第9話

 

「お待たせ!」


 願いは叶わなかった。

 笑顔でこちらに手を振る夏希なつきの隣には、美しき白髪の少女が居た。


「初めまして! でもないか、美空みそらかなうです。夏希ちゃんにお呼ばれしちゃいました」


 以前、藤崎ふじさきとの会話の中で、美空叶は異星人だと言ったが、あながち間違いではないのかもしれない。きめ細かな白い肌。乱れのない眉、均等な二重幅、澄んだ瞳、自然な涙袋、筋の通った鼻、ほんのり桃色の薄い唇、整った歯並び。毛先が色付いた、艶のある真っ白の髪。顔の好みは人それぞれなので、一概には言えないのだが、美しいという概念については、正しさが存在する。黄金比が美しき数式であるように、美空叶は美しい人物なのだ。


「えっと、新橋しんばしれんです! よろしく!」

立花たちばなほまれです」


 僕自身、彼女と関わりがなかったわけではないが、一応、続けて自己紹介を行う。廉は全く接点がないと言っていた、この様子だと本当に初対面のようだ。二年間以上同じ学校に通っているとは言え、在校生が同学年だけで三百弱ともなれば、関わりのない生徒がいて当然か。


「どうだ! 男子諸君、驚いたかね」

「さすが、夏希さんっす」


 夏希は廉に下から持ち上げられて、さらに誇らしげにささやかな胸を張る。


「玲くんも、ちゃんと遊んだりするのは初めてだよね」

「そうだね」

「私もあんまり叶ちゃんと遊べないんだからな! 感謝しろよー」

「んー? 感謝ね、ジュースでも奢るよ」

「微妙!」


 お近づきになりたいと溢していた廉にしてみれば、願ったり叶ったりの状況ではあるのだが、生憎、僕は違う。願ったが叶わなかった。しかし、彼女の善意を無碍にするわけにもいかない。つまり、ジュースくらいで丁度いい。


「どこ行くの?」

「とりあえず河原町かわらまちか京都駅方面かなー。食べたいものある?」

「なんでも食べるよ! 気分的には洋食の方がいいな」

「賛成! ハンバーグ食べたい!」


 ハンバーグか。無難にファミレスでもいいが、どうせなら。


「”いおり”にしようか」


 京都には行列のできるハンバーグ屋さんがある。割った瞬間に溢れ出す肉汁を売りにしており、見た目のインパクトだけではなく味も確か。いおりはそこの姉妹店で人気店であるのだが、立地のおかげか並ぶほどではない。今からでも予約できるはずだ。


「あー! いおりね! 肉汁がどばーって感じのことか」

「そ。しかも、学生は二割引き」


 夏希はどうやら知っているようだ。一般的なファミレスよりも値は張るが、学生に優しいサービスのおかげで、百円二百円の差。そして、その差は、ここから河原町の電車代を考えると、相殺される。


「そりゃ楽しみだな」

「空いてるかな」

「えっと、十九時半以降しか空いてないっぽいんだけど、みんな大丈夫?」


 廉と夏希とはなんとなく時間感覚を共有しているので、この疑問符は美空さんへの向けたものだ。


「私は大丈夫だよ」

「俺も」

「りょーかい」


 手早く手配を済ませる。


「予約してくれてありがとね」

「いよいよ」

「んじゃ、どっかで時間潰すか」


 学校の象徴とも言える時計は、丁度、十六時半を指していた。流石に、三時間も校門の前でおしゃべりというわけにもいかない。移動先の候補としては、京都駅付近かな。


「ねね! 一個行きたいことあるんだけど、いい?」




「当たったー!」


 バケツを被ったオバケのキーホルダーを天高く掲げた。


「ほんと好きだなー」

「趣味だからね」


 青葉あおば夏希なつき。十七歳。趣味はカプセルトイ。ロマンがあることは理解できるし、人がハンドルをぐるりぐるぐると回す時、確実にドーパミンが放出されている。だからこそ、危険な趣味だとも言える。それは本人も自覚済みでお札は崩さないという縛りを設けている。


「美空さんはゲーセン来たりするのー?」


 廉はずらりと並ぶ色とりどりのカプセルトイを眺めつつ、そんな質問を投げかける。


「もちろん。ゲーム得意だよ」

「へえ、普段どんなんやんの?」

「んー、音ゲーとか?」

「奇遇だなー、俺もよくやるんだよ」

「お! やっちゃうー?」

「負けられんな」


 二人はそんなことを言いながら、ズンズンとゲームセンターの中心へ消えていった。廉に至っては肩をぐるぐると回しているが、音ゲーってそんなにハードなゲームなのだろうか。


「ちゃんとお近づきになれてそうだね」

「だね」


 僕と夏希の姿が、キッズスペースで遊ぶ子供も見守る、夫婦と重なる。良くない良くない。僕らも高校生らしく、有意義な時間を過ごさなければ。


「夏希、僕らも勝負しようか」

「ほほう? この青葉夏希に勝負を挑むと?」

「うん、あれで」

「……私との対決にバスケを選ぶとは、お主正気か?」

「負けたらジュースね」

「いい度胸だ! 完膚なきまでに叩きのめしてやるぜ!」




 第一ラウンド

 9-5

 第二ラウンド

 24-16

 第三ラウンド

 42-41


 勝者、青葉夏希


「あぶなー!」


 ゲームは至ってシンプル。三ラウンド制で、制限時間が十、二十、三十と増えていくなか、より多くのボールをリングに入れた方の勝ちというものだった。序盤は安定して、好スコアを出していた夏希だが、ゲームが進むにつれて、調子を上げていく僕を見るや否や、慌てふためき、最終的には自身のゴールよりも僕のゴールを注視していた。


「ほい」


 約束通り、自動販売機で買ってきたオレンジジュースを夏希へと差し出す。


「ありがと」

「ほい」


 余程喉が渇いていたのか。受け取ってすぐさま、缶のタブに指をかけようとする夏希へもう一本のジュースを差し出す。


「なんで二本?」

「一本は勝負の分、もう一本は、微妙って言われたから、微妙な味にしてみた」

「……ああ! そういうこと。なにこれ、クロウベリー味?」

「ガンコウラン? が入ってるんだって。よくわからん」

「二本も飲めないよ、一緒に飲も?」


 しまった。このままじゃ。僕がこのクロウベリー味のジュースを飲む羽目になってしまう。一応、どちらがいいか聞いてみるか。


「どっちがいい?」

「そりゃオレンジでしょ」

「だろうね」


 缶をプシュリと開け、恐る恐る傾ける。果物の皮の渋みと、まだ熟れてない感のある酸味、そして果実の甘み。三つの因子が舌のそれぞれを刺激し、その付かず離れずの関係が、奥行きを出しているようにも感じる。美味しい! と声を大にして言うことはできないが、まあ、悪くない。


「……」


 明らかに視線を感じる。


「ちょっと気になるんだ」

「ええ、ちょっと気になるの」

「どーぞ」

「……ありがと」


 怖いもの見たさなのか、僕の反応が思ったより薄かったからか。鯛もヒラメも食うた者が知るという、飲んでみたらわかる。クロウベリージュースを渡す代わりに、オレンジジュースを受け取る。夏希はじっと缶を見つめると、一呼吸置き、意を決したようにグビっと流し込む。渋さ故か、きゅっと顔を顰めるが、それも次第に和らぎ、缶を見つめ直す。


「……うん。まあ、悪くないね」

「わかる」

「オレンジジュース返して」


 お気に召さなかったらしい。

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