第11話 闇魔法修行-3 (妖精族 ミハエル)

  引っ越しを終えた次の日、ギルは朝早くにクロエ達が住む家の玄関のベルを鳴らした。


「ギル様、おはようございます!」と、クロエは笑顔で玄関のドアを開けギルを見上げた。


ギルはクロエの頭を撫でて、おはようと挨拶をすると師匠とルカがいるキッチンに入っていった。


「ギル殿、こんな朝早くからどうしたんじゃ?」


クロエは淹れたてのコーヒーをギルに渡すと、「美味いな」と一口飲んでからダイニングテーブルの椅子に腰を下ろした。


「実は昨晩、妖精族から使いの者がきてな。クロエにぜひ会いたいから、クロエを妖精族の住んでいる結界の中に連れて来てくれって連絡があったんだ。レイはミハエルとは面識があるが、ルカもミハエルに会っておいた方がいいかと思ってな」


「ミハエル殿か。久しぶりじゃの……。そうじゃな、ルカも会っておいた方がいいじゃろ」


「妖精族ですか……。はい、俺もぜひお会いしたいです」ルカは眉を一瞬ピクリと動かしたが、いつもの無表情でギルに答えた。


(ルカは、シルバーズ侯爵家のお仕事のために表情筋を殺す訓練してたから無表情が常だけど、最近少しづつ表情筋が動くようになってきたのよねぇ。まぁ、よく見てないとわかんないけどね)



ギルも一緒に朝食を済ませると、早速みんなで妖精族の長に会いに行くことにした。森の中を15分ほど歩くと、キラキラした蝶がクロエ達の周りに集まりだし、「どうやら迎えにきてくれたようだ」と言って、ギルは立ち止まった。


「ようこそお越しくださいました」


クロエ達の目の前に、キラキラと光を纏った美しい銀髪で長身の妖精が現れた。クロエ達はそのまま結界の中に案内され、その妖精の後ろをついていくと、小さな小川が流れる場所にお茶の準備がされており、全員が席についた。


「クロエ様、ようこそお越しくださいました。私は妖精族の長、ミハエルと申します」


「クロエです。妖精族の土地へご招待いただきありがとうございます」


クロエはミハエルの人外な美しさにポーっと見惚れてしまったが、なんとか口を動かし挨拶をした。


「ミハエル殿、久しぶりじゃの。今日は、儂の孫のルカも連れてきた。ミハエル殿、あらためて感謝を伝えたい。シエラとマックスを魔の森で匿っていただき、そして皆のお陰でクロエは無事生まれて、ここまで大きくなりました」


(ん?そういえば、私、両親は魔の森で身を隠して住んでいたことは聞いていたけど、詳しい話はまだ教えてもらっていなかったわ……)


