柔らかい光

@kajiwara

子供だまし

 子供の頃にもう早く寝なさい、って母から叱られたんですよ。ですけど子供って天邪鬼でしょう。だから寝たふりをして布団を頭にかぶりつつ、目はぱっちりとしてる訳ですよ。でねぇ、ちょーっとだけ、頭を布団から出してると、僅かに襖が開いている訳です。


 その開いている隙間から光が少しだけ漏れていて、何と言うんでしょう。鶴の恩返し、ご存じでしょう。あれみたいに奥から妙な音が聞こえてくるんです。最初、母がまだ起きていて家事でもしてるんじゃないかな、って子供心に思ったんですけどどう考えてもそうじゃない様な気がして私は――――。



 くだんな、と思ってあたしはTVのリモコンを押して番組を変えた。有名な怪談師らしいけど勿体ぶった話し方もじれったくてうざい。どのチャンネルも別に面白い物なんてなくて、結局無難な動物のドキュメンタリーに固定した。


 かと言って別にこれも楽しい訳じゃない。勉強が手に付かないから少しは暇潰しになるかな、って珍しくテレビを点けたけどあまりにくだらないから逆にイライラしてしまう。冷蔵庫まで歩いて適当な飲み物に口を付ける。


 テーブルを見るとママから置き手紙。1万円が一緒にくっ付いていて、手紙にはこう書いてあった。


『お釣り1000円だけあげる、後は返して』


 ケチくせえ、と思いつつ言葉には出さないで、その金を握ってあたしはアパートを出る。徒歩で行ける場所にスーパーがある、それだけは今の所に住んでる最大の利点。それ以外は日当たりも雨漏りも隣人も大体最悪。けどもう慣れきった。それが良いか悪いかは知らんけど。


 なんて事を考えてるうちにスーパーに着いた。……作るの食べるのもあたしなんだよな。パックの冷し中華で良いや。そう決めてかごに諸々放り込んでたらあれ、ってなった。


 見覚えのある背中が目に入る。なんかおどおどしてて、周りをきょろきょろしてる、顔は見えてないけどそんな雰囲気。あたしはつかつかとその背中に近寄った。……別にほっといても良かったんだけど、何かもしこいつが万引きとかしてたら良くないかなって、柄にもなく。


「こんな所で何してんのあんた」


 そいつは分かりやすく肩をびくつかせて振り返る。あたしよりもずっと体は大きいのに、おどおどとしてるせいでなんかいじめられてる小動物を見てるみたいな気分になる。実際イジメられてんのか。


 渡部タケル。あたしとは小学校からの付き合いで、凄い仲良い訳じゃないけど、なんとなくつるんできた。ずっと昔から気が弱いというか、背の高さや割と厳つい顔を声の小ささと挙動不審さが打ち消して結果的に変な奴に見える。

 まだ小学校の時は同じ様なのが多かったからそんなに浮かなかったけど、中学に入ってクラスが分かれてからはなんか不良に絡まれてたり、イジメられてるとは風の噂で聞いてる。まぁ、だからってあたしが出来る事は特にないんだけど、クラス違うし。


「ま……ほ、星野さん……こそ……」

「あたしは晩飯買いに来たんだよ。あんたは塾とかじゃないの……」


 と言いかけてあたしは渡部の手に、どう考えても一人で食べる様に思えない量のスナック菓子がかごに入ってるのを見る。どうやら万引きをしようとしてた訳じゃない……なら。パシリか。多分、お金はこいつ持ちなんだろう。


「……ねぇ」


 あたしが次に何を言おうとしてるのか分かっているのか、渡部は分かりやすく目を逸らした。あんた前はまだもう少ししゃんとしてなかった? ……まぁ、どうでもいいか。そそくさ会計済ませて帰ろうかな、と思った時だった。


「ほ、星野さん……」


 行こうとした時に、渡部が声を掛けてきた。あたしは面倒臭い……と思いつつ、でも呼び止められたから一応その場は振り向いてあげる。何を言われるのか待ってると、渡部は俯き目を合わせないで何かボソボソと。


「お……俺……」


 ごめん、はっきりとちゃんと言ってくんない? とちょっとイラついてると、渡部はなんか言いたい事が定まったのか、あたしに顔を向けた。


「俺、今度」

「おせーんだよぼけっ!」


 気づけば渡部の後ろに立ってる誰かが、渡部の脛を足で勢い良く蹴った。うわ、痛そう。実際、歯を食いしばってるし。ニヤニヤとした顔で制服を着崩した、いかにも不良です、みたいなコンビが立っていて、渡部の足を蹴った方が無駄にデカい声で言う。


「てめーポテチ買って来いってのに何時間待たせてんだ、ウスノロがよ」

「勿論遅れた分はお前持ちだかんな」


 割と他の客もいる中でよくやるよ……。気分悪くなってきた。あたしはもう色んな意味で見てられないし、さっさとその場を立ち去ろうとした。けど、あれぇ? と片割れのやけに面が長い、ナスみたいな顔の奴があたしに気づいてしまった。


「まっちょん、こいつあれですよ、ボサボサ髪女」


 渡辺の足を蹴っていた、歩くゴリラみたいな不良……まっちょん(なんだこのあだ名)ってのがあたしを見た。あたし自体はこいつの事は知らないけど、まっちょんはあたしを見、にやけ面で。


「あぁ~お前の顔知ってる。誰とも喋んねー髪がぼさぼさな女。なんだよ、お前渡部の彼女か?」


 こいつ馬鹿じゃないのか。と口にそのまま出そうになるが、もう完全に厄介事に空きこまれるとしか思えないからあたしは即座に踵を返してレジへと向かう。後ろからまっちょんか、渡部かは知らないけど何か言われた気がするけど、聞かなかった振りをして早足でレジを通して、家に帰った。


 あんなのが近所にいる、また、最悪ポイントが更新した。

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