第5話 青空

 空は青かったなあ。月は5~6個あったような気もしたけど、空は青かった。

 正直、月の個数に自信はないのだ。夥しい数のオスを相手にしてたからな。

 で、気が付いたらこの部屋だ。外の様子も偵察しておきたかったが、できなかったなあ。

 

「次にあの青空を見れる日はいつになるんだろう」


 思わず独り言が漏れる。


「はっはっは。この巣が手狭になるほどにお子をお産みになれば、叶います。先王陛下もここを旅立たれる時には、別離の涙を流しておられましたぞ」


「そうですか。それはそれはきっと良い思い出ができたのでしょうねえ」


「さようですとも。陛下におかれましても、住めば都と申しますけれども、そもそも陛下のおわしますところが都でございますので、きっとそのうちお慣れになるかと存じます」


 大丈夫かな、京都人敵に回してないかな、と不安になる。

 大丈夫だよな。て、天皇陛下は旧江戸城という別荘に臨時の滞在をされているだけだから。

 で、俺はこの監獄でせっせと卵を産んでいる。


 なぜこんなバカみたいなことをしているかというと、働き蜂の皆さんが監視していて、産卵ペースが落ちると、「産卵促進マッサージ」をしに来やがる。それが屈辱的なんで、そうならないギリギリを見極めてるわけだ。


 いや、女王蜂ってもっとこう絶対王政としてると思ってたけど、そんなことない。単なる産む機械じゃねえか。あの日バトルロイヤルを戦った部屋に監禁され、食う、寝る、産むを延々繰り返している。


 問題は産み方だな。このスカートみたいなのがそのまま体なんだ。

 まあ蜂が服を着ないのは当たり前っちゃ当たり前なんだが、こんないかにも洋服着てますみたいな体してるのは、正直驚きを隠せなかった。


 そして卵を産むときは、このスカートみたいな腰が昆虫で言う腹なわけだが、そこが黄金の輝きを放って、なんかぽつんと白い卵が出てくる。

 痛みは、そりゃ痛い。が、別に耐えきれないほどじゃない。卵生で良かったぜ。

 そしてその卵は働き蜂がそそくさと運んでいく。俺は一切育てないのだ。


 カルチャーショックという点なら他にもある。

 あの第一発見働き蜂、執事みたいな印象がしたから俺はシープさんと名付けたが。あるかと聞いてみたら「労働者です」とおほざき遊ばしやがった。


「おや? ピンときませんか? ワーカーと言った方がよろしいでしょうか? いやそれともアルバイター。うーん違いますね。プロレタリアート、でどうでしょうか?」


 何語だよ? あと最後のは本当に労働者って意味なのか? 俺は断頭台の露と消えるのか? ちょっと自信が無い。

 とにかく、こいつらには固有名詞が無かった。誰が誰に何したとか、誰に何されたみたいな諍いもないんだろうなと思うと、これもある種の平和なんだろうぜ。

 でも、元人間の俺にはちときつい。だから勝手に名付けてるわけだ。


 だが、悔しいことにシープさんの言うことは正しかった。

 だんだんこの異常事態に慣れてきてしまっている。


 正直、ここの飯はヤバいくらい美味い。俺の味覚が変わったのはあるかもしれないが、毎日が宮廷料理かってくらい美味い物が提供されている。

 肉か魚は絶対に出されるし、きのこや山菜といった山の恵みも彩を添える。


「甘味が欲しい」


 と言ったら、樹液や花の蜜を多めに持ってきてくれたりと至れり尽くせりなのだ。


「おい誰だカブトムシって言ったやつ」


 少し背が高いからって調子に乗ってんのか?

 メープルシロップだって樹液だろうがよ。


 そして、俺はこの部屋から出られず、行動の自由も無いので、暇なのだ。

 最初は苦しかった産卵も慣れてきてしまって、作業になってきた。

 物珍しかったこいつら魔蜂人の文化もだんだんと新鮮さが失われてきた。


 だから俺は俺の持てる力である魔法の研究を合間に行うようになったのだ。

 こんな奴隷状態に甘んじるほど人間辞めてないんでね。今に見てやがれ。

 

「おい誰だよ、引き篭りって言ったやつ」


 俺は閉じ込められてるんだぜ。自分の意志じゃねえ。

 こういう誰と話してるのか分からない独り言にも、もう慣れちまった。最初はやべえなと思ってたんだぜ。こえーよな。


「さて、属性混ぜ混ぜの時間だ」


 こういう不健康な独り言を言うときは、魔法の研究でもするに限る。

 シープさんに聞いたら——


「魔法は6属性ありますぞ。地水火風光闇ですな。我らは満遍なく使えますぞ」


 って言ってたから検証してたんだ。さすがに火は怒られたけどな。

 で、今日は2属性同時使用を試してみるか。


「地と水の配合だな」


 地属性は虚空から槍を取り出すような錬金術、足元の地面とかを使ってなにか別の者を生み出す錬成術、固体を流動化させて動かす土魔法などがある。

 水属性も虚空から水を作り出したり、そこにある水を動かしたり、温度を下げたりといった様々な魔法がある。


「これ理論上、ナトリウムと水をぶつけるっていうヤバいこともできちゃうんだよな。くそあぶねえよな」


 幸い、ここの連中は日本の化学の授業を受けて無いので、そんな物騒なことはやらかさないと思うが。


「じゃあまずはセメントかあ?」


 ここの床やら天井やら壁が黄金に光っているのも、なんらかの魔法がかかっているせいらしい。

 たしかに日本にいた蜂もどこからか材料を運んできて、壊すのに一苦労する巣を作ってたもんな。こいつらも同じってことか。


「えーと上右腕に水の玉、上左腕に土の玉ね。これを、がっちゃんこ!」


 ズドオオン!! という音が響いた。眩しさを覚えて天井を見やれば、雲一つない快晴の青空が広がっていた。


 あれ? 俺なんかやらかしたか?

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