第10話 闇魔法修行-2 (魔の森の番人 ギル)
それから、クロエの闇魔法修行は順調に進みもうすぐ1年が経とうとしていた。
「クロエ、ルカ。今日は二人で訓練していてくれ。儂はちょっと出かけてくる」
「師匠、どちらへ?」食料や日用品は定期的に王都の本邸から送られてくるため、3人はこの一年間ほとんど外へ出かけることはなかった。本邸への連絡も、魔力の痕跡を残さない鏡の魔道具を使って、頻繁にレイラからみんなの体調確認が入っていた。
「ちょっと、野暮用でな。魔の森の奥へ行ってくる。たぶんお客も一緒に連れてくることになると思うが」
「そうでしたか!それでは腕によりをかけて夕食の準備をしておきますね」
ルカは「客……?」と訝し気な顔をしていたが、「気を付けていってこいよ」と手を振って見送った。
「わかっとるわい。じゃ、行ってくるからの~。夕食楽しみにしてるぞ、クロエ」と陽気に手を振って転移して行ってしまった。
ルカはクロエに振り返り「訓練どうする?」と聞いてきたが、夕食の下ごしらえをしてしまいたかったクロエは「今日の訓練は午後からね。お客様を迎える準備をしなきゃ」とスキップしながらキッチンへ向かっていった。
「あいつ、だいぶ年齢相応になってきたな。前は肩に力はいりすぎて、子供らしくなかったからな……」ルカは、口の端を上げて笑うと本を持ってソファに横になった。
* * *
クロエの師匠レイは、魔の森の奥深くにある真っ白な2階建ての小さな家の前へ転移していた。
レイが家の前でフワッと手を振ると家の周りに張られていた結界が解かれた。するとその数秒後にレイの後ろに黒い靄が現れ3メートルはあるかと思われるブラックウルフが現れた。
「レイ、久しぶりだな」
「ギル殿か。さすがにこの森の番人じゃな。そなたの感知魔法では余所者は森に侵入することは不可能じゃの」
「ふん。王女がここで奴らに襲われてしまうような失態を犯してしまったからな。俺はあれ以来、誰一人としてこの森に入ることを許していない」
「そういえば、ギル殿が時々クロエの修行を覗きにきていることはバレてましたぞ」
「シエラ王女の娘の成長が嬉しくてな。纏っている魔力は王女の魔力に似ているが魔力量は倍以上だな」
「今日はクロエがギル殿のために夕食を準備していますので、楽しみにしていてください」
ギルは嬉しそうに微笑み、パッと光を放ち人型に姿を変えた。
「それは楽しみだ。あっ、昨日、主に呼ばれてクロエの護衛を命じられた。奴らがそろそろクロエの居場所に感づきそうだ。次の場所はここにするのか?」
「はい。明日にでも移動しようと思っております」と目を細めて答えた。
* * *
「クロエ~、ルカ~、お客様だぞ」と、レイとギルが転移で帰宅した。
エプロンを着けたままキッチンから走っていくクロエを見て、ルカは苦笑いしながら玄関に向かった。
「クロエ、ルカ。魔の森の番人をしてくださっているギル殿だ」レイは笑顔でギルを紹介した。
「クロエと申します」とクロエはカーテシーで挨拶をした。(ギル様、大きい……。身長、2メートルはあるわね。)
「シエラ王女の娘、クロエ様。大きくなられた……。ルカは俺を覚えてはいないだろうが、まだ幼い頃に会ったことがある」ギルは懐かしそうな目でクロエとルカを見つめた。
レイは「ここで立ち話もなんじゃから、早速夕食にしよう」と、パッとどこからか魔法でワインのボトルを取り寄せると、ギルを連れて食堂へ向かった。
テーブルの上にはクロエが朝から準備した料理がテーブルいっぱいに準備されていた。
「おぉ~!これはクロエ様が作ったのですか?」とギルが目を大きく見開いてテーブルを見た。
「はい。ルカが川でヒメマスを釣ってきてくれたので、あとでムニエルもお出ししますね」
「ヒメマスか!儂はイワナよりヒメマスの方が好きなんじゃ。楽しみじゃのぉ〜」
みんなでテーブルを囲み料理に舌鼓を打っていると、師匠はクロエとルカに向かって明日から森の深部にある家に移動することを告げた。
「師匠、急ですね。奴らが、この場所に気が付いたってことですか?」ルカは手にもっていたカトラリーを置いて師匠の顔を見た。
「あぁ、ようやく気が付いたようだ。時間がかかったのぉ~」師匠はワインを飲みながらふふんっと鼻をならしてギルのグラスにワインを注いだ。
ギルはワインの入ったグラスをテーブルに置くとクロエに頭を下げた。
「クロエ様、シエラ王女が奴らに襲われたのは俺の責任なんだ。クロエ様が生まれてすぐ、その報告をしに魔王城へ行っている間に奴らに森へ侵入された。異変を感じてすぐに森に戻ったがすでにマックス殿は息絶えていた。そして奴らをまだ捕えることが出来ずにいる……」
