1-5 石川結名にコラボを打診される 《麗華1人称》

 今日はある人物と打ち合わせ。

 早く来すぎたので、持ってきた新聞を読んで時間を潰す。


『チョーメイ薬品、第一四半期大幅減益』


 わたくしの古巣が早速巨額の赤字を出してしまったらしい。あらあら、ノーナシ社長、最悪の船出ですわね。



『ダンジョンポーション模造薬開発プロジェクトの失敗が原因』


 ダンジョンポーション模造薬開発はノーナシ叔父様肝入りのプロジェクトだ。


 ダンジョンポーションの有効性を示す論文はなく、模造薬は副作用が大きい。あんなものに投資する価値はない。

 そう、お父様やわたくしが口を酸っぱく反対してきたのに、叔父様が強行するから……。ほんと、ノーナシですわ!




「おはようございます」

「おはようございます」


 打ち合わせのお相手は石川結名ゆな

 今をときめくダンジョン配信アイドルだ。


「わたくし、宝月ほうげつ麗華でございます」


「石川結名です。今日はよろしくお願いします」

「藤岡です。結名のマネージャーでございます」


 名刺交換終了。

 彼らの所属事務所はクロイプロダクション。テレビを見ないわたくしでも知っている大手芸能事務所だ。



 石川結名が話の口火を切る。


「宝月さん、先日は助けていただいて、ありがとうございました!」


「大したことはございませんのよ。それよりも、どの程度の反響かしら?」


 わたくしの言葉に2人が顔を見合わせる。


「ご存じありませんか……?」


「ええ。あの後すぐ風邪をこじらせ寝込んでいたので」


「ぜひお確かめください」


 藤岡に勧められるまま、わたくしのチャンネルを開く。

 あの事件前の登録者数が35人でしたから、100倍の3500人くらいになっていたら最高ですわね――。




 って、さ、3万8千人ーー!!




 100倍なんてものじゃない、1000倍より多いんじゃなくて!?

 おーーっほっほっほーー! わたくしの時代ついに来ましたわ~~! 底辺配信者から一気に有名配信者に成り上がりましてよ!


「まあまあですわね」


 髪をかき上げ、何でもないことのように振る舞う。

 お嬢様は余裕が大事でして。




「本題に入らせていただきます」


 藤岡が話し始めた。


「うちの結名とコラボ配信をしてほしいのです」


 石川結名が固まり、うつむいた。


「ギャラは?」


「素人さんにとって、私ども芸能人の配信にお邪魔できるのは、またとないチャンスだと思いますよ」


 つまりノーギャラってことじゃない。



「どのようなコラボを?」


 わたくしの質問に石川結名の体がビクリと跳ねた。

 藤岡は彼女を意に介することなく返答する。


「ストーカー退治配信です」


 石川結名は小さな手を固く握りしめ震えている。

 当然の反応ね……。


「詳しく説明していただけるかしら」


「3か月前ほどからストーカーが現れました。彼の行為は次第にエスカレートし、ついに殺害予告を出すまでにもなったのです」


「警察に相談なされましたか?」


「はい。ただ、警察だけではどうしても限界が……」


「ダンジョン内は超法規的空間ですものね」


 ダンジョンの中で起きたことに対しては一切の法規が適用されない。つまり、窃盗をしようが、殺人をしようが許されるのだ。

 警察ができることなど――何もない。


「実際、ストーカーの行動はダンジョン内でこそ、目に余ります。動画に乱入し結名を中傷したり、爆弾を投げつけたり、モンスターを召喚し襲わせたり……」


「絶対に対処すべき問題ですわね」


 ダンジョン内でなければ即通報案件。



 ここで、1つ疑問が浮かんだ。


 ストーカー退治なんて、配信する必要ありますの?

 ストーカーの被害なんて最もプライベートでセンシティブな話題。普通はそれを全世界に向けて配信なんてしない。被害にあってつらいのに、それを知らしめるなんて。


 ああ、バズり狙いの過激配信をすれば、再生数はさぞかし伸びるでしょうねぇ!



