第4話 立場

 パチパチパチパチパチ。乾いた拍手が間延びして響く。

 天井も壁も床も全てが黄金でできたこの部屋に出口なんてなかったはずなんだが、なんか突然できた。


 そしてやっぱり俺より20㎝くらいでかい♀が1体厳かに入ってきた。

 そしてドレスの裾をつまんでお辞儀。カーテシーってやつか。


「お疲れ様でございました、陛下。この度、陛下のご即位に立ち会えましたことを心から光栄に存じておりますわ」


「あー、慇懃っていうのそういうの、なんだか丁寧に過ぎるんだよね。どうにかならない?」


 あと、あのバトルロイヤルが即位の礼だったってことか?

 まさか本当にロイヤルなのは笑うだろ。

 しかも、うさん臭いんだよなこの♀。明らかにさっきの奴らより身のこなしができている。戦士のそれだぜ。


「滅相もございません。私どもはただの労働者。陛下無くしては生きることなどできません。いや、生きる意味がないのですわ」


「そんなにへり下ってもねえ、何も出ねえぞ」


「それよりよろしいのでしょうか? そろそろ出発された方がよろしいのでは?」


「は?」


 あれ、こいつ会話がかみ合わねえ。


「ん? もしやピンと来ていらっしゃらない? 舞踏会のお時間ですよ」


「武闘会? まだ戦うのか?」


「ほっほっほ。まあ、ある意味戦いと言っても良いでしょうなあ。半端な♂どもにとっての一世一代の大勝負ですから」


「いや? そのすまんな。詳しく説明してくれるか?」


「ははは、ウブなお方だ。有り体に言えば、乱交というやつですわ」


 ええ?


「我々、魔蜂人まほうじんにとって、陛下が多様な子種を確保するか否かは極めて重要な関心事です。半端ものの♂は無駄撃ちも多いですから、そろそろご出発されることをお勧めいたします」


 待ってくれ、マホウジンってなんだ?

 異邦人の俺にも分かりやすく教えてくれないか?


「ああ、もしや♂どもの誘惑方法が分からない? いやいや、陛下の輝かしきご容貌、壮麗たるフェロモンにかかれば見ただけでイチコロでございましょう。ささ、ご出陣を」


 おっと、なんとなく読めてきた。こいつらが王とか言うから分かりにくいのだ。

 俺女王蜂になったんだろ。それでこれから♂と交尾して来いって言われてるんだ。


「え? 俺って今女なのか? 女王蜂なのか?」


「うん? なにやら混乱されているようですね。特に女王、プッ、失礼しました。王たる者は女に決まっておりましょう。どうしたら♂などに務まりましょうか。ささ、早く外においでになって、お子を産んで下され」


「え? 嫌だが? ヤラれたくもないし、産みたくもないが?」


「ほう、本能が希薄なのでしょうか? これは失敗作かもしれませんね」


 一気に声が冷たくなった。どこからか羽音のようなものを鳴らし始めると、後ろからわらわらとほかの♀達が集結し始めた。

 奴らが入ってくる入り口が、この部屋唯一の出口だ。

 つまり、俺は今フクロのネズミだ。


「ああ、皆さん。集合をかけて申し訳ない。ただいま即位された我らの王がウブなことを仰り、子孫繁栄に前向きでないとのこと。心変わりの儀を執り行いたいと考えておるが皆様におかれてはいかがか?」


 やべえ、殺気立ってる。しかも全員身のこなしが強そうだ。タイマンならまだしも2対1になると絶対に勝てねえ。しかも、数としては50以上はいるな。


「いや、あの、すみません。決心がつかなかっただけです。ちなみに心変わりの儀というのは何か伺っても?」


 思わず敬語になってしまう。でもしょうがねえだろ? 自分と同じくらい強そうなやつがわらわら敵対的なんだよなあ。


「おや、私の早とちりでしたかな? 心変わりの儀というのは、子を成したくなるまで命の危険を感じさせることですな。それでも決心がお変わりにならない場合は、私共が先王陛下に再びお仕えするということです」


 これだけだと説明不足と感じたのか、後ろからやってきた♀も解説を加える。


「先王陛下に再度お仕えすると言っても、その扱いは最下級になりますので、私共の忠誠替えは最後の選択肢になります。したがって、陛下の本能を呼び覚ますまで、じっくりとみっちりと「情操教育」に努める所存です」


「あ、はい。私今ので完全に目が覚めましたわ。なんだか子どもがいなくて寂しいと思っていたところでしたの、さっそく舞踏会デビューを果たしますわ」


 屈辱だがやむを得ない。ここは改心した振りをして、この魔窟をおさらばすることにしよう。

 とことこと出口に向かって歩みを進める。


 ガシッ


 最初の個体に腕を掴まれた。


「いえいえ。陛下おひとりでのご旅行は危険ですから、親衛隊をつけていきましょう。御身のためです」


 あ、逃がしてもらえなさそうだ。これは6体くらいの目を盗んで逃走を図るしかなさそうだな。


「ふむメンバーはそうですね。50体ほど出しましょうか。志願する者は?」


 がさっと手が上がる。こいつら挙手するときは4本腕のうち、上2本を上げるんだな。人数がぱっと見で分からない。と思ったが全員挙手してんじゃねえか。

 なんなら募ってる最長老みたいなやつもあげてるじゃねえか。


「ははは。陛下の人徳の御業でありましょう。大人気ですな。じゃあ、ここから右です。右の者は随伴し、護衛し、また周辺の警戒に当たるのです」


 終わった。

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