第12話 闇魔法修行-4 (ルカ・シルバーズ)

 ルカは、ミハエルの話を黙って聞いていた。


ルカはシルバーズ侯爵家の次男として生まれた。シルバーズ侯爵家はヴァンパイア国の暗部を担う家門であり、ルカと長男のルミは生まれてすぐから暗部として育てられた。生まれてすぐに与えられる乳には薄めた毒が加えられ、赤子の頃から毒の耐性をつけるために訓練されていた。歩けるようになると暗器のボーラをおもちゃ代わりに与えられ、3歳で暗部の訓練に強制的に参加させられた。ルカが5歳になってすぐに祖父の執務室に呼ばれ、クロエについて説明された後、婚約者候補にルカの名前があがっていると告げられた。


ルカは妖精族のもとから帰宅すると、すぐにレイに念話を送った。「今夜、クロエが寝た後に話がある」


レイはルカを見て頷くと、クロエに裏庭の畑の種まきを手伝ってくれと言ってリビングを出て行った。


* * *


その日の夜遅く、ルカはレイの部屋をノックした。


「入れ」レイはいつもの優しい師匠の顔ではなく、シルバーズ侯爵家暗部の長の顔でルカを迎えた。


ルカがソファに座ると、レイも対面の椅子に座った。


「ルカ、お前の聞きたいことはわかっておる。敵が誰か解っているのになぜ捕まえないのかということじゃろ」


ルカはレイの目を見て頷いた。「うちが捕えられないぐらい強いやつなのか?」


レイは小さくため息をつくと、長い話になるといってグラスに酒を注いだ。


「クロエを狙っている奴は、魔国の4大魔族長の一人じゃ。魔国には、魔の森の番人のブラックウルフ族、妖精の土地を守る妖精族、火山を守るドラゴン族、そして地底に住む地底族がいる。先代の魔王様は、魔王妃の提案した地底にある魔石と宝石を採掘する計画を実行して地底族の土地を荒らした。地底族は魔王様に最も忠実な一族であったが、魔王妃の言いなりになって自分達の土地を荒らした魔王様を許せず、シエラ王女を攫って暗黒魔法を手に入れて魔国を潰す謀叛を企てた。しかし地底族は自分達の土地が崩されても表向きは忠誠を誓っていたため、儂らも、まさか奴らが謀叛を企てていたとは気が付かなかった。奴らが黒幕だとわかったのは、この家でシエラ王女が襲われた時だ。この家の周りには何重にも結界が張ってあったのにもかかわらず敵に侵入された。どこから侵入したのか、儂らの警護のどこに穴があったのか、儂らはその穴を血眼で探した……。奴らは地下から結界をくぐりぬけて侵入しとった。結界も届かぬ深い地底から入り込み、この家を襲ったんじゃ。そしてその後、全ての地底族は魔国から姿を消した……」


ルカは、ソファに深く座り直すと「今、この家の結界はどうなってる?」とレイに質問した。


「今、この森は結界の箱の中にあるような形になっている。魔王様が直々に結界をお張りになった。クロエのためにな……。この結界に一歩でも無断で入ろうとしたものは、即、暗黒時空間へ飛ぶようにな仕掛けになっているらしい」


「地底族がどこに消えたのか、わかっていないのか?」


「あぁ。かなり深いところにいるらしく、感知魔法も届かん」レイは酒の入ったグラスを飲み干し、天井を見上げ大きくため息をついた。


レイはグラスをテーブルに置くと、ルカの目を正面から見つめ「クロエを頼むぞ……」と言って部屋を出ていった。


* *  *


クロエ達が妖精族と会った数日後、レイは背が高く高貴なオーラを持った男性を連れ立って家の中に入ってきた。


「クロエ、お客様じゃ」そういうと、レイの後ろに立っていた男性がマントのフードを外してクロエを見た。


クロエもカーテシーをして男性の顔を見上げると視線が合い、クロエは男性の目をじっと見つめてしまった。(うわぁ、綺麗な紅い目……)


マントの男性はクロエを見下ろし優しい目で微笑んだ。


「シエラの小さかった頃にそっくりだな。クロエ、俺はお前の伯父さんだ」


「えっ、伯父さん?(ルカのお父様も伯父さんだし?伯父さん、意外にたくさんいるのね?)」


レイは苦笑いしながら、クロエに言った。


「魔王様じゃ」


「えっ!魔王様!」クロエはびっくりして固まりながらも、魔王をガン見してしまった。


魔王は「ふふっ」と口の端を上げて笑うと、ソファに腰を下ろし、クロエと目線の高さを合わせた。


「レイから、クロエが暗黒魔法を学びたいといっていたと聞いてな。それで俺が暗黒魔法について説明しにきた。暗黒魔法はな、中途半端なコントロールで使うと暗黒魔法に自分が喰われる。自分が行使している魔法に自分が吸込まれっちまうんだ。ヤバイ使い方をすると、国どころか、この世界すべてを吸込む。こんな魔法は本当は必要ないんだ。暗黒魔法は、魔王の子として生まれた者に引き継がれる厄介な代物だ。そんなものを本当に学びたいか?」魔王は優しい瞳でクロエに問うた。


