第10話

 

「いただきます!」


 あれから、ゲームセンターを後にし、京都駅付近と散策していたら、いつの間にか時間は訪れて、僕達はジューシーなハンバーグを前にしていた。夏希なつき美空みそらさんは、ベーシックなハンバーグ、れんはおろしポン酢ハンバーグを注文した。ちなみに、僕はトマト煮込みハンバーグを選んだのだが、……今日は、なんだか赤いものばかり食べているな。


「ふわあ! 肉汁すご」


 夏希はパシャリと一枚だけ写真を撮ると、躊躇なくハンバーグに箸を入れた。ダムが決壊したかのように勢い良く、肉の旨みが溢れ出す。


「美味しいー!」

「うま!」


 そうだろう、そうだろう。ハンバーグにぶん殴られた経験はここでしかない。ナスビやカボチャなどの付け合わせも、暴れ出す肉汁をそっと諭す役割を果たしおり、相乗効果を生み出している。


「結局、かなうちゃんと廉の勝負はどっちが勝ったの?」

「聞くな」


 合流した際に、廉は燃えかすのようになっていたので、結果は容易に想像が付く質問だ。


「えっと、確か、私の全勝だったけ?」

「白々しいぞ! 難易度エキスパートで、全曲フルコンとか聞いてないって!」

「私、ちゃんと言ったよー? ゲーム得意って」


 廉の発言から難易度の高いことは分かるが、完全無欠な美空叶からしてみれば、人生というゲームすらフルコンボなのだろう。もう、驚くこともない。


「ゲーム得意かー、考えてみたら、あんまり叶ちゃんのこと知らないな」

「そー? まあ、クラスも違うもんね」


 花開院けいかいん高校は、二年に上がる一回しかクラス替えを行わない。このタイミングに文理も選択する。一度も同じクラスにならない確率は36/49。いや、二人とも理系クラスなので、4/7か。単位制を採用しているため、他校に比べればクラスという枠の存在が薄いが、所詮は授業だ。休み時間や、文化祭などの行事を共にするクラスメイトとの関係値の方が高くなる。4/7の確率で、廉や夏希ともクラスメイトでなかった。そうなると、こうして一緒に食事をする状況にすら至らなかったかも知れない。


「よし! 今から叶ちゃんの質問コーナーしよっか」

「おお、いきなりだね。いいよ、なんでも聞いて」

「彼氏はいますか!」


 返答次第では全国の数万人の美空叶ファンが枕を濡らすことになる、なかなかに攻めた質問である。噂だけであれば、男の運転する高級車から降りてくるところを見た。芸能人とお忍びデートをしていた。実は極道の許嫁である。などと数多く存在する。


「期待に応えられなくて申し訳ないけど、いないんだー」

「あらー残念! 叶ちゃんと恋バナができると思ったのに!」

「てことは、夏希ちゃんは彼氏いるんだー」

「そそれは、また次回の話で! ほら、次は玲の番だよ」


 僕も質問するのか、本当にいきなり妙な企画が始まってしまった。


「身長は?」

「156cm」


 小顔で等身が狂わされているが、案外小さいんだな。


「うわー、玲って"えっち"」

「どこに"えっち"な要素があるんだよ」


 仮に、身長、体重に続きスリーサイズまで聞いたならば、その言葉を受け入れよう。しかし、聞いたのは身長のみ、ここから"えっち"な要素を見つける方が困難である。


「廉くんは何か質問ある?」

「俺かー、そうだなー。普段どんな音楽聴くの?」

「んー、Soraria《ソラリア》とか?」


 ソラリアは現在の日本で最も人気な女性アーティストである。その名をあげるということは、普段から、あまり音楽を聴いたりはしないのだろう。鳩羽(はとば)さんの一番の友人であることを考えたら、少々意外ではあったが、友人だからといって必ずしも趣味や嗜好が似ている訳でもないか。


「やっぱソラリア好きなんだ、音ゲの時に選んでたから、そうかなーって思ってたんだけど、ああいうゲームは基本的にボカロとかアニソンが多いから、敢えて選んだのかわからなくてさー。まあ、ソラリアも元々ボカロ作ってたんだけど」

「へえ、そうなんだ」

「ソラリアいいよなあ、リアちゃんの唯一無二の声。圧倒的な歌唱力と繊細な表現力。ソラさんの中毒性のある曲、日本語の美しさを最大限に生かした歌詞。リリースした曲の全てが一億回以上再生されてるのがまたすごいんだよ。曲によっては、初め聞いた時はそんなかなって思うんだけど、なんか次の日も頭に残ってて、んで、また聞いちゃうんだよ。まあ、聞いた瞬間ビビってくる曲がほとんどなんだけど。あと十以上の言語でセルフカバーしてるのもやばい。何ヶ国語話せるんだよって感じ。海外でも流行ってるのはそれがあるんだろうなあ。あとあと」

「はい、ストップ! 長いよ!」

「あ」


 夏希が止めに入らなければ、僕が止めに入っていた。廉は一度音楽の話をし始めたら、長い上にやたら細かいのだ。申し訳ないが、マニアックなことを話されても、いや知らんがな、となってしまう。今回はソラリアいう有名なアーティストだったので、まだ良かったが、廉の推しているバンドはメジャーなものばかりではないので、余計に、知識の乏しい者とは共感しにくい。


「あはは、すごいね。私そこまで詳しくないから、色んなこと知れたよー。ありがと」


 言葉だけ見れば、ナイスフォローである。


「廉くんはどんな音楽聴くの」

「俺はー」

「ストップ!」


 僕と夏希の声が重なった。

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