3-7 結名の山岳エリアソロ配信2 《結名1人称》

 結名のソロ配信スタート。

 最初に、麗華ちゃんの体調不良と数日回復に努めることを発表した。

 ひどい言葉をかける人は一人もいない。みんな麗華ちゃんを心配してくれる、応援してくれる。


 だからこそ、今は結名が麗華ちゃんの分まで頑張らなきゃね!




 1時間ほど山を登った。


「そろそろ休憩しまーす」


 水分補給中に視聴者さんと会話。


「1時間あっという間だったなー」


《ゆなちゃん強いね》

《順調だ》

《きつくないの?》


「全然きつくないよ。山登り、楽しいよぉ~。見て、この絶景!」


 手持ちのカメラで眺望を映す。

 眼下には緑の森、頭上には蒼い空。どこまで広がる景色を、視聴者のみんなにも見てもらいたい!


《すげー》

《本当にこれがダンジョンの中なの?》

《あとでインストにアップしてー》


「ドローンを飛ばして自撮りしよ☆」


《自撮りってレベルじゃねーw》

《SNSでバズりそう》



 自撮りを終えた後、コメント欄が騒がしかった。


《宝箱あった》

《宝箱》

《宝箱》

《宝箱開けよう!》


「えっ!? どこどこ?」


 ドローンを手動操作して宝箱の位置を調べる。


《崖の上》

《もうちょっと左上》


「あった!」


 崖上に宝箱があった。



《ロープないけど》

《どうやって登るんだ》


「高さ10mくらいかぁ……。落ちても死なないよね」


《えええええ!!》

《忘れてたけど、ゆなもすっかりチートキャラだな》


「麗華ちゃんにお土産持って帰らないとね!」


 中層完全踏破配信に備えて、実はジムでボルダリング(ロープ無しで壁や岩を登るスポーツ)の練習をしていたんだ。

 その成果がこのタイミングで出せるなんて、嬉しいなぁ。


 滑らないように、チョークの粉をたっぷり手につける。

 準備は万端!


「今から、ゆなのボルダリング配信だよ! スペチャの準備よろしくぅ!」






 難しいな……。

 つかむ場所がはっきりと分かるジムと違って、天然の岩はそうはいかない。目を凝らし、指先でわずかな岩の起伏を探す。


「――ここだ!」


 指先を岩のくぼみにひっかけ、足を開く。

 重心を意識し、どの筋肉を動かすのかを考える。

 右足を曲げ、岩の割れ目につま先を掛ける。


「よいしょっと」


 視線を上に向け高さを確認。

 後50cmも登れば崖上に指が届く。

 登り初めに比べて傾斜も緩やかになってるし、この調子なら――いけるよ!


《¥3800:すごく登ったね》

《ゆななも成長したなぁ》

《岩壁を登るゆな、カッコイイ……》


 コメントは確認できないけど、みんなの応援が聞こえる気がする。力が湧いてくるよ!



 冷静に頭を働かせルートを探し、迅速に安全に全身を動かす。その繰り返しで、少しずつ少しずつ高みへと近づく。


「はぁ……はぁ……」


《¥7000:あとちょっとだよ!》

《¥1300:頑張れ!!》

《いける!》


 ガシッ!

 ついに崖上をつかんだ!

 後は崖上に乗り上げれば――。




 ガブッッッ!!




 崖上をつかんでいた右手に強烈な痛み。


「キャアアッッッ!!」


《何が起こったんだ?》

《ここにきて、まさかのモンスター襲来!?》


「あ……」


 しまった……右手を離し……。


「ダメッ!」


 右手で慌てて岩に手をかける。

 危(あっぶ)な~~い。両足のつま先と左手でバランスを取っていたから、何とか落ちずにすんだよ。


《危なかった!》

《落ちるかと思った》


「シューシュー」


 崖上にいた蛇のモンスターと目が合った。

 モンスターの名前はヴァイパー。

 高い攻撃力と強い出血毒が特長だ。



 どうしよう、どうしよう、どうしよう……。

 武器を装備してないから、攻撃スキルは使えない。

 杖を装備して早く毒を解除しないと、毒が回って死んじゃう。ううん、その前に攻撃をもらい続けたらHPが0になるじゃん!


《こんな状況で戦える?》

《絶体絶命のピンチ》

《ウエポンも使えないんじゃ戦えないよ》


 崖から下りて態勢を立て直す?