「ギル様……。父と母を守っていただきありがとうございました。私、その敵を捕えるために、みんなさんのお力をお借りしているところです。ギル様、私もギル様のお力お借り出来ますでしょうか?」クロエは、両親が魔の森でギル様達に守ってもらっていたこと、そしてクロエが無事に生まれるように見守っていてくれたことに感謝した。
「当然だ。俺と俺の一族はクロエ様をお守りすることを誓う。主にもクロエ様の護衛をしろと命じられている」
「ギル様の主って……」
「クロエもルカも大体気が付いているんじゃないか?」師匠はワインを飲み干すとグラスをテーブルにおいてクロエとルカをニヤリと見た。
「シエラは魔国の王女だ。儂らヴァンパイア国の王女でもある。ヴァンパイア国は元々は魔国の一部だったからな。ヴァンパイア族が増えてきて容姿もヒューマン人とそう変わりは無かったから魔国と他国のパイプ役としてヴァンパイア国を独立させたのだ。だからヴァンパイア国には王はいない。政務を取り仕切る代表がいるだけだ。ヴァンパイア国の王は魔国の魔王様となる」
ルカは「やはりそうか……」とつぶやいていたが、クロエは目をまん丸にして言葉が出なかった。(えぇ~!師匠!私、気が付いていませんでした~)
「そうか、クロエは気が付いていなかったか。クロエは現魔王様の姪にあたる。儂の孫でもあるがな」とニコリと微笑んだ。
そこから、クロエとルカは遅くまで師匠とギル様を質問攻めにして、夕食会はお開きとなった。
次の日の朝、クロエは魔法で引っ越しのために荷物をまとめると、急いでキッチンに向かった。
「おはようございます!」とキッチンに入ると、師匠とルカは、すでに朝食の準備をしてくれていた。
「おはようクロエ。荷物はもうまとめたのか?」
「はい。出発の準備はできました」クロエはキッチンと続きになっているリビングに入ると、ソファに座り長い脚を組んで、まったりとコーヒーを飲んでいたギルを見つけてニッコリと挨拶をした。
「ギル様おはようございます!」
「クロエ様、おはようございます」とギルは読んでいた本から顔を上げて挨拶をしてくれた。
「ギル様、私のことはクロエと呼び捨てにしていただけますか?ギル様にも師匠と同じように色々と教えていただくつもりですから」
ギルは、頬をポリポリと掻くと「よし、わかった。クロエ、森の事は何でも教えてやる。森の中には魔物だけではなく妖精の住む場所もある。色々教えてやるから楽しみにしていろ」
「はい!ギル様よろしくお願いします」
引っ越しの準備が済むと、クロエ達は庭に出て1年間住んできた屋敷を思い出深く見上げていた。
「あっという間の1年じゃったの。この1年でクロエの闇魔法もかなり上達した。今から移動する場所は魔の森の深部で安全な場所じゃ。残りの2年間は、そこで修行をしようと思っておる」
「魔の森の中には魔獣がたくさんいるんじゃないんですか?」クロエは首をかしげながら師匠とギルに質問した。
「うじゃうじゃおるぞ。これからは狩りも出来るし美味い肉がたくさん食べれるの~。楽しみじゃ!」
(えっ……。ま、まぁ、これも修行の一環なのかな?)クロエは顔を引きつらせながら、遠い目をして愛想笑いで頷いた。
師匠とクロエ、そしてギルとルカはそれぞれ手を繋ぎ、魔法陣の痕跡を残さないように転移魔法で魔の森の深部に移動した。パッと景色が変わり顔を上げると、真っ白で可愛らしい家が目の前にあった。
「ここがシエラとマックスの住んでいた家じゃ。昨日ここに来た時に儂らが住みやすいように少し改装しておいた」
家の周りは少しだけ開けた場所になっており、裏庭には小さな畑もあった。
(ここが両親の住んでいた場所なのね。なんだか空気が清々しい場所だわ)
クロエが家の前で立ち止まって、気持ちの良い空気を感じながら深呼吸いるとギルが側に来てくれた。
「クロエ、大丈夫か?両親が襲われた家になど連れてきてすまない。しかし今はここが一番安全な場所なんだ」
「いいえ、大丈夫です。それより、何だかこの場所の空気がとても気持ち良くて清々しい感じがするんですが……」
ギルは安心したように頷き、右手を指さした。
「ここから歩いてすぐのところに妖精族の住む場所があるんだ。シエラは妖精達にも好かれていてな。クロエがここに住むと知らせたら、この辺り一帯を浄化してくれたんだ。引っ越しが落ち着いたら、妖精族に挨拶に行こう」
「妖精族ですか!はい、ぜひお会いしたいです」クロエは初めて出会う妖精族を想像して目をキラキラさせながら森の奥を見つめていた。
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