1-4 配信アイドル【石川結名】 《結名1人称》

結名ゆなちゃん、結名ちゃん! しっかり気を確かに!」


 スタッフさんに呼びかけられ、ハッと我に返る。



 私の名前は石川結名。

 職業はダンジョン配信アイドル。ダンジョン探索の様子を配信するのが結名のお仕事。


 今日は記念すべき初の中層配信。

 事務所さんには高価なオーパーツも買っていただき、華々しく中層デビューするはずだった。

 それなのに、たった1匹の狼モンスターに壊滅しかかるなんて……。



「結名は大丈夫。襲われたスタッフさんたちは大丈夫ですか!?」


 横たわっているスタッフさんたちの側へ慌てて駆け寄る。


「な、なんとか生きてるよ……」


「よ……よかったぁ~~~」


 全員の無事を確認したら、安心して大泣きしちゃった。


「結名ちゃん、カメラ!」


 ADさんに指摘され、慌ててカメラに向かって頭を下げる。


「全員無事でした! 今日は退却します。応援していただいたのに申し訳ありませんでした!」


 結名たちは急いで中層から逃げ出した。






「本番です。3、2、1、キュー」


 ディレクターさんの合図で配信再開。


「ただいま~。生きてみんなとお話しすることができて、本当に、ゆな嬉しい~」


《¥50000:ゆなちゃんが生きててよかったぁー》

《(百合の間に挟まりたい女)¥10000:あたしも嬉しい~》

《¥50000:本当に○んだと思ったよ》

《¥50000:嬉しいよぉ~》

《スタッフ、マジで何やってんの(怒)》

《¥25000:生きててよかったよ……》


 1万円以上のスペシャルチャットを示す【赤スぺ】が大量に流れる。

 いつもなら、すごく嬉しいけど、あんな怖い思いをしたんだ。今はそんな気持ちになれない。


「みんなー、赤スぺありがとう~。赤スぺじゃない人もありがとう~。みんな、だぁ~い好き!」


《¥2000:生きてるのが奇跡》

《¥40000:よかったよ~》

《¥20000:ありがとう》


 それでも結名はプロ。何事もなかったように振る舞わないといけない。


「スタッフさんも全員無事でーす。事故配信でお蔵入りにならないから安心してねー。でも、襲われている人を切り抜き動画に映さないでください。公式動画も後で編集いたします。よろしくお願いします」


《¥20000:もう中層に行かないで;;》

《大ケガは事故配信じゃないの?》

《¥3000:事務所に帰るまでが配信だね》


「救援要請に来てくれた、あの女の人がいなかったらと思うと……。ゆなって、とってもラッキーだね」


《命の恩人だ》

《強すぎワロタ》

《あの人の攻撃モーション見えた?》

《心臓マッサージもすごかったよ》

《化け物、化け物に殺られる》


「今回の挑戦は失敗だったけど、ゆなは諦め悪いから、いつかリベンジするよ」


《¥500:あの強すぎ狼がワンパンKO》

《あの人強かったね》

《気づいたら、狼が地中で爆発してた》

《攻撃、銃弾より早いんじゃね?》

《人間AED》

《カッコよかったー》

《あのポーション安いって言ってたけど、1本5万円な》


 あれ? 結名の話、聞いてない?

 でも、分かるな! あの女性すっごく強かったもんね!

