第10話 俯して以て地理を察する

「ああ、だいたい巣の見取り図はこんなもんか」


 探偵小説には安楽椅子探偵なるジャンルがあるらしい。

 また、ミリオタヤンキーという珍しい組み合わせの奴はアームチェア・ストラテジストとかも言っていた。

 だから現場には赴かず、部下が集めてくる情報だけで、何かを判断して指揮する役職がこの世にはあるんだと、うっすらとは知っていた。


「今の俺じゃね?」


 もっとも寝室兼ダイニングから出ないのでベッドルーム探偵とか、ダイニングストラテジストとかになるのだろうか。

 いや待て、ベッドルーム探偵は普通の探偵だな。ただの不倫調査だ。


 ハチミツのたっぷりと入った紅茶をがぶ飲みしながら、俺は俺の住む巣、もとい要塞の見取り図を描いていた。

 前世も含めて初めてのことだ。直接行ったことの無い場所の間取りや広さ高さを粘土版に記していく。


 ここは紙が貴重だから、土と水と金属さえあれば書ける粘土板は偉大だった。

 ちゃんと世界史の本はやっていくものだな。チュウセイとやらから覚えることが増えて不得手になったが、古代史は役に立つじゃねえか。


「うーん。でかくね? でも軍事基地だったらこんなもんなのか?」


 正直、びっくりしている。光属性のみを持つ働き蜂、略して光蜂6体態勢の通信を解析して間取りを書いたのだが、アリの巣状になっているので、把握が難しい。


 冷静に考えれば、自分の家なんだから動き回れよと思われるかもしれないが、俺がこの部屋を出ていくと、すぐに働き蜂さんに連れ戻され、産卵強制マッサージをされるから出れないのだ。


「自分の目で現場見れるってすげえ恵まれてたんだなあ」


 校則を無視してバイクの免許を持ったが、今にして思えば贅沢だったな。

 4日で事故って学校にばれたのも今じゃいい思い出だ。物損だからこんな呑気なことが言えるんだけどよ。


「が、発見もあった。俺の居る場所はここ」


 粘土板を指さしながら確認する。正直なぞりながらじゃないと迷子になる。

 俺の居所は巣の中央にある。一番下かと思ったが、中央が安全と言うことなのだろう。

 ということは巣の下から侵入者が入って来ることも考えられるだろう。


「ん? 巣はそもそも地下にあるんでいいんだよな」


 100日ほど前に、舞踏会という大繁殖会に連れ出されたことを思い出そう。

 多分出口は地面にあったよな。帰りは気絶したまま働き蜂さんに運ばれてたから、見てないのだ。


「まあ、それは折を見て確認するか。」


 えーと、一番上に厨房があって、隣にダイニングがある。火事対策かな地下深く出荷すると煙が回っちまうからな。厨房の下が貯水槽なのもよくできてるな。というか、貯水槽の真下が俺の部屋。うっかりボヤをやったら、水がそのままここに流れ込んでくる配置だよな。


「あぶねえ、火遊びが過ぎたら水攻めされるってことか」


 火魔法の使用はやっぱり禁止だな。怒られたことには理由がある、いい学びだ。

 で、入り口は上の方に4カ所あって、あとは働き蜂さんの居住スペースって感じぽいな。あれ、トイレってどこだ?


「ん? 俺、トイレしてなくね?」


 今さらながら気づいてしまった。そういえば催したことさえない。

 もしかして完全無欠な究極のアイドルは俺なんじゃねえか?

 魔蜂人の栄養効率は世界一イイイイイイ!

 と、生まれ持ったものを誇る時間はこれくらいにしよう。別に俺は何も成し遂げてない。


「そして卵は最下層より一層上のところか。まあ、俺の次に重要そうだし、いいんじゃないだろうか?」


 集中管理はヤバいという血の掟でもあったのだろう。卵部屋はいくつかに分散されていた。卵は同じかごに盛るなというしな。


「てことは、食うところ以外は分散配置って感じかな?」


 確かに服も要らないから着替えないみたいし、トイレも不要という生き物だとどこで寝てもいいのか。風呂は魔法で洗浄とかもしてんのかな?

 とにかくアリの巣状に部屋が配置されていて、部屋の形も正六角形、通路もすべて六角形状。これがあっちこっちにつながっているから、かなりの難易度を誇る迷路だ。


「あいつらどうやって覚えてるんだ?」


 これはどこかで聞いておこう。俺が脱出するために必要と言うこともあるが、緊急で迎撃が必要になったときにどういう挙動をするのか気になる。

 奴隷から女王になろうというのだから知るべきことが多いのはやむを得ない。しかし、今のままでは身動きがとりづらいんだよな。


 それこれも先代女王が手厚く多めに働き蜂さんを残してくれたせいなのだが。

 ちょっと愚痴っぽくなってきたときだった。


「陛下⁉ 緊急事態です! クモです! クモが出ました!」


 働き蜂さんの一匹が血相を変えて飛び込んできた。


「クモ? クモなら潰せばよくないか? 俺がぶっ倒した方がいいか?」


「え? ええ⁉ いや、ちびクモのことではなくて、魔蜘蛛人です!」


「ああ、そりゃいるよなあ。で、戦争か?」


「ええ、いや戦争するんですか?」


「いやすまん、まず状況が分からん。相手の数と武装と目的を教えてくれないか?」


「あ、えっと、その、失礼しますー」


 え? なんだったんだ? 今のは。

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