第8話 衛士は獅子たちを出迎える

 街道を騎獣ダヴィーデクに乗って三人は駆け抜ける。徒歩や馬車なら五日はかかる道程を、三人は二日で走破した。陽が昇る前に宿を出て、門が開くと同時に出立した。朝食は宿の女将が好意で包んでくれたラップサンドだ。長飛イエフリの肉を歯で噛み切れるほどくたくたに煮込まれたものが巻かれていた。

 昼も夜も宿場で一休みした。乗り手の三人の体力ではなく、騎獣ダヴィーデクの体力を回復させるためだ。

 休憩中は三人ともそれなりに積極的に人々と話をした。これから助ける母娘おやこがおそらく最初であろうが、他に噂が出ていないとも限らない。しかし、三人はほかの噂を仕入れることはできなかった。

 そうして、夕方。クチバシから舌をだらりと垂らして、騎獣ダヴィーデクは短い呼吸を繰り返していた。ハンブリナの衛士隊厩舎で、乗り潰されかけた騎獣ダヴィーデク達は休息をとっていた。厩舎の職員と他の騎獣ダヴィーデクに優しくされて、おそらく明日には元気を取り戻すだろう。


「ご足労感謝します。アバスカル衛士隊所属、ラドミラと申します」


 三人を出迎えたのは、ハンブリナの衛士たちではなく、ラドミラだった。ババーコヴァーの衛士隊から三人が発ったと聞き、ミラグロスとクロリンダの母娘おやこの監視を一時的にハンブリナの衛士に任せ、今日の昼からは衛士隊の詰め所で三人を待っていたのだ。


「ご丁寧な挨拶、感謝する。戦いなれた人イバルロンドアバスカル支部のレオシュ、オレク、メトジェイだ」

「中でお茶でも飲みながら作戦について説明をしたいところではありますが、日に日になにかよくないものキリアーンが高まりつつあります。もう、何が引き金になって亡霊騎士デュラハンが登場するかわからない状態です」


 ハンブリナは、大きな村と小さな町のどちらを使って説明すればいいのか悩む規模の町だった。関所へ向かう人が一泊するが、必要なものはババーコヴァーでそろえるし、大森林エチェバルリアに住まう者たちもババーコヴァーへと赴く。だから町としての発展は、それほどしていなかった。

 町のクラは森と合流し、西コトに馬車の発着場がある。その近くに数件の宿屋と雑貨屋などがあった。村と違うのは、この程度の部分だ。


「バルドゥィノさんの話では、亡霊騎士デュラハンは木々の間から出てきた、とのことです。彼らの登場には法則が個体ごとにある、というのが最近の定説とのことで、決戦の場所は大森林エチェバルリアの中に用意しました」


 先導するラドミラの後ろを、三人はついて歩いた。大森林エチェバルリアにも固有の氏族がいくつも住んでいるが、ハンブリナに近い裾野の辺りはどの士族の縄張りでもないのだろう。もしかしたら、ハンブリナの縄張りなのかもしれない。そこを出なければ、ハンブリナの者たちが何をしてもお咎めはないだろう。


「戦闘をするのに問題がない程度の広さがあると思いますが、どうでしょうか」


 その広場は、何本かの木々が切り倒された跡があった。切り株自体は、新しいものではない。レオシュは進み出ると背負っていた斧を振り回す。その斧の及ばないくらいの距離を取って、オレクは歩く。メトジェイは良さそうな切り株を見つけると、座った。


「問題はなさそうだな」

「うむ、地盤もしっかりしているし、広さもおそらくは問題なかろう」


 ラドミラとメトジェイは、大森林エチェバルリアの奥に揃って目をやった。何かが、こちらを見ている。


「決戦は、今夜かなあ」

「早ければ今夜、遅くても明日の夜には、というところでしょうか」


 なにかよくないものキリアーンが強くなった。だからあれは大森林エチェバルリアに住まうもののがこちらを見ていたのではない。おそらくは亡霊騎士デュラハン


母娘おやこはどうやって守るつもりなんだ」

「ここに、テントを立てます。その中にいてもらおうかと」

「音を聞かせるのは、よくねぇんじゃねぇかなあ」

「しかし、近くにいるしかないんですよ。亡霊騎士デュラハンは選んだ相手のところに来ますから」


 過去、亡霊騎士デュラハンから逃れようと色々な人が色々なことを試した、とされている。その内のどれが本当のことでどれが物語かはわからないが、彼らは道がない場所にでも道を作ることができる。誘い出すこと自体は不可能ではないようだから、迎え撃つ側が多少強引にでも場を整えた方が手っ取り早い。

 ラドミラは、木々の間から空を見上げた。まだ、陽は沈まない。陽が沈んでからの決戦は厄介だ。こちらが不利になる。奴らは、闇夜でも問題なく見えるらしいのだから。そもそも、あの切り離された頭部で見ているのかもわからない。その辺りを教えてくれる親切な亡霊騎士デュラハンはこれまでにいなかったし、おそらくはこれからもいないだろう。


「長旅でお疲れのことと思いますが、あちらはこちらを認識したようですし、物語を終わらせましょう。今回選ばれた方のお家へ、ご案内いたします」


 ラドミラの言葉に、三人は頷いた。


「自分はここに残るねぇ」

「あいよ。まあ、町の中で戦闘にならないことを祈っててくれや」


 メトジェイは袋から何やら色々取り出して、ラドミラたちを見送った。シャールカから渡された護符を設置する必要があるのだ。迅速移動の呪符エリアーショヴァーは使い切ってしまってもう残っていないが、帰りはゆっくりでいいから構わない。攻撃や防御などの個人に関係する呪符も互いに分けた。


「ええと、こいつがここかな」


 例えば周りの木々に被害を出さないための呪符。それは発動すれば亡霊騎士デュラハンをこの広場に閉じ込めることができるだろう。戦いが終わる、その時まで。逃げられてしまったら、再戦がいつになるのかわからないのだ。すぐかもしれないし、一年後かもしれないし、もっと後かもしれない。今度は指名していないので、いつでもいいらしいのだ。

 シャールカから貰った呪符の設置が終わるころ、ハンブリナの衛士が二人連れだってやってきた。


「テントを設置させて抱きます」

「あ、お願いしまーす」


 一人用の小さいものかと思ったが、五人は入れるサイズであった。母と娘と、それから父とラドミラとメトジェイが入ることはできそうだった。メトジェイはレオシュとオレクが勝つことを信じて疑っていないし、おそらくラドミラも疑っていないだろうが、指名された家族はそうでもないだろう。もしかしたら、レオシュに怯えるかもしれない。慣れないとレオシュ、怖いし。


 戦いの場は整った。あとは、亡霊騎士デュラハンを討ち取るのみである。

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