第7話 イケてる夢

「……か、陛下! 起きてください!」


「はっ」


「お目覚めですか陛下」


「ああ、長いこと寝ちまったな」


 兜武者はもういなかった。


「陛下があまりにいぎたないので、帰られましたよ」


「いぎたない? 寝過ぎだってことか。悪い。そうか、何か言い残していったか?」


「はい。また来ると」


 本格的に覚醒してくると、枕もとの赤い鞘に入った太刀が目に入った。

 太刀は刃が下を向いてるんだ。

 まあ、俺の目じゃ、上下ひっくり返されると打刀と判別できないけどな。


「これは、太刀を置いていったのか?」


 業物かなと思って抜いてみる。はばきという鞘に密着させるための留め具の金色と刀身の銀色がちらりと見える。竹光ではないよなそりゃ。


「あ、非常時まで抜いてはならぬと言伝をお預かりしています」


「え? あぶねえ」


 なんとなくだが太刀を抜き放ったときに魔法が発動するタイプだと思われる。

 こっちの都合で呼び出したいときに使えってことだろう。まあ戦時だろうが。


「太刀についてなんか言っていたか?」


「はい。儂の縄張りであることを示すから、適宜見せればいいぞ、と。但し抜く以上は目撃者を殲滅せよと仰せでした」


 なるほどね。あいつのお手付きだから手出したら分かってんのか、みたいな意味か。加えて、働き蜂どもには、真の効果を知らせないと来た。

 お侍さんも俺もいい目をしてるぜ。


「ま、気に入られはしたみたいだな」


「ええ、ですがあれから二日も立っていますから、さっさと卵を産んでくださいね」


「二日? それは寝すぎだな。じゃあ今日も仕事するかね」


 働き蜂のこの手の言葉には相変わらず棘がある。やっぱり産む能力ってみんなにあったほうがいいんじゃないかって気がしてきた。いや、それはそれで争いのもとか。

 でもそんなに美味いのかなロイヤルゼリー。交尾を知らないあいつらの嫉妬の源ってそれしか無くないか?


 ハシバシトゲトゲ働き蜂さんが部屋を出ると、別の働き蜂さんが入ってきた。食事を運んできてくれたみたいだ。


「陛下、お目覚めになったようですね。巣の改修は終わりました。そしてこちらがお食事です」


「ありがとう。そういえば腹が減ってきたところだった。急いで食べることにするよ」


「うん。その様子ですと喉は大丈夫そうですね」


「喉?」


「ええ。それはもう大きくてですね。防音のために空間を増やしたりと、少し改修が必要になりました」


「……すみま、せんねえ。ところで、今回の食事よく見たら多くないか?」


「はい、普段召し上がっている3食分を1食にしましたから。食べた分以上には産めませんので、頑張って召し上がってください。色に溺れるだけが仕事ではありませんよ」


 ハレンチチクチク働き蜂さんはそう言うと冷たい目線で俺を見下してから、部屋を出ていった。

 いや、半分くらいあの兜武者が悪いと思うんだけどなあ。


 でも、後宮とか女子高ってこんな感じなのか?

 つるんでた奴らの中に女子高通ってたやつなんていなかったから分かんねえ。もちろん後宮勤めの人間もな。

 でも働き蜂ダイバーシティの確保だって歴とした俺の仕事だろうが!


 それに外交上の成果だってあったんじゃねえか。これはまだ希望的観測に過ぎないけれども、あの兜武者は言葉を違えるタイプじゃねえと思う。

 まだ奴の名前も知らないんだけどな。


 不満を言っても仕方ない。魔術理論でも考えながら、飯を食うか。

 でもあってよかったぜ、ハチミツ。これ高カロリーなんだよな。

 疲れ切った体の五臓六腑に染み渡るぜ。

 ニンゲンの時は甘いものが得意でもなかったんだが、これは体が変わったせいなんだろう。


 ハチミツに目が行ってしまったが、3食分をまとめて1食にした食事は豪勢にもほどがある。これを一気に食えとか、働き蜂さんはとてもひでえことを仰りなさる。


「ボタンのステーキ、シカのポトフ、魚の塩焼き、どれも美味そうだな」


 それだけじゃない。薬草と言っても良いほどの薬効がある名前を知らない葉っぱにきのこ。どこからか取ってきた山菜。

 しかも、これらには塩と香草と油からなるドレッシングに彩られていた。

 いやー贅沢だ。食事に関してだけは前世を凌駕する。上げ膳据え膳でこれが出てくるってどうなってるんだ。さすがに揚げ物とかは出てこないが、その分健康的と言えるだろう。


「かー。塩焼きいいね。酒が欲しくなるな」


 この際、安居酒屋の名前も分からねえ一応日本酒みてえな酒でもいい。

 ん? そういやこっちに来てまだ酒を呑んだことが無かったな。

 今、この体でイカの塩辛を肴に酒を呑んだらどう感じるのだろうか。いや、この世界に塩辛って開発されているのか?

 いや、待て。そもそも妊娠中に酒はダメか。


「あれ? ってことは今の俺って一生酒が飲めない?」


 ぐぬぬぬぬ、衝撃の事実に気付いてしまった。今まで気づかなかったが、やっぱダメだよなあ。冷静に考えて。

 あああ、気づかなかった頃に戻りてえなあ。かえって無性に飲みたくなってきた。


 いや、結局産卵の必要が無くなれば飲んでいいはずだ。それが許される環境を作らなきゃな。

 当座は王になることを目標にするが、ゆくゆくは海と酒を手に入れるのもいい。夢が広がるぜ。

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