです。だけど、それにはまず人間についてよく知っていなければなりません。だから、人間のみなさんといっしょになって学校で勉強したり、遊んだりするために、この学校に来たのです」


「それは分かりました」楓の顔は少し不満そうだった。「だけど、わたしが一番聞きたいのは、なぜこの山ノ中小学校に来たのか、ってことです。他にもたくさん小学校はあると思うんだけど、なんでこんな田舎の、子どもも少ないところに来たのかな、って」


「ああ、失礼しました」ワカがおだやかな笑顔になる。「それはですね、田舎の方がお年寄りが多くて、看護やかい護が必要になる人も多いからです。だけど若い人が少ないから、そういうお年寄りの面倒を見てあげられる人も少ない。将来ワタシは田舎でそういう仕事につくことになる可能性が高いので、今のうちに田舎になじんでおくように、とメーカーの人に言われました」


「そういうこと……」うなずいてみせたものの、まだ楓は納得した顔をしていない。「でも、ロボットなんだから、わざわざ人間といっしょに勉強しなくても、データをダウンロードすればそれで済むんじゃないの?」


「……」


 クラスのみんなは、あっけにとられていた。楓がこんな風にしつこく食い下がる姿を見せることはめったになかったのだ。だけど、彼女は父親が高校の情報の先生で母親がシステムエンジニアなので、コンピュータについてはクラスの誰よりも強い。だからどうしても気になって聞かずにはいられないのかもしれない。そう瑛太は思うのだった。


「データをダウンロードして済ませるのは無理です」


 ワカがかぶりを振ってみせた。そんなこともできるらしい。そのままワカは言葉を続ける。


「経験、って言うものには実はものすごい量の情報が含まれているんです。気がついていないだけで、人間も経験の中からものすごい量のデータを学習しているんですよ。それと同じだけのデータを予め用意することは難しいです。それよりも、人間といっしょになって経験する方が、よっぽど手っ取り早いですね」


「なるほど……確かにその通りね……」


 ようやく楓は納得したようだった。


「ええと……島崎さん、もういいかしら?」と、先生。


「あ、はい。話は大体わかりました」


「それは良かったわ。じゃ、ワカさんの席なんだけど、島崎さんの隣の席にしましょう。ちょうど空いているし、島崎さんとは話も合いそうだからね」


「はい」


 あっさりと楓はうなずく。


「それじゃ、ワカさん、席について」


「はい」


 今教室にある机は三席の列が四つ並んでいて、合計十二席あるが、子どもは十人しかいないので二つ余っている。一番後ろの、一番廊下に近い席が学級委員長の瑛太の机で、その左が副委員長の楓の机だった。さらにその左隣の席を先生が指さすと、そこに向かってワカが動き始める。やはりかなりぎこちない。そして、楓の隣にやってきたワカは……ずいぶん時間をかけて椅子を引き、ようやく腰を下ろした。それを待ちかまえていたように先生が言う。


「いいですか、今ワカさんが言った通り、ワカさんはこれからずっとこの小学校でみなさんといっしょに過ごすことになります。仲良くしましょうね」


「はーい!」


 みんなの声がそろった。

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