踊る阿呆に
「ねぇ、あんた」
放課後。あたしは渡部のいるクラスまで行って、この前こいつが言いかけた事が何かをわざわざ聞きに来てあげている。……いや、別にこんな事、する必要はなかったんだけど、何か言われていたのを変なのに邪魔されて聞きそびれたのが小骨が喉に刺さってるみたいでむずむずするから。
渡部は他の生徒が遊んでたり話してる中、一人黙々となんか窓を雑巾で拭いてる。……乱雑に置かれてる雑巾の山を見るとああ、こいつ誰かに仕事、押し付けられんだなと感じる。異常にお人よしなのか、バカなのか分からんけど。
「渡部、ちょっとってば」
あたしが再度呼ぶと顔だけをこちらに向けてきた。性格に似つかわしくない、やけに立派な太い眉がおかしい。
「この前スーパーであたしに何か言いかけたでしょ。何?」
そう質問すると、渡部はあっ、えっと……ときょろきょろと目を泳がせる。だからそういう挙動不審さやめれば、もう少しまともに扱って貰えるだろうに。あたしが早く内容を言ってほしくてうずうずしていると奥のドアが開いて、あっ。
「おい渡部! てめえ早く来いっつたろ!」
あーあ……。まっちょんがナスビ顔を引き連れてこっちに来ている。だから早く言えって。今まで和気藹々と(渡部以外)していたクラスの他の子達がまっちょんが現れると背を向けるか、そそくさと教室から出ていく。そういう奴なんだこいつら……。ナスビ顔がいかにも性格が悪そうな笑い声を発して。
「おーいおい窓拭きもろくに出来ねえのかよ、つかえねーの」
「おめえが金出さねえでどうすんだよ! オラ、ゲーセン行くぞ」
「ちょっと!」
あたしを無視して渡部をまっちょんが連れていこうとした、からしまったと思ったが口から出てしまった。けど、もうあたしから声を掛けてしまった手前、引き下がるのも癪だ。大体、ずっとうっすら馬鹿にされてるのもムカつく。
「あたしが渡部と話してたんだけど。用事ならそれからにしてくんない?」
まっちょんとナスビ顔がゆっくりとあたしの方へと振り向く。乱暴に渡部から手を離すと、まっちょんはあたしの正面までどすどすと歩いてきた。……思ってたより、厚いしデカいなこいつ……。マジでミニチュアゴリラじゃん。あーもう、何でこう……。まっちょんは明らかに圧を掛けてくる様な、あたしが女だろうと関係ない、そんな声色で。
「お前渡部のなんだ? 関係ないだろ」
「かん……関係なく、ないんだよ。渡部から……あたしに話があるって来たんだから」
あたしがそう、圧に負けないで割と強めな口調で返すと、まっちょんは俯いている渡部の方を見る。渡部はまっちょんからもあたしからも目を逸らしていて、もういい加減お前が一番しっかりしろよ、と私さえもキレそうになった時だった。ナスビ顔があっ! とやけに明るい声でまっちょんに言う。
「まっちょん分かった、こいつ肝試しの事ボサ髪女に言おうとしてたんじゃない?」
「肝……試し?」
あたしが急に出てきたその言葉に首を傾げていると、まっちょんは何か納得した様にあぁ~そういう事か! と無駄にクソ馬鹿デカイ声で無理やり渡部の肩を組みながら、その肝試しとやらを意気揚々と話し出した。
「俺と島田と他の学校の奴で土曜の夜にメゾンドつきみや行くんだけどよ、俺らの安全確保の為に渡部隊長に先陣切ってもらうんだよな。な、渡部」
あのナスビ顔島田って言うんだ。じゃなくて、話は読めてきた。要は渡部はその心霊スポットにまっちょんの代わりに行かされるんだって事は分かった。どうせそれで動画取れとか一人で行ってこいとかで何かあってもこいつらは責任も持たないんだろう。仮に……渡部が怪我なんかしても。
「い……行けば友……達にしてくれるって」
なる訳ねーだろ自分の扱い分かってねーのか! とあたしは渡部自身でもないのにお腹がカッカしてきてしまう。あんた本当に、本当にそんなんで良いの? パシられてカツアゲされて、挙句生贄みたいな扱い受けて……!
「……っけんな」
あたしは頭がカッとして、気づいたら声を荒げていた。
「ざけんなよ……男のくせに恥ずかしくねえのかよクソゴリラ!」
まっちょんが明らかにあたしを睨みつけてくる。だけどあたしはもう見てられなかった。何でこんなに渡部に肩入れしちゃってるかも自分で分からないけど、でも―――――。
「渡部ばっかに酷い事押し付けやがって……あたしが」
「あたしが証明してやる! 幽霊なんていねえって!」
あっ。しくった。
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