 ダメ、ダメ! HPが満タンだったらともかく、今HPが減った状態で落下ダメージを受けたら、死んじゃうかも。

 どうしよ、どうしよ、どうしよぅ~~~!!


 首から下げたホイッスルに目が留まる。


 そうだ! 目明しの呼子笛をもらってたんだった。

 これを吹けば麗華ちゃんが助けに来てくれる。

 麗華ちゃんなら、きっと――



 右手を岩から離し呼子笛をつかもうとした直前、麗華ちゃんの顔が目に浮かんだ。

 力強い眼。勝気な笑み。

 どんなピンチでも怯まない結名の絶対的ヒロイン。

 呼子笛を吹けば、颯爽さっそうと駆けつけて結名を助けてくれる。


 ――でも、それでいいの?

 麗華ちゃんは結名の言葉を信じて、配信を任せてくれた。

 その信頼に応えることができなきゃ、麗華ちゃんのパートナーだなんて名乗れない。


 誓ったよね?

 麗華ちゃんに心配をかけるような無様な配信は、絶対しないって。

 腕を曲げるな。伸ばすんだ。

 ファンのみんなや麗華ちゃんの期待に応えるのが、私の仕事なんだから!


「はぁッッ!」


 呼子笛ではなく、岩の出っぱりをつかんだ。






「大丈夫! ゆなだって、1人でも戦えるんだから!」






《反撃開始だ!》

《負けるな!》

《頑張れーーー!》

《がんばれ!》

《(Tama)ゆなちゃん、強くなったね》



 シャアアア!


 ヴァイパーが崖をい降り、結名の腕を噛もうとしてる!


《危ない!》

《噛まれる!》


「させないッッ!」


《ゆなが蛇の頭を押さえつけたぞ!》

《口を開けられない蛇なんて怖くねえよ!》


 すごい力……!

 一瞬でも気を抜いたら、頭を押さえつけている手が跳ね上がりそう。

 力比べなら結名が絶対に負けちゃう。

 でも――ッ!



「たぁっ!」


 左手を掲げ岩の上をつかみ、体全体を押し上げる。

 右手を蛇の頭から離し、岩の上をつかんで一気に登り切――。


 シャーーーーーッッ!


《蛇が反撃してきた》

《危ない!!》


 ドゴッッ!


《ヒールキックが蛇の脳天にきまったあああ!》

《すげええええ!!》

《(Tama)足元見えてないのに、すごいな》


 ヴァイパーがひるんだ。

 今だ!


「みんなぁ! ゆなを応援よろしくぅ!」


 残った力を振り絞り全身を持ち上げ、岩壁を登り切った。


「ゆな、1人で登ったよ!」


《¥20000:登頂完了だ!!》

《¥14500:おめえええええ》

《¥19800:おめーーーー》

《(百合の間に挟まりたい女):感動してぎゃん泣きしてるよ~~》



 シャアー!!


《蛇が追ってきた!》

《しつこいな》

《空気読め》


「ここからはゆなの反撃!」


 杖を握って迎撃準備完了。


「星に祈りを(スターダスト・ファンタジア)!!」


 杖からたくさんの光弾を発射。

 ヴァイパーは避けることができずに、塵となった。



 撮影用ドローンに向かってポーズを決める。


「麗華ちゃんほどじゃないけど――ゆなだってスゴイでしょ!」


《¥30000:惚れちゃった!!》

《¥20000:ゆなも強かった!》

《¥29800:ゆなすげええええ!》

《¥5000:ゆな見直したよ》

《(百合の間に挟まりたい女)¥8000:ゆなちゃん神ぃぃぃぃぃ!!》



 宝箱の中身も良かったし、この日のソロ配信は大成功に終わることができた。






 数日後の配信。


「おーーっほっほっほーー! 欲しいものは奪い取る。邪魔するものはぶっ飛ばす。わたくしが、悪役社長令嬢、宝月ほうげつ麗華様ですわ!」


《麗華様が帰ってきたぞ!》

《おかえり》

《おかえり》

《おかえり》

《おかえり》

《(ニート万歳)次は何をやらかすんだ》


 この数日間で麗華ちゃんの風邪は完全に治った。

 攻略を続けられるくらいに体調も良くなった。

 麗華ちゃん、今度こそ完全復活だよ!




「麗華様とゆなのダンジョンちゃんねる、今日から2人で始まりまーーす」

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