3-5 麗華、風邪をひく2 《結名1人称》

「うっ!」


 配信終了と同時に麗華ちゃんが床に倒れ込んだ。


「どうしたの!?」


 慌てて駆け寄って、麗華ちゃんを抱きかかえようとする。


「熱っ!」


 麗華ちゃんの体が熱い。

 微熱なんかじゃない。38度は超えてるよ。


「大したことありませんのよ。ちょっと疲れただけ」


「麗華ちゃん、風邪引いた……?」


「そんなこと――クシュン!」


「やっぱり風邪ひいてるじゃない!」


 段ボールを開け、麗華ちゃんに毛布を掛けた。

 風邪薬と水も渡す。


「ありがとう。湿原エリアを抜ける直前くらいから熱っぽくなって……」


「水に落ちて体が冷えたんだ。もっと早く乾かせていたら……!」


「あんな場所で、すぐに体を乾かすなんて無理ですわ」


 麗華ちゃんの言う通り。

 あんな湿地帯に体を乾かす陸地なんて無かった。



「ハァ……ハァ……。無駄話はこれまでよ」


 麗華ちゃんがゆっくりと立ち上がる。


「さぁ、セレブパーティー配信の準備に取り掛かりましょう」


「寝てなきゃダメ」


「まさか、配信中止するとおっしゃりたいのかしら?」


「今日の攻略も、配信も中止する」


「許しません!」


 厳しい目つきで、麗華ちゃんが結名を睨む。

 でも、その頬は火照って赤い。



「結名。貴女が逆の立場なら、『休め』とファンに言われて休むのですか?」


「……」


「わたくしたちは配信者。期待に応えるのが配信者の務め。――違いまして?」


「違わない」


 結名は芸能界にいた。

 ありえない数の人に見られ、期待されてきた。

 その期待に応えられなければ、芸能界に座る椅子はない。

 人気商売というものはそんなものだ。


「海岸エリアを楽勝でクリアしてほしい。そんな期待、いや、夢を、何万という人たちが、わたくしたちにかけている。わたくしはみんなの夢を叶えたい!」


 そして、期待に応えることができたときに送られるファンの笑顔や声援が、この上もなく尊いものだということも知っている。



「麗華ちゃんの想いは痛いほど分かるよ。結名だって配信者なんだから。――でも!!」


 麗華ちゃんの元に駆け寄り、強く抱きしめた。






「結名は麗華ちゃんのファンじゃない! パートナーなの!!」






「ちょっと、結名! 病人に接触したら、貴女にまでうつりますのよ!」


 抱きしめて感じる。

 麗華ちゃんの体の熱さが。

 燃えるくらい、焼けるくらい、焦げるくらい熱い。

 麗華ちゃんのことを思うと、結名の心まで苦しい。涙が止まらない。


 だから、はっきりと叱る。






「麗華ちゃんの体は、自分だけの物じゃないんだよ!」






 麗華ちゃんは最強。規格外。唯一無二の存在だ。

 STRの数値は常識外れの9999。

 攻撃を受ければ、どんな屈強なモンスターも塵に変わる。

 それはExランクのオーパーツ【鬼才の霊薬】の恩恵。


 だけど、鬼才の霊薬を飲んだことで、麗華ちゃんは大きな代償を払うことになった。麗華ちゃんのSTR以外のステータスは1で固定されてしまった。


 その中には生命力も含まれる。

 生命力が1なので、免疫力は非常に低い。麗華ちゃんにとってはただの風邪でも重大な病なんだ。



「麗華ちゃんと一緒にダンジョンをクリアするのが、パートナーとしての夢。風邪をこじらせて、探索者を続けられなくなるなんて……。結名、絶対嫌だもん……!」


 麗華ちゃんの指が、結名の涙をそっとぬぐう。


「心配かけてごめんなさい。万全になるまでは無茶はいたしませんわ」


「じゃあ、この後の配信は中止――」


「でも、セレブパーティーするって言ったのを今さら引っ込めるのも……」


「麗華ちゃんはわがままだなぁ……」


「プロ意識が高いと言ってくださいまし」


「結名のわがままを聞いてくれたら、何とかしてあげる」


「分かりましたわ」


「それじゃあ、配信の準備をするから、開始まで麗華ちゃんはゆっくり寝ててね」






 その後準備に手間取って、予定より30分遅れで配信スタート。麗華ちゃんも休ませたかったし、仕方なかったかな。


「お詫びはこのくらいにして、パーティー開始で~~す!!」


《レッツパーリーターイム》

《でも、麗華ちゃんいないよ》


「麗華ちゃんはデッキで寝ているから、甲板にレッツゴー」


《なぜに甲板?》

《船酔いでリバース中?》




 デッキに移動。


「あら、遅かったじゃない。パジャマパーティーはとっくに始まっていますわ」


《麗華様、ベッドで寝てる》

《パジャマだ!》

《¥3000:パジャマパーティー、キターーー》

《¥2500:麗華様のパジャマお美しい》

《デッキでパジャマパーティーとかシュールw》


「ふわぁ~ん、推しのパジャマ姿しゅき~~♡」


《ゆなのパジャマ、まだー》

《推し(ゆなな)のパジャマ姿見たい~》

《ゆなは毎日麗華様のパジャマ姿を見てるのでは?》



 配信中でもなるべく麗華ちゃんの負担を減らしたい。

 そこで考えたのが、パジャマパーティー。

 パジャマパーティーだったらパジャマを着るのは当然。

 パジャマパーティーの人気も高いしね。一石二鳥♪



「麗華ちゃん、セレブなリゾット持ってきたよー」


《おかゆじゃん》

《全然セレブじゃないぞ》

《病人食じゃん》


「それではリゾットいただきます~。ん~~♡、これ、キャビア入りですわ~~」


《セレブかゆ!》

《セレブだ》

《キャビアいいなぁ~》


「結名、貴女も早くパジャマに着替えてらっしゃい」


「ふふふ……、結名の新しいパジャマ公開しちゃいま~す」


《ゆなのパジャマ!》

《パジャマ》

《パジャマ》



 こうして麗華ちゃんを休ませながら、宣言通り海岸エリアをその日のうちにクリアできた。

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