第9話
「お待たせ!」
願いは叶わなかった。
笑顔でこちらに手を振る
「初めまして! でもないか、
以前、
「えっと、
「
僕自身、彼女と関わりがなかったわけではないが、一応、続けて自己紹介を行う。廉は全く接点がないと言っていた、この様子だと本当に初対面のようだ。二年間以上同じ学校に通っているとは言え、在校生が同学年だけで三百弱ともなれば、関わりのない生徒がいて当然か。
「どうだ! 男子諸君、驚いたかね」
「さすが、夏希さんっす」
夏希は廉に下から持ち上げられて、さらに誇らしげにささやかな胸を張る。
「玲くんも、ちゃんと遊んだりするのは初めてだよね」
「そうだね」
「私もあんまり叶ちゃんと遊べないんだからな! 感謝しろよー」
「んー? 感謝ね、ジュースでも奢るよ」
「微妙!」
お近づきになりたいと溢していた廉にしてみれば、願ったり叶ったりの状況ではあるのだが、生憎、僕は違う。願ったが叶わなかった。しかし、彼女の善意を無碍にするわけにもいかない。つまり、ジュースくらいで丁度いい。
「どこ行くの?」
「とりあえず
「なんでも食べるよ! 気分的には洋食の方がいいな」
「賛成! ハンバーグ食べたい!」
ハンバーグか。無難にファミレスでもいいが、どうせなら。
「”いおり”にしようか」
京都には行列のできるハンバーグ屋さんがある。割った瞬間に溢れ出す肉汁を売りにしており、見た目のインパクトだけではなく味も確か。いおりはそこの姉妹店で人気店であるのだが、立地のおかげか並ぶほどではない。今からでも予約できるはずだ。
「あー! いおりね! 肉汁がどばーって感じのことか」
「そ。しかも、学生は二割引き」
夏希はどうやら知っているようだ。一般的なファミレスよりも値は張るが、学生に優しいサービスのおかげで、百円二百円の差。そして、その差は、ここから河原町の電車代を考えると、相殺される。
「そりゃ楽しみだな」
「空いてるかな」
「えっと、十九時半以降しか空いてないっぽいんだけど、みんな大丈夫?」
廉と夏希とはなんとなく時間感覚を共有しているので、この疑問符は美空さんへの向けたものだ。
「私は大丈夫だよ」
「俺も」
「りょーかい」
手早く手配を済ませる。
「予約してくれてありがとね」
「いよいよ」
「んじゃ、どっかで時間潰すか」
学校の象徴とも言える時計は、丁度、十六時半を指していた。流石に、三時間も校門の前でおしゃべりというわけにもいかない。移動先の候補としては、京都駅付近かな。
「ねね! 一個行きたいことあるんだけど、いい?」
「当たったー!」
バケツを被ったオバケのキーホルダーを天高く掲げた。
「ほんと好きだなー」
「趣味だからね」
「美空さんはゲーセン来たりするのー?」
廉はずらりと並ぶ色とりどりのカプセルトイを眺めつつ、そんな質問を投げかける。
「もちろん。ゲーム得意だよ」
「へえ、普段どんなんやんの?」
「んー、音ゲーとか?」
「奇遇だなー、俺もよくやるんだよ」
「お! やっちゃうー?」
「負けられんな」
二人はそんなことを言いながら、ズンズンとゲームセンターの中心へ消えていった。廉に至っては肩をぐるぐると回しているが、音ゲーってそんなにハードなゲームなのだろうか。
「ちゃんとお近づきになれてそうだね」
「だね」
僕と夏希の姿が、キッズスペースで遊ぶ子供も見守る、夫婦と重なる。良くない良くない。僕らも高校生らしく、有意義な時間を過ごさなければ。
「夏希、僕らも勝負しようか」
「ほほう? この青葉夏希に勝負を挑むと?」
「うん、あれで」
「……私との対決にバスケを選ぶとは、お主正気か?」
「負けたらジュースね」
「いい度胸だ! 完膚なきまでに叩きのめしてやるぜ!」
第一ラウンド
9-5
第二ラウンド
24-16
第三ラウンド
42-41
勝者、青葉夏希
「あぶなー!」
ゲームは至ってシンプル。三ラウンド制で、制限時間が十、二十、三十と増えていくなか、より多くのボールをリングに入れた方の勝ちというものだった。序盤は安定して、好スコアを出していた夏希だが、ゲームが進むにつれて、調子を上げていく僕を見るや否や、慌てふためき、最終的には自身のゴールよりも僕のゴールを注視していた。
「ほい」
約束通り、自動販売機で買ってきたオレンジジュースを夏希へと差し出す。
「ありがと」
「ほい」
余程喉が渇いていたのか。受け取ってすぐさま、缶のタブに指をかけようとする夏希へもう一本のジュースを差し出す。
「なんで二本?」
「一本は勝負の分、もう一本は、微妙って言われたから、微妙な味にしてみた」
「……ああ! そういうこと。なにこれ、クロウベリー味?」
「ガンコウラン? が入ってるんだって。よくわからん」
「二本も飲めないよ、一緒に飲も?」
しまった。このままじゃ。僕がこのクロウベリー味のジュースを飲む羽目になってしまう。一応、どちらがいいか聞いてみるか。
「どっちがいい?」
「そりゃオレンジでしょ」
「だろうね」
缶をプシュリと開け、恐る恐る傾ける。果物の皮の渋みと、まだ熟れてない感のある酸味、そして果実の甘み。三つの因子が舌のそれぞれを刺激し、その付かず離れずの関係が、奥行きを出しているようにも感じる。美味しい! と声を大にして言うことはできないが、まあ、悪くない。
「……」
明らかに視線を感じる。
「ちょっと気になるんだ」
「ええ、ちょっと気になるの」
「どーぞ」
「……ありがと」
怖いもの見たさなのか、僕の反応が思ったより薄かったからか。鯛もヒラメも食うた者が知るという、飲んでみたらわかる。クロウベリージュースを渡す代わりに、オレンジジュースを受け取る。夏希はじっと缶を見つめると、一呼吸置き、意を決したようにグビっと流し込む。渋さ故か、きゅっと顔を顰めるが、それも次第に和らぎ、缶を見つめ直す。
「……うん。まあ、悪くないね」
「わかる」
「オレンジジュース返して」
お気に召さなかったらしい。
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