第2話 知らない部屋
知らない部屋でじっとしていても息が詰まる。彼は一晩そこに泊まった。なんの問題も起きなかった。
部屋にはたくさんの壺が置いてあった。骨董品の価値について彼はまるでわからないが、これだけ多くのものを一度に売りにいけば、どんな人物でも怪しまれるのではないかと思った。スペースがあればそこに壺がある。
やがて彼は耐えきれなくなって家を飛び出した。鍵も閉めずに一日着たままの服を身に着けたまま。
モールでアイスクリームを買い、人の少ない場所を探した。ついに見つけたのは工事の電子看板がある付近だった。
顔の見えない石像がある。首から上は切り落とされていた。なにかの革命を感じた。それはとてもアナログの情報である。彼はやはり息がつまるばかりだった。
あまりにその状態に陥って抜け出せないので、スマホで言葉の意味を調べたり、それを回避するための対処方を検索したりしている。効果の是非はわからない。面倒な問題には首を突っ込むなとだけ教えられた気がする。
目を閉じた女の子がいた。彼と同い年くらいの子で、眉毛は前髪で隠れており、少し傾いて立っている。背筋は伸びているが足が曲がっていた。
彼女は段々と近づいてきて、鼻をすんすんと犬のように嗅ぐ。
「もしかして、カヤの弟」
口に出したその名前はたしかに彼の姉の名前と同じだった。
「そうだけど」
「小さい頃よく遊んだよね。懐かしいな」
彼女は微笑んでそう言った。
相手の顔を見つめる。記憶の片隅にもなかった。
「悪いけど、まったく覚えてないんだ」
「それはしょうがないよ。もう何年も前のことだもの」
彼はその場を離れず、とくに嫌な気にはならなかった。アイスカップの紙袋を握りしめている。
「誰か待ってるの?」
「いや、一人だよ」
「そっか。そうだよね。じゃなきゃこんなところにいないよね」
手を振って立ち去ろうとする。彼は今度はこちらから話しかけた。そうしないと気持ちが悪い。
「暇ならどこかに行きませんか?」
彼女は悪戯に笑った。笑ってばかりいる女だと思った。
食欲がない、という要望からその辺を散策するのに決まった。とくに話し合ったわけでもなく横並びに歩くうちに自然とそうなった。
「何だか、誰かに追われてる気がする」
目配せして同意を求めてくる。彼の足は早かったらしい。
「追われてても別にいいじゃないか」
「どうしてそんな風に思うの?」
「この集まりには何の意味もないんだから。余り物の集まりでしかない」
「生意気な口のきき方をするようになった。べつに私は、このままどこかで食事をしたり涼しい場所に行っても構わないのに」
二人で歩くと会話ばかりする。次第に彼女は人気の少なくなると同時に心を開いてきた。彼にはそう思えた。
「マッチングアプリって知ってる?」
「はい。地に足のついてない不安定な世界だよね」
「私はそこである男と会うつもりだった。約束をして、時間通りにやって来たのに、彼はやって来なかった」
ふと立ち止まると、そこには裸体の絵があった。完全に裸ではなくインターネットみたいに足下だけ隠れている。
「会う約束をしたのって、あなただったんじゃないかしら」
「そんなわけない。今の僕は難しいんだ。とても自分ひとりで処理できる情報ではない。そもそもマッチングアプリなんて、存在は知ってるけど、実際にインストールしてやったことなんてないよ。簡単にするためのものだろ。ツールっていうのは基本的にはさ」
「あの絵を見てた」と彼女は言った。額縁はつるされている。
「目に入っただけじゃないか」
「例えばあれもじっと側に居たりすれば関係できる。所有者や、運がよければ描いた人に会えるかもしれない。そういう夢がないよね」
「僕は予定を外してしまうんだ。しかし、そちらのほうが利益が大きいのは確かだ。正規の手段ではないから、そう長くはもたないだろうが」
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