第3章

冷たい右目3

「これから鶏肉と魚は食べられそう。さすがに牛肉は気分が悪くなりそうになったけど、どれも美味しかったわ」


「それならよかったです。事前に調査しておいた甲斐がありましたよ」


「ふふふっ。今日は本当にありがとう。楽しい……デートだったわ」


「俺も楽しかったです」


 アパートまでの帰り道、那智と橙樺はレストランでの食事のことを話していた。


 食事中、橙樺が目に涙を浮かべているのを那智は見逃さなかった。

 彼女は食事の美味しさを噛みしめていた。

 感涙にむせぶ彼女は幸せそうで、那智も幸せな気持ちになった。


 やけに冷える夜だった。

 雪の気配がした。

 愛し合う者たちと橙樺には喜ばしいクリスマスになりそうだった。


 雪が降る前に東京から旅立とう。

 姫代さんと別れよう。

 いつまでもここにいたら姫代さんが恋しくなって本当に離れられなくなってしまう。

 明日、ここを発とう。


 那智はカップルや夫婦で埋め尽くされた通りを歩きながらそう決心していた。


 橙樺に別れを告げようとしたが、それはなかなかできなかった。

 結局、アパートが見えてきても「さよなら」を言い出せなかった。


 しかし、アパートを目前にして、那智は片腕を地面と平行に上げて橙樺を制止した。


「どうしたの?」


「姫代さん、部屋の前を見てください」


「えっ? な、何?」


 橙樺の部屋の前には3人の男がたむろしていた。

 3人は絵に描いたような柄の悪さで、明らかに彼女とは関係なさそうな連中だった。


 橙樺は3人に恐怖していた。

 それはそうだろう。

 家の前にチンピラが3人もたむろしていたら、誰でも帰るのを尻込みしてしまうだろう。


 物騒なことに、1人は金属バットを所持していた。


 姫代さん1人が目的なら手ぶらだったはずだ。

 恐らく3人は俺が一緒にいることを知っている。


 あいつらは誰と関係がある?

 歌舞伎町でやり合った2人か?

 それとも、カフェで俺が追い出した男か?

 それとも、逮捕されたストーカーか?


 いや、どれも考えにくい。

 どいつもこいつも姫代さんの住所を知らない。

 じゃあ、あの3人は何者だ?


 那智は推測を巡らせたが、3人の正体には思い当たらなかった。


 いずれにせよ、あの3人と話してみなければならない。

 今後付き纏われても姫代さんが迷惑する。

 ここで解決しておいた方が賢明だ。


「姫代さん、大丈夫ですか?」


「え、ええ。私になんの用かしら? 心当たりがないのだけど」


「俺が話してみます。姫代さんは電柱の陰に隠れておいてください」


「あっ、ちょっと――」


 橙樺の声を振り切り、那智は毅然とした態度で3人の元につかつかと歩んでいった。


 3人は那智を取り囲み、逃げ場をなくした。

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