第8話 帰還の提案とユスフの葛藤

ダリウスを打ち倒し、王国に平和が戻った。王宮では盛大な祝賀会が開かれ、ユスフとグレゴリーは英雄として迎えられた。人々は彼らの勝利を讃え、王国全体が安堵の雰囲気に包まれていた。しかし、祝賀会の最中、ユスフの心には重い葛藤が生じていた。彼はリーナ王女からのある提案を受け、深く悩むことになる。


王宮の大広間では、豪華な食事が並べられ、音楽が鳴り響いていた。人々の笑顔と歓声があふれ、ユスフはその中央で祝福を受けていた。しかし、彼の心は静かにざわついていた。


「ユスフ、本当にありがとう。あなたのおかげで、私たちの国は救われました。」リーナ王女が微笑みながら彼に近づき、杯を差し出した。


「王女…いや、リーナ。俺はただ、自分にできることをしただけだ。」ユスフは杯を受け取り、少しだけ口をつけた。


「それでも、あなたがいなければ私たちは今頃どうなっていたか…。心から感謝しています。」リーナはその言葉に力を込めた。


ユスフは彼女の目を見つめ、微かに笑みを返した。しかし、その瞳の奥には、別の思いが隠されていることをリーナは感じ取っていた。


「ユスフ…実は、あなたに話さなければならないことがあります。」リーナは急に真剣な表情になった。


「何だ?」ユスフはその変化に気づき、杯を下ろした。


リーナは一歩前に出て、ユスフにだけ聞こえるように囁いた。「あなたがこの世界に召喚された時の魔法、それを逆に使えば、あなたを元の世界に戻すことができるのです。」


その言葉を聞いた瞬間、ユスフの心は揺れ動いた。元の世界に帰る…その可能性があることを初めて知り、彼は驚きとともに複雑な感情を抱いた。


「本当に、帰ることができるのか…?」ユスフは信じられないような口調で問い返した。


「はい。」リーナは静かに頷いた。「しかし、それはあなたが選ぶべき道です。私たちはあなたにどちらを選ぶべきかを強制することはできません。異世界での生活を続けることも、元の世界に戻ることも、すべてはあなたの決断に委ねられています。」


ユスフは言葉を失い、しばらくその場に立ち尽くした。彼はこの世界で多くのものを得た。仲間、戦友、そして自分の成すべき使命。しかし、元の世界に戻れば、彼は再び平凡な生活に戻ることができる。だが、その平凡さが彼にとってどれほどの意味を持つのか、今はわからなかった。


「俺が帰る…」ユスフは自分に向かって呟いた。「それが正しいことなのか…?」


リーナはユスフの肩に手を置き、優しく言った。「急ぐ必要はありません。ゆっくりと考えてください。あなたがどんな決断をしても、私たちはそれを尊重します。」


ユスフはリーナの言葉に感謝しつつも、心の中で激しい葛藤を続けていた。祝賀会の喧騒が遠くに感じられ、自分がこの世界で果たすべき役割は本当に終わったのか、それともまだ何かが残っているのかを深く考え始めた。


「少し、外の空気を吸ってくる。」ユスフはリーナにそう言い、静かに広間を後にした。


彼は王宮の庭園へと向かい、夜空を見上げた。満天の星が輝き、静かな夜風が彼の顔を撫でる。異世界の美しさが、彼の心を一層揺り動かした。


「元の世界に戻るべきか…それとも…」ユスフは天を仰ぎ、次第に迫ってくる選択の時を前に、答えを見つけようとしていた。

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