第6話 青空の住人

「は⁉ 青空、逃げるなら今か?」


「「「陛下あああああ! ご無事ですかあああ!」」」


 ダメだった。近衛蜂ちゃんズが来てしまった。といっても近場に居合わせた働き蜂が近衛役をやるだけなので、実際は能力によって職掌が分かれているわけではない。


「あ、無理か。今回はパスだな」


 独立のチャンスを不意にしてしまうがこれもやむを得ない。焦ってはいけない。

 まだ計画は発動できない。万全な準備をしてからでなければ、下剋上は成らないし、外を知らないから脱走計画さえ立てられていない。

 現在あるのは、真に王たる者として君臨するための構想段階の革命計画だけだ。


「おっと、そこにいるのはもしや女ではあるまいか?」


 近衛蜂ちゃんズに捕まって(断じて掴まってではない)護送されている最中に、青いはずの空から声がした。

 いかんせん護送中なので空が見えないし、その声の主も見えない。狙撃に晒された要人のように頭を低く押さえつけられての移動を余儀なくされているからだ。

 でも声の高さからして、♂っぽいがさて?


「陛下、顔を合わせてはいけません。間違いなく不審者です」

「そうです、真っ赤な体の持ち主。やばいです。ささ、こちらへ」


 赤い蜂? 聞いたことがある。自分で巣を作らずにほかの蜂が作った巣を奪ってしまう不届き千万なハチもいると。だとしたらやばい。女王蜂である俺は真っ先に殺したいのかもしれない。


「うわあ、なんですかあれ。頭から角が生えてます。下品ですわ」


 ほな蜂と違うか? カブトムシか? クワガタか? いや、それとも虫ですらなくユニコーンとかそのあたりの魔物か?


「待たれよご婦人? どうじゃ? 儂と一つ茶でも飲まぬか?」


 これ古式ゆかしきナンパじゃないか? あれだろ、茶筒を落として女の歩みを止めるタイプの。絶滅したと思っていたが。


「て、日本刀おおお⁉」


 進行方向に降ってきたのは茶筒ではなく日本刀だ。ホンモノはちゃんと見たことはねえが、時代劇に出てくるような日本刀だ。それが深々と俺の産室の床にぶっ刺さっていた。


「はっはっは。修行の一環で剣を振っていたところ、うっかり斬撃飛ばしてしまってな。だが断面から美しいお嬢さんが現れたではないか。これはこれはまさに蜂取物語」


 なんだその害虫駆除業者みたいな名前は。

 燕の子安貝もこれで安心して取れますってか?

 蓬莱の玉の枝の先に吊るすぞコラ!


「陛下、あいつ、よく見たらいい男ですよ」

「あ、すごい。ちょっと濃い顔系のイケメンですね」

「え? どうします? お茶くらいいいんじゃないですか?」


 あれぇ? 風向き変わってる。あれか日本刀が金持ちの証になってるのか?

 今の所作のどこに性的魅力感じるんだよ。近衛ちゃんズだって働き蜂なんだから生殖能力無いだろうがよお!

 もしかして少女漫画あるあるってか? 身分は高いけど貧しい家の姫君が女中の計略によって好きでもない男とくっつく羽目になるという胸糞展開かあ⁉


「お・ぬ・し♡ なかなか見目麗しいではないか? どうじゃ? 儂と一杯茶でもどうじゃ?」


 近衛ちゃんズにぺいっと放り出された。


「若いお二人だけでお話ししたいこともあるでしょう」


 と言って上空に飛んでいった。どうやら防空を担ってくれるようだ。

 まったく仕事熱心な近衛ちゃんズだぜ。


「とは、ならねえよ!」


 お見合いでしか聞かねえよそのセリフ。確定じゃん。


「むう、なにか儂に不満でもあるのか? なんでも直すぞ。言うてみい」


 なんだこいつ、さっきから悪代官みたいな言葉遣いしやがってと思って、一言文句をつけてやろうと思った。きっとぶっさいくな顔をしてるんだろうなあと思ったんだ。


「赤い鎧? 刀? いや太刀か?」


 鎧武者だった。身長は俺と同じくらい。角と言われていたのは兜の飾りっぽい。

 いわゆる赤備えと呼ばれる和風な甲冑武者の姿があった。太刀を4振り持っているのは予備ではなく腕の数の関係だろう。


「ほう。太刀を知っているのかの?」


「ああ。現物見るのは初めてだけどな」


「魔蜂人の王は箱入り娘と聞いておったからのう。」


「まあちょっと、外に出る用事があってね」


 前回の「舞踏会」で見たことにでもしようか。


「うお? なんじゃ、閉じ込められたぞ!!」


「え? 本当だ。仕事早いな。働き蜂。」


 見れば壁が直っていた。だが、全て壁で覆われており、出口が無い。

 あいつらやりやがった。することするまで出さない感じだろこれ。


「おい! 出口が無えぞ! 速く作れや!」


 壁を叩いて抗議する。が、シカトされてしまう。

 

「ふうむ。儂がここから出るには、条件があると言いたげな部屋じゃのう」


「おぅえ! 気配を消して後ろに立つな。びっくりするだろ」


 ヤバい、抱き潰される。恐怖が脳裏に過ぎった。


「すまんすまん。驚かせてしまった。しかし、こういうのは好かんな」


 そういうと太刀を一振り抜剣し、壁に向かって振り抜いた。

 壁は砕け散った。俺が何度も破壊を試みて傷一つ付けられなかった壁がだ。


「まあ、また来るわい」


「待って」


 腕を掴んで引き留めた。じっと目を兜野郎の目を見る。

 俺は目的のためなら手段を選ばないタイプだぜ。

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