第9話 衛士は君を迎えに行く

 ラドミラは森の中を歩いていた。目指す家は森のそば近くにあるから、監視も楽だったし町の人々の好奇の視線を感じながら移動する必要もなかった。レオシュとオレクを引き連れる形で町の中を歩けば、それは好奇の視線にもさらされるだろう。ここは戦いなれた人イバルロンドの支部がある街ではないのだから。

 コンコン。

 木でできた質素なドアをラドミラはノックする。監視の衛士からの引継ぎによれば、彼らは今日は家を出ていない。数日前に父親が狩りへ行ったのが最後の外出のようだ。もちろん家の裏手で獲物をさばいたり加工したりはしているが、それは外出には数えていない。


「はい」


 返答の声は、疲れた男性のものだ。クロリンダの父親だろう。


「アバスカルの衛士隊より参りました、ラドミラと申します」


「ええ、いきなりアバスカルって言っちゃうの」

「いや、嘘をつくよりはいいんじゃないか」


 ラドミラの後ろで、レオシュとオレクの二人は小声で話す。彼らがノックするよりは、女性のラドミラの方が適任であろうし、衛士隊の方が信頼は勝ち取りやすいだろう。ここはハンブリナで、アバスカルは遠い。


「アバスカルの……?」


 案の定、家の主は困惑している。それ見たことかと、オレクはラドミラを見やるが。ラドミラは振り返らない。


「今から一年ほど前、奥様とお嬢様がファハルドの町へ行かれたと思います」

「はあ」

「その時に馬車に同乗していた夜森族カバニーリェスの者より報告がありました。亡霊騎士デュラハンが出たと」

「……っ!!」


 ドアの向こうで、息を飲むのが手に取るように伝わってきた。

 普通、人にはどうしようもできない相手、というのはいる。魔物クスィーであったり、亡霊騎士デュラハンのような亡霊アンデットであったりだ。

 ラドミラだってどうしようもない。しかしレオシュやオレクがいれば話は変わってくる。


「その際おそらく指名されたのは娘さん、もしくは奥様だと判断しました。お話を伺いに来たのではありません」


「あー、そこも言っちゃうんだ」

「あのお嬢さん、結構強気にいくタイプなんだな」


 暇な二人組は、雑談をして待っている。亡霊騎士デュラハンの気配はない。いや、なにかよくないものキリアーンを二人は感じることができないから、本当に気配がないのかはわからない。


「場は整えました。亡霊騎士デュラハン討伐にご協力ください」


 お前の妻と娘を、囮に差し出せと。捻くれた者ならそう聞こえるかもしれない言葉を、ラドミラは強く言い切った。膝が震えそうだった。たとえそう言われても「国民の義務だ。協力しろ」と言い返せ、と教育はされている。しかし自分が矢面に立って話をするのは初めてのことだ。


「勝て、るんでしょうか」

「あ、はい。負ける方が難しいかと思います」


 ドアの向こう側、震えるような、縋り付くような父親の声に、ラドミラはあっさりと返答した。

 獅金族アダーシェクといえば、英雄譚キセラーの常連だ。レオシュの黄金色に輝くたてがみを見て、なんとなく納得するものも少なくはない。陽炎蹴族ドビアーシュだって、常にトップにいる英雄ではないが、英雄の仲間として語られる頻度は高い。レオシュとオレクが英雄として語られるかどうかはまだ未来の話だが、亡霊騎士デュラハンに遅れは取らない。

 ハンブリナに住まう者にはわからないことだが、アバスカルに住むラドミラにとっては二人が勝つことはすでに決定事項に思えた。なんならどちらか片方でよくて、二人揃って来ているのは過剰戦力な気すらする。亡霊騎士デュラハンに対して少し同情すら覚えるほどだ。見逃すことはしないが。


亡霊騎士デュラハンの出現位置がとても悪く、このままでは国際問題になりかねません。その前に対処いたしますので、ご同行をお願いします」

「今ですか?!」

「今です。亡霊騎士デュラハンの再出現タイミングはおおよそ一年とされていますが、ぴったり一年ではありません。前後します。その証拠に、なにかよくないものキリアーンが高まってきています」


 ラドミラは視線を感じていた。亡霊騎士デュラハンがこっちを見ていると。主戦力たるレオシュとオレクの二人はそれに無頓着なのか気が付いていないのかは分からないが、気にしている風もない。


「早ければ今夜。遅くとも明朝には亡霊騎士デュラハンは姿を現すでしょう。今を逃せば、今度はいつ奴が現れるのかを死ぬまで怯えて暮らすことになります」


 どこかで倒されることもあるだろう。けれどその情報は、指名された現場までは下りてこない。理由はいくつもあるが、一つは「どの亡霊騎士デュラハンが誰を指名したかわからないから、だ。


「準備、準備を」

「不要です。決戦の場はすぐそこの森の中の開けた場所になります」

「そうは、言われましても」

「今この場で開戦されると困るので、さっさと出てきてください」


 ラドミラは、ふうと一つ息を吐くと、レオシュたちの方を振り返った。

 ドアの向こうでは、家族が何かを相談している声が聞こえる。おそらく、それほど遠くにはいないはずだ。


「レオシュさん」

「なんだ」

「この扉、ぶち破れますか」

「ああ、まあ、出来なくはないが」


 木製の扉である。雨や風はしのげるだろうが、戦いなれた人イバルロンド亡霊騎士デュラハンの攻撃の前には紙切れ同然とは言わないまでも、大した障害ではないだろう。


「聞こえましたでしょうか」


 ドアの向こう側で、息を飲む音が三人分聞こえていた。その上で、ラドミラは問いかけた。

 任意同行しなければ、さらうぞと。それは言外の脅しであった。


「何か、私たちが何か持っていくものはありませんか」

「ご安心ください。広場にテントを張り、そこに飲食料は準備してあります。豪華なものではありませんし、衛士隊の備蓄食料ですのでお察しいただく形にはなるかと思いますが」

「あれか」

「あれか」

「あれです」

「あー……今すぐ引っ掴める位置にあるなら、かご一杯の果物とか持ってきておいた方がいいぞ」

「クッキーなんかのちょっとした甘味なんかも、すぐに用意できる分があるならあった方がいい」

「えー、その前にドアを開けていただけませんかねぇ。こちらとしても無理矢理破りたくはないんですが」


 声も出ないだろうご家族に、色々と察したオレクとレオシュがアドバイスをする。それ自体を止めることはなく、ラドミラは再度ドアをノックした。


「あ、開けるぞ」

「え、ええ。クロリンダ、確かスモモがあったわよね。とってきてちょうだい」

「はい」


 父親がドアを開けてラドミラたちを招き入れる一方で、母娘は台所へと一旦姿を消した。ほう、と、ラドミラはまた息を吐く。あとはあの場所へ連れて行くまで、戦端が開かれないことを祈るのみだ。

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