第2話 バルドゥィノの控室
照明が灯り、客席は三々五々ざわめいていた。食事を再開するもの、
カミロは隣の席に座る男をチラリと見やる。
その気持ちはわからないでもない。出来るなら自分も酒を飲み干してベッドに潜り込んで毛布を被ってしまいたい。
一階では怖いわぁとかそんな趣旨の声が響いている。本気で怖がっているものもいるだろう。
それに比べて二階は趣が異なっていた。
カミロの背後に座っていた二人組は明かりが灯ると同時に酒を飲み干し退店した。カミロが振り返って頷くのを確認すると、二人は頷きを返した。
「この一年、そんな報告は上がっていない」
クストディオはそう声を絞り出した。恐らくずっと考えていたのだろう。
「ああ、俺も初耳だ」
「
クストディオは街の衛士隊の隊長を勤めている。彼の元には毎日多くの情報が集まる。噂話と言ってもいい。それらの中にはたまに、
「うちにもそんな依頼は来ていない。高額になるからと出していない可能性はあるが、それならそっちに庇護を求めるだろう」
カミロは
アバスカルには、そのどちらもがいた。今しがた出て行った二人連れがそうだ。だから、カミロのところに話が来るはずなのだ。
「まあ、嘆いていても仕方がない。俺はバルドゥィノに話を聞きに行ってくるから、お前はファハルドに人をやってくれ」
「そうだな。まだ間に合うといいが」
「ご案内いたします」
二階にいる酔客たちは、カミロとクストディオをただ見送った。大変だな、と思う反面、それが彼らの仕事であり、彼らが頑張ってくれているから、自分たちの生活があるのだ、とも知っていた。
バーテンダーは自分の後ろにある木製の重たいドアを押し開いて、カミロを引き入れた。外装も内装も高級感のある佇まいをしているが、それはスタッフスペースも同様だった。途中、厨房の前を通った時は、すでに火は落とされているのだろうに、いい香りがカミロの鼻をくすぐった。
「こちらでございます」
バルドゥィノのいる控室まで案内をされて、カミロはバーテンダーへの礼を口にした。バーテンダーも慣れたもので、軽く一礼すると職場へと戻っていく。それを見送ってから、カミロは控室のドアをノックした。
「ふぁぁい、どちらさんで」
口の中に物の詰まった声が、中から答えた。
「カミロだ。入っていいか」
「へい、どうぞどうぞ」
飲み込んだのか、声は先ほどよりクリアになった。
「食事中悪いが、先ほどの話についていくつか聞きたいことがあってな」
控室にあるのは、一脚のイスとテーブル。バルドゥィノの荷物を思しきものは置いてないから、それらは宿屋にあるのだろう。テーブルの上には食べかけのオムライスとカップスープ。
「へいへい、何でも聞いて下せえ」
「あれは、いつの話だ」
バルドゥィノはスプーンにオムライスを一口分すくいながら、つと考えるそぶりを見せた。
「一年位前ですが、まだ一年は経ってないですぜ」
「なら、その
「へい、たぶん」
「バルドゥィノ、なぜ衛士に報告をしなかった」
「あ」
しまった、という顔ではなく、完全に忘れていた、とバルドゥィノの顔が語っていた。すぐそこに衛士たちはいたのだ。関所の前なのだから。
「さっきは語らなかった、あの後の話を聞こうか。簡潔にな」
「あいあい。食べながらになりますが、そうですね。いや、あたしも気が動転してたんですよ。あんなのにあったのは、初めてでしたから」
そりゃ、長い旅暮らしで、色んなものには会ってきましたし、そういうものはやばいものでもそうでなくても、それなりに誰かに話す、ってのがあたしの仕事です。衛士の旦那たちだったり
なんでかってそりゃあ、情報料ってお駄賃がもらえるからですよ。場所によりますし、情報にもよりますがね。
今言われて思えば、あんなデカブツの情報なんて、あたしが話さない訳がないし、すぐそこで出た! なんてとれたてほやほやのやばい情報、かなりいい
旦那、旦那ならその情報にいくら付けます? 衛士隊の方が確かに旦那方より支払いは渋いですが、あたしの方で
今回のこともね、実は例年よりちょいとばかり早くこの街に来てるんですよ。詳しい日数なんかはこの店のオーナーさんにでも聞いてもらえやあ、去年の帳面と照合してくれますでしょう。衛士隊の旦那の方から頼めば、すぐなんじゃないですかい?
でね、一年くらいかけて、この街で、この店で、その話をすることは決めてたんですよ。ほかの場所ではしてません。なんでかって言われても、よくわかりませんけども。
でも、今聞かれるまで衛士隊に話そうとか、
あ、はいはい。あの後でしたね。
ええと、指名を受けたのはおそらく娘の方です。娘の方は放心しちまって、ぼんやりとあのデカブツのいた場所を見てました。かわいそうなのは母親で、そりゃあもう怯えちまって。
そこで気が付いて、護衛の
いや、なんでその時点で説明しなかったんですかね? 説明のいいタイミングだったのに。ああそうだ。思い出した。
娘の方がね、大丈夫ですって言ったんですよ。母親の方はね、あんた何言ってるの、とか言ってはいましたけど、言葉になりゃしない。で、あれよあれよという間に、娘さんは立って、お母さん支えて行っちまった。
被害者、って言い方もあれですけれど、本人がそうやって行っちまったら、あたしにはできることもないし、って、あたしも街に入りました。
いや、衛士の人たちやらに、あたしは話聞かれていませんね。そういえば。
なんか、そういう魔力みたいなものとかあるんでしょうかね。
「明日、
「へ?」
「お前の言う通りなら、魔力の残滓があるだろう。アンデット研究の連中が大喜びするはずだ」
「いやいやいやいや、旦那、信じてくださらねぇんで?」
「逆だ、バカ」
「といいますと?」
「路銀をケチって駅馬車にぎりぎりまで乗らないお前が、そんな重要な情報を売らないはずがない。しかも、本人に意識させないほどの強制力があるとなると、連中は喉から手が出るほどその情報を欲しがるだろう」
「弾んでいただけるんで?」
「俺にはわからん。その辺りはお前の持ってる情報次第じゃないか?」
「紹介状は?」
「明日までに用立てておくから、明日の朝一で取りに来い。
「へぇい」
賄いを食べ終えたバルドゥィノはにこにこと笑う。やはりここで話して、正解だったのだ。多分きっとおそらく。
「確認をするぞ」
「へい」
「その母娘は、普段はハンブリナに住んでいるんだな?」
「そう言っておりやした」
「その時は、ファハルドに住む、祖母に会いに来ていたと」
「あい、その通りです」
「母娘の名前はわかるが、その祖母の名前とかはわからないな?」
「や、ちょいと聞いてねえですねぇ」
「いや、それは仕方がないだろう。ああそうだ。関所に行った日はわかるか」
「やー、覚えてませんわ。一年前位、としか」
「いや、それがわかれば調べることも可能だろう。その辺りは、クストディオの方に頑張ってもらうさ」
状況が把握するまで
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