レイはクロエを見つめながら言った。「そうじゃな。この機会にクロエにこの森であったことを話しておくべきかもしれんな」


師匠はお茶を一口飲むと「ミハエル殿、お願いできますかな」とミハエルと視線を合わせ、ミハエルは頷くと笑顔をクロエに向けた。


「どこからお話しましょうか……。クロエ様は魔国のことはどれくらいご存じでしょうか?」


「実はクロエには、魔国のことはまだ何も話していないんじゃ」レイは悲し気な顔をしながらクロエを見つめた。


「そうでしたか……。クロエ様、シエラ王女がどうしてシルバーズ侯爵の養女として過ごしていたのか、そこからお話しましょう」


クロエはミハエルの目をじっと見ながら「はい、お願いします」と頭を下げた。


「シエラ王女は現魔王様の双子の兄妹として生まれました。過去の魔王様方は、膨大な魔力を有する御子の出産に耐えられるようにと、魔力量と強い身体をもつ者を魔国から魔王妃として迎えていらっしゃいました。そして生まれてくる御子は必ず男児1人のみで、次の魔王としてこの世に誕生されます。しかし、先代の魔王様はヒューマン国から来た聖女を魔王妃として迎えられました。しかし魔王妃の母体が妊娠に耐えきれない様子を見て、先代魔王様は禁術で腹の中の赤子の魂を二つに分け、膨大な魔力を二つの魂に分散させて出産させました。そして魔王様だけが持つ暗黒魔法も二つの魂にそれぞれ分かれてしまったのです。しかしその出産後すぐに魔王妃はこの世界から姿を消してしまわれ、それを追うかのように魔王様も姿を消されました。魔王城に残された双子のジルバ王子とシエラ王女は、私達でお守りしておりましたが、暗黒魔法を持つシエラ王女は何度も誘拐されかけました。そして守り切れなくなった私達は、シエラ王女は亡くなったことにしてヴァンパイア国のシルバーズ侯爵に王女を託したのです」


クロエは首を傾げてミハエルに質問した。「どうしてシエラ王女だけが誘拐されたんでしょうか?」


ミハエルは悲し気な顔をしながら話を続けた。「シエラ王女は暗黒魔法をもっておりました。しかし、双子の兄の魔王様よりは魔力が少なかったため、シエラ王女の方が監禁して洗脳しやすいと考えたのでしょう。誘拐を企てた者は暗黒魔法を持つ我が子を得ようとしたのか、シエラ王女を洗脳して魔国の乗っ取りをしたかったのか、目的は定かではありませんが、彼らが魔王家への復讐をしようとしていることは確かです」


(えっ、私を狙っている敵って、そういう事だったのね……。でも復讐ってどういうこと?)


レイは真っ青な顔をしたクロエの手を握り「大丈夫じゃ。儂らがおるからの」と背中を擦りながらクロエが落ち着くのを待った。


「クロエ様、お話はここまでにしておきましょうか?」ミハエルはクロエを心配そうに見つめていたが、クロエは顔を上げて話を続けてほしいとミハエルにお願いした。


「わかりました。クロエ様はお強いですね……。シエラ王女はヴァンパイア国でシルバーズ侯爵家に守られながら過ごしました。そしてマックス殿に出会いシエラ王女の妊娠を機にこの森で暮らすようになりました。王女の出産間近まで何事もなく過ごし、私達やギル達も王女の出産を心待ちにしていたのですが、出産してすぐに敵があの家を襲いました。その場に居た者たちは王女を守るために戦いましたが、私達が駆けつけた時にはすべての者が敵に殺されておりました。シエラ王女だけがマックス殿に渡されていた転移の魔道具でクロエ様を連れて逃げることができたのです……」


クロエはミハエルの話を聴いて疑問に思ったことを質問した。


「復讐って……、何があったんですか?」


「それをお話していませんでしたね。先代魔王妃が魔国に嫁がれてすぐに、魔王妃は地底にある魔石や鉱石の採掘を魔王様に促されました。魔王様はすぐに提案を受け入れ、地底族の住んでいた土地を崩し始めました。そしてヒューマン国が欲しがる魔石や宝石を地底族に採掘させ、彼らを奴隷のように使役しました。その際、何人もの地底族が亡くなったと聞いております」


クロエは、過去に魔国とこの森でおきた悲惨な出来事を知り呆然とした。


(復讐……。私の闇と光魔法ぐらいじゃ太刀打ちできない……。ここでの修行を終えて辺境伯へ帰ったら、皆も巻き添えにしてしまうかもしれない。どうしたら……?暗黒魔法か……。魔王だけしか持たない強大な魔法だったら……。それが使えたら私でもやれるかもしれない」

 

「師匠……、私は暗黒魔法を会得したいです。今の私じゃ、みんなを守れない……」


レイは小さい溜息をはいて、クロエの頭を撫でながら言った。


「暗黒魔法はな、使い方を少しでも間違えれば命を落とす。儂らは暗黒魔法を持たんから教えることはできん。教えを乞うならば魔王様からじゃな。クロエ、まずは今持っている光魔法と闇魔法を極めなさい。暗黒魔法は、それからじゃ」


クロエは唇を噛みしめ、拳を握りしめながら頷いた。

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