第8話

 

 ここから男子高校生のナイトルーティンスタート。日付の変わるくらいの時間に家を出て、適当にギャンブルで金を稼ぎ、日の出までには家に帰り、睡眠。

 つづいて男子高校生のモーニングルーティンスタート。起床。このままもう一度深い眠りについてしまおうと脳は訴えるが、そんな命令とは裏腹に体は自然にベッドから出て身支度をし始める。

 寝室からそのまま洗面所へ直行し、まずは歯を磨く。睡眠中に細菌が繁殖するため、起床後一番に行う。そのまま浴室へ、眠気はシャンプーと共に排水溝に流す。スキンケアを済ませ、濡れた髪に軽くオイルを馴染ませて、ドライヤーでブンブンと乾かす。洗面台の前をあとにし、キッチンに移動、ドリップ式のコーヒーメーカーに珈琲豆を入れ、挽き方を少し細挽きに調整し抽出。朝食を食べる気分でもなかったのでパス。

 気圧が低い、今日は雨が降るな。天気予報を確認すると案の定、日の入り辺りから傘マークであった。底の見えたマグカップを片付け、再び歯を磨き、身支度を整える。振られる可能性は低いと思うが、一応、折り畳み傘は鞄へ入れた。最後に制服に袖を通して家を出る。これにてモーニングルーティン終了。




「夜どっか食べに行かねー?」


 午前中の授業は終了し、現在は昼休み。食堂にて、れんはうどんを啜りながらそんなことを言い出した。ただの日常的な会話なのだが、昼ごはんを食べている最中にもう晩ごはんの話をするのは、気が早いのでないだろうか。僕は口の中の麻婆豆腐を飲み込んだ。


「ん。いいけど、妹ちゃんの具合はもういいの?」

「ああ、もう全快、元気すぎて困る。今日は友達と食べるんだとよ」

「そ、ならよかった」


 風邪を引いたと聞いてから一週間ほど経っているので、さすがに完治したようだ。でなければ、食事に誘われることもなかっただろうし。……変な意味ではなく、ここまで来ると、妹に少し会ってみたくなったというのが、最近の心情の変化だ。


「本当はさえちゃんを誘ったんだけどな。断られた」

「僕は代打か」


 そりゃそうだ。鳩羽はとばさえはマイペースな性格で、人と一緒に行動するのを好まないと聞く。最後の一口を頬張る。学食の麻婆豆腐は香辛料が効いていてなかなかに美味しいのだ。辛党という訳ではないが、辛いものは辛いほど良い。甘いものに関して同じことが言えて、どうも微糖というものが合わない。……辛さと甘さを同列視してしまったが、一方は味覚ではなく痛覚だったな。


「もともとほまれも誘うつもりだったよ。二人じゃ緊張するしな」

「ふーん」

「まー、男だけじゃ寂しいからな。誰か誘おうぜ」


 廉は良くも悪くも純粋なので、人間の本来あるべき異性に対する興味という機能がしっかりと備わっている。ここで異性と述べたことに他意はなく、それは一種の本能なので、子孫繁栄のためには正しい。男女共に、分け隔てなく接することができる方が特殊だ。

 廉もうどんを食べ終わったようなので、トレイを持って席を立つ。まだ、昼休みも半ばで、食堂内は非常に騒がしい。学校内ならば、どこで食事をとっても問題ないのだが、学食がリーズナブルなこともあり、どうしても人が集まってしまう。そんな人混みの中に、食事に誘いやすい特殊な女の子の姿を見つける。


「誘ったら?」

「ん? あーね。夏希なつきー!」


 トレイを持っていたため、視線で指し示す形になってしまったが、意図は伝わったようだ。


「ほーい、どした?」


 青葉あおば夏希なつきはくるりと振り返ると、眩しい笑顔を向ける。アシンメトリーの前髪は少し馴染んだようだ。経験則でもあるが、記念日など、何か重大な予定があって、髪を切る場合は三日から五日前に行くのがベスト。


「今日の放課後、玲と飯行くんだけど、夏希もどーかなって」

「お! いいね! ちょうど部活がオフになっちゃてさー」


 夏希のことだ。予め、部活が休みだと分かっていたならば、十中八九予定を入れていた。なので、こちら側とすれば、運が良かったと言える。気軽に誘うことができる相手ではあるが、意外にも、彼女と遊ぶ難易度は高いのだ。


「よし、決まりな! 他に誰誘うかー」

藤崎ふじさきは?」

「今日は委員会」


 図書委員は曜日ごとの当番制なので、基本的に週によって変動したりしない。今日は、当番の日ではなかったと思うのだが、これは去年の話か? いやいや、四月の中旬の話題に上がったのを覚えている。暗記は、得意ではないのだが、こういう会話の中の些細な出来事は、なぜか記憶に残りがちで、確かに今日は非番の日だ。

 そうか、先々週から先週にかけて、ゴールデンウィークがあったため、当番がズレ込んだのか。祝日に影響されなければ、祝日の多い月曜日や金曜日と、その他の曜日で不公平が生じる。


「あ!」

「どうした?」

「ふふふ。仕方ないなあ、私が探しといてやろう」


 彼女のほっぺには、「何かを企んでいますよ」と書いてあった。コロコロと移ろう感情が、そのまま表情に出ることも彼女の魅力の一つだ。僕とは、そもそもの顔面の筋肉量が異なる。いや、役者の類は、喜怒哀楽どころか、年齢や、人格すらも表現するために、顔面の筋肉トレーニングを行うらしいので。僕の鍛錬不足か。


「なつきー」

「はーい! 今、いくー! じゃ、放課後に校門前で集合ね!」

「おー、よろしく頼んだ」


 顔も名前も知らない、女子生徒に呼ばれて、そそくさと行ってしまった。彼女が何を企てて、僕が素直に喜べた経験が片手に収まるほどしかないので、不安が残る。予想できることすれば、同じクラスであるのに、集合場所が校門前なので、他クラスの人物であること。そして、彼女はバランスを重んじるので、おそらく女子生徒であるということ。一人心当たりがあるのだが、この回答が不正解であることを願いたい。

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