クロエはミハエルから話を聞いた時に、自分が暗黒魔法を使えるようになって、自分で敵を倒すと決心したことを話した。


「クロエ、なにも暗黒魔法だけが最強ではない。敵がどんな者なのかが解れば倒す方法が見つけられる。腹痛なのにインフルエンザの薬を飲んでも治らんだろ。そういうことだ」


(ん?インフルエンザって、魔王様も転生者?)


「ふふっ。そうだ、俺も転生者だ。魔王となる者はすべて他の世界で『平和』ってやつを学ばされるんだ。そうじゃないと、暗黒魔法なんて危なくて持たされんだろ」


魔王は脚を組みなおすと、すっと真面目な顔をしてクロエに質問した。


「クロエは敵がどんな奴か、もう話は聞いているか?」


クロエは数日前に、ミハエルの話に補足して、師匠から敵のことや魔国で過去に合ったことなどの事情を聞いていた。


「はい。師匠から、魔国で過去にあったことをお聞きしました」


「敵はな、魔国の四大魔族の一つである地底族だ。地底族はほぼ目は見えんが、その分嗅覚と聴覚が鋭い。前世でいうモグラに近いな。先代の魔王が聖女を娶ったせいで、魔族で最も忠誠を誓ってくれていた地底族が魔国から去っていった。地底族が魔王に復讐しようとした原因は、地底族の土地を荒らしたということだけではないんだ。これは先代魔王の失態だから緘口令を引いていてレイも知らないことだが、魔王妃が地底の採掘を始めた時に地底族の長の妻が計画を取りやめるように魔王城に説得にきた。それに腹を立てた魔王妃は族長の妻をあっさり殺したんだ。きっとボルサは妻を殺された時に復讐を誓ったんだろう。そして、殺されたボルサの妻の腹には子がおったらしい……」


地底族の族長ボルサが魔国に復讐しようとした真相を知ったレイは、椅子に崩れ落ちるように座った。


「あの魔王妃のせいか……。ボルサはいい奴だったんじゃ。族長達が言い争いになると必ずボルサが仲介して治めてくれておった……。あんないい奴が、何故と思っていたが。理由がわかってよかったわい……」レイは顔を手で覆いながら肩を震わせていた。


クロエは魔王の話を聞いて呆然としてしまった。族長が復讐を誓う気持ちもわかる。自分もそんな状況になったら、同じことを考えるだろう。


復讐の理由を知った今、私はどうすればいいのか……。


クロエが何も言えずに固まっていると、ルカが側にきてクロエの背中をポンとたたいた。


「クロエ、感情を抜きにして事実だけを並べて整理しろ。そしてこれから進む選択肢を考えるんだ」


クロエは顔を上げると、ルカの目を見て頷いた。



地底族の族長は身籠っている妻を先代魔王妃に殺された

クロエの両親は地底族に殺された


地底族はクロエを捕えて暗黒魔法で魔国に復讐しようとしている

クロエは暗黒魔法で地底族を倒そうとしている


私は、私を狙う地底族をどうしたい……?


私は、両親を地底族に殺されたが、正直なところ両親の復讐をしたいと言う程の強い思いはない。

私は、狙われているという恐怖心から、自衛のためと周りの人達に迷惑を掛けたくないという理由で魔術の修行をしている。


ただただ、いつ襲ってくるかわからない恐怖を払拭するためだけに、みんなに迷惑を掛けたくないためだけに、魔術の修行をしてるんだ、私。

そうか……。暗黒魔法を会得しようとした私の決意の理由って、ちょっとふざけてたな。

うん、暗黒魔法は必要ない。敵が襲ってきたら、その時々で対処していこう。


クロエは、顔を上げて魔王様の目を見た。


「魔王様、師匠。安易に暗黒魔法を学びたいなどと言ってしまい申し訳ありませんでした。私、襲われる恐怖心を払拭したいだけでした。正直、私は地底族に復讐したいという思いはありません。いつ襲ってくるか分からない恐怖から、先に敵を倒してしまいたいという気持ちだけでした。私、自分の中から敵に対する恐怖心をなくすために、もっと強くなろうと思います。敵のことなんかに囚われず、私らしくいこうと思います」


クロエは憑き物が落ちたかのように、力の入っていないすっきりした笑顔でみんなを見上げた。

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