第3話ー代わり映えない未練。

「………ふぅ…」

夜十時。広いリビングのソファへ思い切り身体を預ける。

「ミカ、顔赤いよ。大丈夫?」

「んん……確かにな、ちょっとのぼせ気味かも」

オレの頭上に浮きながら、オレを心配するルナ。

「水のむ?」

「ああ。ありがとな。」

ルナが手渡そうとしてくれたコップはすり抜けてしまったので、

オレ自ら水をそそぐ。


ゴク、ゴク、ゴク、ゴク

思い切り流し込んだせいか、思いのほか音が鳴った。

でも、冷水が身体の芯に届いて気持ちが良い。

「……………」

ルナはその様子をじっと見つめていた。

「あ、あんま見んなよ…」


しかし、不思議なもんだ。

「…こんなに自然に、ルナと話せるなんて。」

独り言が口に出ていたらしい。

「?どした急に😚」

「………その顔やめろ」

愛娘でも見るようなルナの眼差しから、オレは目をそむけた。


        〇ー♢ー〇ー♢ー〇ー♢ー〇


「聞かせて?話のつーづーきっ!」

頑固なお爺さんよりかは可愛げのあるウインクにオレはこう返す。

「別にその仕草は可愛くねぇよ。

ルナと、自然体で話せてるのが不思議だって話。」

「ああ!そゆこと!」

こちらも何気なく言ったことで、ルナの方も軽く受け取ってくれた。


オレにとっては、ルナがこの世に居ない事実を受け入れられず、

幻覚が見えているのではないかと未だに思っている。…ほんとに。


「安心してよ。ボクの姿は一般人には見えないの。

周りのみんなは『ミカにイマジナリーフレンドが出来た』程度に

思ってるよ。」

「そういう意味じゃねえんだけどな…」

オレは「貴様…ボクの姿が見えるのか!?」とふざけて漫画のセリフを

言うルナに流されて、思わず笑ってしまった。


その事実を深刻に受け止めなくても、それでいい。


「…しかし、イマジナリーフレンドって勘違いされても困るなー。

ルナがさっさと成仏しねえから、変に気遣われるかも。ったく。」

「ひどいな~。

さっきは『成仏したら許さない』なんて泣いてたのに。」

「泣いッ……!!

…いやまあ泣いてたのは認めるけど…!」

「ふ~ん?」

いたずらっぽくこちらを見つめるルナ。


「………オレは」


「ルナがまだ成仏してなくて

良かったと思うよ。」

にやにやしていた目が、柔らかい笑みになってこちらを向く。

「い…いちおう、親友なんだし……」

不覚にも照れくさくなってきてしまい、最後は弱々しくなった。


「んじゃボクは」


「ミカがボクの背を抜かさないでくれて

良かったと思うよ。」「んぐっ…!」

先程のオレの真似をしてか、真顔で言ってきやがった。コイツ。

「ッッバカか!!!!

こう見えてもなあ…伸びてんだよ!」

「じゃ比べてみる?」

やっとの思いで言い返すもルナが背中合わせの姿勢になるだけだった。

「…………」

互いに黙り込んで、昔みたいに真剣全力背比べをする。


「うん、」


「まだボクの方が上のようだね!」

はっはっは、とわざとらしく笑ってみせるルナ。

オレはたまらず、

「いやっ絶対盛ってんだろ!!

ほら浮いてる分!!」

「ふふーん

負け惜しみはやめて貰えますか~?」

「大体、」


「ルナは足が無いんだから

正確に比べられて―――」


言ってしまおうとした言葉を、咄嗟に飲み込む。

言ってはいけない言葉だったからだ。

ルナは目を伏せて、優しい笑顔で口を開く。

「ボクの時間はね、」

それから少しためて、静かな声で続ける。

「あの時から

止まったままなんだよ。」

「っ………。」


「当時着てた制服も

そのまんま。」

オレは代わり映えないルナの首から下を見る。

「背も本来は、

もっと伸びてるはずだった。」

オレは代わり映えないルナの腰から上を見る。

「あんなことで人生が終わっていなければ。」

オレは代わり映えないはずのルナの腰から下を見る。

制服のズボンは見当たらない。


オレは、代わり映えない、ルナの首から上を見る。

そこには、ずっと見てきた柔らかい笑顔があった。

「変わって、ないよ。」

ふいにオレの喉から零れた言葉を聞いて、ルナはゆっくり目を閉じる。


「―――うん…

……だからねっ!」

バス席でも見てきた、

オレへ向けられた満面の笑顔。

「変わらずボクは

ミカのことが大好きな、」


「親友なんだよ~!!!」

その言葉と同時にルナはこちらへ抱き着いてきた。

透過する身体。その身体ごしに、やっぱり懐かしい温かさを感じて、


もうルナが居ないと生きていけない、と思った。


すっと浮かんできたそんな考えは、すぐに「依存」ではなく「安堵」であると

分かった。

「ボクはずーっと、ミカの親友。」

「ああ。一生憑いてきてくれるんだろ?」


実体の無い腕に抱かれるオレの身体は、

もう火照ってはいなかった。

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