「コラボの件、了承いたしました。全力でやらせていただきます」


 だけど、わたくしは悪役社長令嬢。

 悪徳事務所がタレントに配慮しないモラル無視の配信をしようが、やめろなんて正義面いたしませんことよ。


 ただ、一言だけ言っておく。


「アイドルさん、ずいぶん震えていますね。わたくしの足を引っ張るようでしたら、お断りさせていただきますけど?」


「結名ちゃん、いけるよね?」


 藤岡に冷たい目で睨みつけられ、石川結名が慌てて口を開く。


「ストーカーと対決するのは怖いけど、ゆな、一生懸命頑張りまーす」


「ふーん、まあいいわ。それじゃあ、本番よろしくね」






 クロイプロダクションとの打ち合わせが終わり、帰宅中。

 明らかに何者かにつけられている。

 まさか、わたくしがストーカーされるとは思いもよりませんでしたわ。


 あぁ、じれったいですこと。

 敵が仕掛ける前に、こちらから仕掛けましてよ!


「わたくしをストーカーするなんて、どういう了見かしら?」


 一瞬でストーカーの腕をつかみ詰問する。


「痛っ……い、石川です……」


 変装しているから全く分からなかったが、声は石川結名だ。

 つかんでいた手を慌てて放す。


「宝月さん、どうしてもお話したいことがあります」




 石川結名は事務所に内緒で相談したいことがあった。そこで、変装して藤岡を撒き、わたくしと接触を取ろうとタイミングを見計らっていた。

 人目に付かないところで話がしたいと言っていたので、わたくし行きつけの天ぷら屋に移動。


「コラボをさせていただくお礼として、お高いお天ぷらくらいご馳走いたしましてよ」


「このまま終わりたくない……」


「どうかされまして? よく聞こえませんでしたの」


「お願いがあります! 宝月さん、私たちのチームに加わってください!」


「お断りさせていただきます」


「どうして!?」


「貴女じゃ、わたくしに耐えられません。事務所に本音もぶつけられない。そんな人がわたくしと一緒にいたら、潰れてしまいますの」


 本音も言えず、ただ命じられた仕事をこなそうとする。そんな志が小さい部下は全員、わたくしに愛想を尽かし去っていった。


「貴女のためよ。ごめんあそばせ」


 わたくしの言葉に石川結名は涙をぼろぼろこぼす。

 やっぱり無理ね。

 これくらいで泣くようじゃ、わたくしのバイタリティーに付いていけるわけがありませんもの。



 でも、ここからが違った。

 石川結名の輝きをの当たりにする。


「宝月さんがいないと、叶わないんです!」


 浮かべた涙をぬぐうことなく、わたくしに強い視線を向ける。怯えて震えているだけの、か弱い女の子の眼ではない。






「結名はダンジョンを【完全クリア】したいの!」






 静かな店内に結名の力強い本心が響き渡る。

 会話を絶対に聞かれたくないという、自分が出したオーダーなんて忘れてしまっていることだろう。


「貴女……本気なの!?」


 ダンジョンは全100層。

 最後の階層であり最難関である100層のフロアボスを撃破する。その偉業を成し遂げてこそ、完全クリア。

 完全クリアした者は誰もいない。


「本気です! 結名には絶対に叶えたい願いがあります。そのためには強い仲間が必要なんです」


 完全クリアを成し遂げた者たちは、どんな願いでも1つ叶えることができるという。


「宝月さんを誘うのは、ただ強いからだけじゃありません。あなたには人の目を釘付けにするオーラがあります」


 数日前まで底辺配信者だった、このわたくしを捕まえて。なんてことを言うのかしら……。



「一緒に配信を始めましょう! 私たちは今よりも絶対人気が出ます!」


 もう一度彼女の眼を見る。

 わたくしに臆することなく、ただ真っ直ぐにわたくしを見つめている。

 強い意志を宿した瞳だ。

 さっきまでの弱々しい印象はどこにもない。


「気に入りましたわ!」


 3千人近くの社員を抱えていたチョーメイ製薬社長時代でさえも、言わなかった言葉を口にする。






「貴女をわたくしのパートナーにしてやってもよくってよ!」






「あ……ありがとう……ございます~~~!!」


 石川結名は感激のあまり、わんわん涙を流す。



「た・だ・し。強大なわたくしと組んで、ノーギャラというわけにはまいりませんこと。それ相応の大きな対価を払っていただけまして」


「それは事務所に……」


「払うのは事務所じゃない――貴女よ」


「何をお支払いすれば……?」


「うふふ……それは当日のお楽しみですこと」



 さあ、『悪役社長令嬢 宝月麗華』劇場の幕開けですわ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る