第9話-次の満月もいっしょ。

その日は、月を見ることが叶わなかった。


ミカとCDを買いに行った日。


「じゃ!ミカ、恋慕ってるぜ!」

「ルナ、早速ツキツクの『愛寵』の歌詞使ってんのか?

帰ってからプレーヤーで無限に聴けるな。また明日な!」

「うん!また明日ね~!」

バスから降りてミカに別れを告げる。帰る先は、ボクの住むアパート。



ミカはいつもボクを見ててくれる。

書き置きも無くただ置かれた、テーブルの上の『愛』とは違って。


今日もテーブルから二千円をとって、出前を頼む。

二人は何時に帰ってくるのかな。

「…まぁ、そんなことはどーーでもいいや!

愛寵愛寵、っと」


CDプレーヤーからは、静かで透き通る歌声。


『良い温度で酔いきたる恋いしたう♪』

ひとりぼっちのリビングで、黙ってそれを聴いていた。


寂しいけど、だいじょうぶ。



「あれ?そろそろ届いていい頃だけど出前、遅いな…」

玄関前に置かれていないか確認しに行く。

「流石に無いか…」


その後も待ったけど、腹の虫が唸るばかりだった。

「ん~~我慢ならん!牛丼がボクを待っている!」

ついには耐えられなくなり、近所の牛丼屋に行くことにした。

まったく、この出前業者クレームものだよ。


外に出ると、先程より外は真っ暗だった。

「でも昼間よりは涼しいや。さ、牛丼」


アパートの狭い廊下を歩く


独り言しか聞こえてこないっていうのは、ちょっとだけ虚しい


まぁこんな時間だしね


階段を一段下る


視界がぐるんと回る



(あれ?階段の一番上が見える…

ボクいつの間に後ろ向いたっけ?しかも、踊り場から見てるみたいな景色)


最期に思ったのは、そんな間抜けなことだった。


        〇ー♢ー〇ー♢ー〇ー♢ー〇


「皆既ルナさんが亡くなりました」


「アパートの階段での事故だったそうです」


「なので今日は一日、ルナさんの葬式に行きます」


実を言うと、その日のことは余り覚えていない。

だけど本当にぼんやりしていたんだろう、オレのことを先生と親とクラスメートが

ひたすら心配してた、のは、っ覚えてる……


だってオレは、怖がってる。

ルナが居なくなったら、って。


オレはルナが居ないと。ルナが居なかったら。



…高2の今でも同じだ。

『ミカが死ぬまで一緒だよ!』

その言葉は本来、とても頼もしい親友の約束なんだろう。

オレにとっては怖くて仕方がない。


『ミカが死ぬまで』

ルナは、もう死んじゃったことを何とも思ってないのかな。


『死ぬまで』

オレは、ルナが居なくなったら生きていけない。


        〇ー♢ー〇ー♢ー〇ー♢ー〇


「なんもない。いまミカの前に怖いものなんてなんもないよ~。」

透ける腕と、いつも通りあったかいルナの声を感じる。


尖った指がCDケースをすり抜けた時、オレはまた怖がった。

【ルナがこの世に居ないから、ミカは一人で生きてね】


一人。独り。ひとり。


さっきは誰かにそう強調されたみたいで、身体が固まってしまった。でもルナは、

いつも背中をさすってくれた。だからオレは再確認する。

(ルナはオレの大事な憑き物。

が落ちる」のは困る)


        〇ー♢ー〇ー♢ー〇ー♢ー〇


「あ~あ、人生に悔いありまくりだなぁ…」

ふらふらと浮きながら、とりあえず町を散歩してみる。


無意識にも、ボクの足はミカの家へ向かってた。

あ、足はもうないんだった。

幽体になって数時間。直後は混乱してたけど、だんだんと自分の死とか

どーでもよくなってきた。


「きれ~……」

朝日が昇っている所を上空から見渡す。

段々とこの”浮く身体”の扱いにも慣れてきたよ。


「こんな姿だから…ミカと喋ることは叶わないだろうけど。」

だけどそんなミカが心配で心配であの世に行けなかった身として、

せめて見守ることができれば…。


そんな想いで、ミカの部屋に侵入した。


「…っていや

ルナーーーーーーーー⁉」

数分後、ミカの盛大な叫び声が聞こえることになる。




「ルナ………だいすき…」

ミカに抱きしめられながら、ボクは再確認する。

(ミカはボクの取りく島。

心のよりどころであるが無くなるは困る。)


((ぜったい振り祓わない。))



これから始まるのは、お月様が残してくれた未練のお話。

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お月さまのよりどころ-オレの幼馴染は、死んだんけど。 @rita2299

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