鉛筆の削り方
萩
第1話 偶然
私の描いたものは気がつけばすべてポルチオになる。エロい方の意味ではない。小さい頃から想像上で名前をつけていた存在が、たまたま女性のオーガニズムを感じる部位と一致していただけだ。私のポルチオは、もっと単純な線で出来ている。
たとえば兎の耳を描いたとして、それの横幅が広ければ広いだけ、見返したときに「ああ、これはポルチオだな」となる。
ただそれだけの話しだ。べつに深い意味はない。実物以上に太くなったときに、私の認識はとても個人的なものとなり、元の描こうとしていた対象物が薄まっていく。これはなんだか才能がないみたいだった。絵を描くために鉛筆を握る私の手は異様にブレて、真っすぐと線を引くのもむずかしい。
学生時代にバンドを組んでいた人に久しぶりに会ってこのことを話してみた。お酒を飲む前にこんな話をするものだから、私は若干、疲れを気にされた。
「疲れてるときは、これ」
そう言ってスマホの液晶画面を見せてくる。そこには棒状のアメを舐めている耳の垂れた青い猫がいた。青というよりも紺に近しいが、私はそのまるでポップアートのような色合いにおどろいた。
「珍しい猫だね。かわいいや」
「これ、撮ったの私ね」
自慢げに言うから褒めるのは憚った。
「元気になった?」
「いや、もともとそんなに疲れていないよ。今日は仕事が休みで、その、なんていうか、どうでもいい人には簡単に媚を売れるし、つまらないことを褒めたり、尊敬してる感じを醸し出せる」
「うんうん」
相槌を打って私の顔を覗き込む。段階を踏めないのは、実のところ相手をあまり知らなせいかもしれない。三年間も、一緒にバンドしてきたのに。
「富永の優しいところがすごいと思うし、なんか根本的に自分とは違うと思う。君の撮った写真をとっさに褒めることもできない。私は大事なことを認識するのが遅い。でも、それって、インチキなんだよ」
「今度、佐作も猫カフェに行ってみな。癒されるよ」
「一人で行ったらすごく疲れてる人みたいじゃないか」
私はピアノで富永はギターとボーカルだった。十代のころの三年間という決して短くない期間に感じたのは、自分はべつに表現活動が好きじゃないんだという、誰にもいえない秘密だった。
歌えば何か変わるだろうか、と一人でカラオケで練習をしたりするが、時間を余してどうでもよくなって帰ってしまう。
そんな日々が続くと鉛筆を妙に持ちたくなってきた。さっそくお店で紙と鉛筆のセットを買う。しらばっくれたように、私はその間に声を発せられなかった。
「商品をお包み致しますか?」
プレゼントとして成り立つものを私は買ったのか、真相は謎だが、慣れない相手以外とではとっさに声を出せないので、私はジェスチャーで要らないのを示した。
どうせすぐ使うし、一々ものを包むのはよくわからない。いや、たぶんそれが大事なものなら包んで欲しいのだ。
何か描いてみる。今日、街中でみた光景でなんとなくよかったものの下絵を描いていく。アスファルトに乗る茶色い影のあるバッタ。パンツの色が部分的に違う女性の尻。緑のざらついた建物の壁。黒髪を伸ばした富永。
しかしそのどれもがポルチオなのだった。私は考えたくないのを無理に卑猥な単語に落とし込めている節がある。
鉛筆の削り方 萩 @franc33
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