第2話 ホットスタート



  俺の名は横道よこみち、どこにでもいるおっさんだ。


 悪漢に襲われていた女性を助けて、逃がしたのまでは良かったが、自分がナイフの餌食になり、命を落とした。


 そこまでは覚えている、が、目を覚ました俺の目の前に広がる景色は。


 「ふーむ、草原だな。俺は今まで裏路地で倒れていたはずだったのだが、はて? どういう事だろうか?」


 涼やかな風が吹き、草原地帯が広がっている。日差しはいい天気だ。


 「ふーむ、普通に考えて、これはいわゆる異世界転生ってヤツだよな。」


 俺は確かに命を落とした、だが目を覚ました、草原地帯の真ん中で。


 頬を撫でる風が気持ち良い、草原の一切の視界を遮るモノが無い。


 ここはどこだろうか? 俺はどうなった? まさかここがあの世って事は無いよな。


 リアルな感覚、夢ではなさそうだ、俺は確かにここに立っている。自分の足で。


 草の匂い、風の冷たさ、空気の旨さ、そして俺という存在。


 「やっぱり普通に考えて、異世界転生したって事らしいな。」


 だとしたら、ここは一体何処だろうか? 何も解らないし目印になる様なモノは無い。


 しかし、一つだけ解る事があった。


 「ぎゃぎゃぎゃ!」


 ふーむ、目の前に居る緑色の体色をした奴、こいつはモンスターのゴブリンである事は解る。


 子供のような見た目、醜悪な顔立ち、目は赤い、手には石斧で武装。


 間違いない、ゴブリンだ。ファンタジーRPGでよく見かける魔物だ。


 一匹だけだ、俺を襲うつもり満々だなこりゃ。どうしたもんか。


 「いきなり戦闘かよ! バランスおかしいよね! 普通もっとこう、説明とかあるだろ!」


 とんだホットスタートだよ、まったく。


 兎に角、このままじゃ俺は襲われて死ぬかもしれない。


 折角この世界に転生したんだから、色々と楽しみたい。


 先ずはこの状況を何とかしなくては、先に進めないだろう。


 「ここで死ぬつもりは無い! 全力で抗わせてもらう!」


 俺の今の状態は、手には草刈り用のカマ、背中に背負った籠、典型的な一般人。


 待てよ、このシチュエーションには覚えがあるぞ。


 そう、この場面は、「堕ちた戦乙女」のゲーム序盤に登場するやられ役の男。


 モブキャラだ! なんてこった!?


 俺は「堕ちた戦乙女」のゲームに登場するモブキャラの男に転生したってのか!?


 冗談じゃないよ! このままじゃここで死ぬ運命じゃないか!


 折角の異世界転生なのに!


 「……抗ってやる……自分の運命は自分で切り開く! だから抗ってやる!!」


 覚悟は決まった、あとはやるだけ。


 ゴブリンは見た目が子供だけあって、力も知能も子供並。道具を使うだけ気を付ければいい。


 距離は大体10メートル程離れている、まだこちらにもチャンスはありそうだ。


 俺は急ぎ体勢を整える、鎌を握る手に力を込め、油断無く身構える。


 ゴブリンはニヤニヤと下卑た笑みを湛えている、こちらを侮っているようだ。


 ふふ、俺を侮ってくれているな、有難い、ここで俺の実力を確かめさせてもらうぜ。


 俺は背中に背負った籠を地面に降ろし、多少身軽になる。


 武器と呼べる物はこの鎌のみ、これでどこまでやれるか?


 ゲームだと、序盤で俺はこいつに頭をかち割られて絶命する運命だ。


 遠くに見える教会っぽい建物には見覚えがある、やはりこの世界は俺が知っているエロゲー「堕ちた戦乙女」の異世界だ。


 「このままやられてたまるか! 戦ってやるよ! そして生き残ってやる!」


 この言葉を合図に、ゴブリンはダッシュでこちらに近づき、襲い掛かってきた。


 「ぎゃーー!」


 だが、俺も威嚇し、鎌を振り上げ狙いを定める。


 「来い! 迎え撃ってやるぜ!」


 狙いはカウンター、それが出来るかは解らないが、やってみて自分の力量を測る。


 ゴブリンは石斧を振り上げ、目を赤く光らせながら突進。いい的だ。


 相手の動きを良く見て、石斧の軌道を見極めて回避する。


 俺はゴブリンの石斧攻撃を、半身をずらして油断無く回避した。


 ゴブリンはまさか石斧攻撃が避けられる事を想定していなかったのか、驚きの表情をしていた。


 「悪いが、チャンスだ。」


 ゴブリンが俺に接近した事で、こちらの攻撃範囲に入った。


 狙いどうりのカウンターが、ゴブリンの首に入った。


 鎌の刃の部分でゴブリンの首の喉元をかき切る。


 「ギャアアアアアア!」


 ゴブリンは断末魔を上げ、血しぶきをまき散らしながら倒れた。


 ビクンビクンと波打ちながら、ゴブリンは横たわり、しばらくして絶命した。


 「ふう~、どうにかなったみたいだな。」


 手で額の汗を拭い、俺は深呼吸をして人心地つく。


 「やれやれ、なんとか生き残ったか。やってみるもんだな。」


 周りを見渡し、他に魔物が居ない事を確認し、俺は遠くに見える建物を見やる。


 「やっぱり、あれは何かの教会だよな。あのシンボルには見覚えがある。」


 やはりここは「堕ちた戦乙女」のゲーム異世界だと確信した、だとすると、近くに町か村があると思うが。


 さて、どうしたもんか。


 俺はこのゲーム異世界に転生した、ならば、ここで俺は生きていかねばならない。


 色々と考える事柄が多い、だが、おそらく前の世界で命を落とした時、俺は自分の胸元に「堕ちた戦乙女」のゲームソフトを抱きながら死んだと思う。


 だとしたら、その事で俺がこの異世界に転生するのに影響したのかもしれない。


 「やはりここは、「堕ちた戦乙女」のゲーム異世界なんだな。」


 しかし、よりによってモブ転生とは、どういうこった。


 「主人公じゃないんだよな、まあ、ヴァルキリーはまだ出てこないし、まっ、いっか。」


 どうにかこの世界でやっていこう。


 気持ちも新たに、俺は教会っぽい建物が見える方へ向けて歩き出した。




 








 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る