 みんなのトークに乗っかっちゃえ。


「あの人、カッコよかったと思わない? 真っ赤なドレス着て、しかも攻撃が拳だよ。もうすっごくカッコいい! カッコイイ!!」


《拳は男のロマン。いや、女だったか》

《ゆななが話戻しちゃったぞ。嫌な予感……》

《命を救ってくれた恩人に、ゆなのテンションマックス》


「はぁ~、もう一度会いたいなぁ~。ああいうキレイな女の人しゅきぃ~♡」


《(百合の間に挟まりたい女)また、ゆなながカワイイ女子に発情w》

《¥1500:安定のガチ百合営業》

《コンタクトなら、取れるでしょ》


「えっ! 嘘ぉ、コンタクト取れるの!? 会いたい、会いたぁ~~~い♡」


《最後名乗ってたじゃん》

《¥2000:化け物、ゆななにヤられる》

《バカ、ガチ百合ゆななに余計な情報を与えるな》

《ゆなちゃん、素人さんを襲うのはダメですよ》


 その後も結名お得意の百合営業トークで話を盛り上げて、本日の配信は終了。






 悪夢の中層初挑戦から数日後。チーフマネージャーの藤岡さんと一緒に、事務所の社長と面談することになった。


「話は藤岡君から聞いたよ。宝月麗華をチームに加えてくれと」


「申し訳ございません、社長。結名ちゃんが直談判すると聞かなくて」


「タレントの管理がなっていないよ。藤岡君」


 タバコに火をつけながら話す社長。

 聞く気ゼロの態度。

 この人は私たちタレントを商品としか思っていない。



「あんな化け物を用心棒にしたら、タレントの結名ちゃんが目立たないじゃないか。できないものはできないよ」


 藤岡さんも社長も、宝月さんをチームに加えることに反対している。芸能事務所はタレントを管理するのが仕事。悪目立ちする素人は必要ない。


 でも、ここで引いちゃダメ!


「社長さん! 結名たちよりも宝月麗華はずっと強いです。あの人がいないと中層攻略なんて安心してできません!」


「『安心してできない』じゃないよ! 『中層で配信をやる』って社長の私が言ったら、タレントもクルーも行くんだよ!」


 相変わらず最っ低!

 こんな事務所、今日にでもやめたいよ。

 でも、結名には叶えたい願いがあるからね。

 ここでやっていくしかない。



「宝月麗華のことは私も調べたよ。大企業の元社長らしいね。無茶苦茶やりすぎて社長をクビになったんでしょ。私もね、一応大手芸能事務所の社長をやっているから分かるけど、あれはタレントの器なんかじゃ収まらない――個性が強すぎる。チームで動く才能なんてない」


「中層初挑戦をするとき、社長さんはこうおっしゃっていましたよね。『視聴者は刺激を求めている。視聴者の求めるものを提供できないタレントには、商品価値がない』って」


「言ったね。訂正するつもりもないよ」


「これを見てください!」


 スマホを社長に見せる。


「これ、ダンジョン配信者について語る掲示板です。こんなにも多くの人が結名と宝月麗華のコラボを待ち望んでいます」


 社長もタバコを置いてスマホをスワイプしている。


「みんなの期待に応えられないのに、バズるなんて夢のまた夢じゃないですか!」


 社長が顔を上げる。


「まぁ、コラボはやったほうがいいな……」


「ありがとうございます!」



「コラボ内容だけどさぁー、私に名案があるんだ――」


 社長がにちゃりと意地汚い笑いを浮かべる。

 社長がこんな笑い方をするときは、ろくでもない話と相場が決まっている。

 それでも――




「結名、なんでもやらせていただきます!」






 社長が提案してきたコラボ内容は最悪だった。

 気持ちどころか、命さえ配慮してくれない危険なコラボ。

 本当なら絶対やりたくない。

 でも、食い下がったかいあって、宝月さんとの接点はできた。

 どんなコラボでもやるしかない。



 宝月麗華は強すぎる。

 何度も何度も彼女の動画を見た。彼女が投稿している動画やSNSも全部チェックした。

 調べれば調べるほど、そんな感想しか出てこない。

 結名たちのダンジョン配信なんて、彼女の活躍に比べたらおままごとでしかなかったんだ。


 宝月さんと一緒にダンジョンを攻略したい。

 彼女となら、どんな無理な冒険でも、できる気がする。

 結名の叶えたい願いだって叶えてくれる。

 そんな予感でいっぱい。


 コラボなんかじゃ終われない。

 きっと彼女は結名にとっての運命の人。

 絶対にこのチャンスつかんでみせる!


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 ここからはしばらく毎日更新いたします。

 更新時間は基本的にお昼か夕方になります。


 ぜひぜひ読みにきてください♪

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