2-2 麗華と結名、同棲を始める 《麗華1人称》

 ピンポーン


 今、動画のサムネイル画像作成で手が離せないのだけど。


 ピンポーン、ピンポーン


 居留守を使っても諦めてくれないなんて。

 仕方ありませんわね。相手してさしあげますわ。


「セールスなら、一切お断りですこと」


『結名だよ。忘れてた?』


 モニターに映っているのは結名だった。

 今日はわたくしの自宅兼事務所で結名と打ち合わせることになっている。


「覚えていますけど、まだ朝よね。早くなくて?」


『今、約束の12時だけど……』


 あらまぁ! カーテンを閉め切った部屋で徹夜作業していたから、時間が経っていたことに全然気づきませんでしたわ!


「おほほ……ごめんあそばせ。お待ちしておりますわ」


 マンションのエントランスホールの開錠ボタンを押した。




「な、何なの、これはあああああ~!!」


 部屋に入るなり、顎が外れそうなほど口を開けて結名が驚きの声をあげた。


「何で、超お金持ちの麗華様の部屋がこんな惨状なのおおおおお~~!!」


「あら、何かおかしくて?」


「パソコンの前に山のように積まれたエナジードリンクの缶! あちこちに脱ぎっぱなしのドレス! 足の踏み場もなく置かれた本と書類! こんなの社長令嬢のお部屋じゃなくて、汚部屋だよ~~」


「フッ……甘いわね、庶民。社長は忙しいの。寝る暇なんてないから、食事は三食全てエナドリがベスト。洋服なんて、毎日新品を着ればいい。本と書類を床に置いておけば、棚まで戻らずに持ってこれる――社長にふさわしいビジネスマネジメントですこと!」


 現在、動画の編集作業にSNS管理、そして、わたくしと結名の芸能事務所設立の手続きで忙しい。


「ブラック企業お勤めの限界OLみたい……」


「それに、わたくしは社長令嬢。幼い頃から身の回りのことは使用人が何でもしてくれたわ。掃除なんかできると思って?」


「自慢気に言うことじゃない気が……。しかも、今は使用人いないし」


「でも、ゴミ捨てはちゃんとやってますの。むしろ、褒めていただいてもよくって!」


 わたくしの大嫌いなゴキブリ1匹たりともわたくしの部屋に入らぬよう、奴らの餌となるようなものは決して放置していません。ドヤァー。


「心配なさらなくても、ダンジョンで一山当てたらメイドを雇って――」


「そんなのダメ……」


 結名がわたくしの肩を強くつかみ、迫った。




「結名が全部お世話する! 今日から同棲だよ!」




 結名の迫力に圧倒されて「は、はい……」としか言えなかった。






 結名がキレイに掃除してくれたおかげで、あれほど散らかっていた部屋もピッカピッカになった。

 それだけではなく――。


「どう? 麗華ちゃんの、お口に会うかな……?」


 大きな瞳を潤ませて結名がわたくしの顔をのぞき込む。


「とっても美味しくてよ。貴女の料理、プロの料理人にも負けないわ」


 お世辞ではありません。本当に美味しいと思いましたの。


「掃除、洗濯、料理までできるなんて。貴女、なかなかやりますわね」


「結名はずっとパパと二人暮らしだったから、家事は得意だよ」


「家事はベテランなのね。頼もしいわ」


「じゃあ、宝月麗華専属のメイドにしてくれるんだね! やったぁ~~」


「別にメイドというわけじゃ……」


「これから麗華ちゃんを、たぁ~~~っぷり、お世話しちゃうぞ~」


 なぜか結名の目が光っているような気がしますけど……。



 危険な予感がいたしますわ。

 話を変えましょう。


「そういえば、今日相談したいことがあるって話でしたわね。何ですの?」


「あぁ……。それなんだけどね……」


 結名がぐったりとテーブルに突っ伏した。


「クロイ辞める前に、CM出演とかローカル番組のレギュラーとか、いくつか仕事を抱えててね。『それらの違約金を払え』ってクロイが……」


「合計おいくら?」




「1億円」




「……思ったよりも大きいわね」


 さすがは人気アイドル。



「そんな大金払えるわけないよ~~」


 結名が両手を合わせ、わたくしに頼み込む。


「そこで、お願い! 麗華ちゃんクロイに殴り込んで、チャラにしてもらって!」


 すごいこと言うわね。


「却下」


「えぇ~。悪役社長令嬢の麗華ちゃんのことだから『おーっほっほっほーー! 違約金の支払いなんて、実力(物理)で黙らせますわ~』って言うと思ったのに~」


「わたくしをガチ悪人と一緒にしないでくださる。『悪役』なんだから、あくまで演技よ。社会のルールは守りますわ」


「結名の『女の子好き』という設定と一緒だね」


「貴女の場合、ガチじゃなくて?」


「な、なぁ~んのことかなぁ~」


「安心なさい。たかが1億。なんとかいたしますわ」


「ありがとう!」


 1億円は、今のわたくしたちにとっては大金。

 しかし、返済するアテはある。

 わたくしたちは――探索者。

 一獲千金のチャンスは転がっている。






 その後、美味しい食事を取ったことで能率が上がり、溜まっていた仕事を片付けることができた。

 お風呂も済ませ、時刻は夜中の1時すぎ。


「さぁ、そろそろ寝る時間だよ!!」


 結名の鼻息が荒い。


「ところで……貴女、どこで寝るつもり?」


 部屋にはベッドが一台のみ。来客用のふとんすらない。


「え……、そんなの決まってるよぉ……」


 なぜか顔を赤らめる結名。


「ま、まさか……」


 わたくしの顔まで赤くなるのを感じる。


「このベッド、すっごく大きいよね……。2人で寝よ♡」


『社長令嬢のわたくしが寝るのは、大きなベッドに限りましてよー!』とか調子に乗って、カタログで一番大きなベッドを買ってしまった過去のわたくし。最ッ低の大ポカですわー!


「た、タクシーぐらい呼んでさしあげますからぁ~、本日はもう――」


「えーーーい」


 ベッドの中央で座っていた、わたくし目がけて結名がダイブ。

 そのまま押し倒されてしまった。




 結局2人並んで寝ることに。


「じゃあ、寝ましてよ」


 明かりを消した。


「えへへ~~。楽しいなぁ~~」


 結名の声が弾んでいる。


「こうして女の子と並んで寝るのって、ダズカラのオーディション合宿みたいで、楽しい~」


 結名はダンジョン配信アイドルに転身する前は、【Dazzlingダズリング Colorsカラーズ】という国民的アイドルグループのメンバーだった。


「オーディション合宿?」


「企画でね、ダズカラ加入候補生を集めて合宿していたの」


「そうなのね」


「毎晩消灯時間になると、これからの夢について語り合ったんだ。あの頃は楽しかったなぁ……」


「素晴らしい思い出ね」



「今も合宿に負けないくらいドキドキしてるよ」


 結名がそっと指を絡めてきた。

 指と指がわずかに触れる。


「麗華ちゃんがいるから、楽しいことがいっぱい起こる気がする」


「わたくしもドキドキしていますわ――これから始まる2人の冒険に」


 少ししか触れていないはずなのに、彼女の指はとても温かく頼もしく感じた。


「喜びを分かち合いましょう」


 結名の返事がない。

 寝返りを打って、結名の方を向く。


「結名、何か言ってくだ――クス……」


 結名は眠っていた。

 月明かりに照らされた彼女は笑っているように見える。

 明日からも楽しい毎日を送れそうね。



 それでは、ごきげんよう……。

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