第43話 喋る地蔵 4

「た、頼む!」


 翌日、透子の古民家を訪れたのは孝蔵と与助と息子の与一、戦三郎だった。

 孝蔵は苦虫を噛み潰したような表情をしていながら頭をぎこちなく下げる。


「孝蔵! もっとしっかりと頭を下げんかぁ!」

「いたたた! 徳さん、やめてくれぇ!」


 戦三郎が孝蔵の頭を掴んで強引に下げた。

 たかが頼みごとをするのにどれだけ大所帯なのかと透子は呆れる。

 三人が孝蔵の後始末をしているように見えてしまった。


「透子ちゃん。俺が言うのも何だけど、なんとかしてやってくれないか」

「与一さんまで来ちゃってまぁ……」

「いや、まぁ、なんていうかな。心配だったんだよ」


 そう言うものの、与一の視線はマヤに注がれている。

 マヤはきょとんとした顔で視線すらあまり気にかけていなかった。

 与一は土日の休日にマヤが古民家に訪れるのを把握している。

 つまりはそういうことだった。


「あの地蔵、俺達だけならともかく子どもまで脅かすようになったんだ。相手になってやりたいところだが石は殴れん」

「そういう問題なんだ」

「俺としてもなにがなんだか……。今までこんなことなかったってのにな」

「たぶん以前から付喪神だったんだろうね」

「付喪神ってあの物に魂が宿るとかいうアレか?」


 付喪神。

 長年にわたって存在し続けたものが意思を持つ荒神の一種だ。

 ユタローのような動物が物の怪の類へと変貌するように、物も例外ではない。


 人の思いを受け続けた物には相応の念が宿る。

 人々から感謝されたものはいいものへと変わり、恐れられたものは恐ろしいものになる。

 古い神社などは人々の祈りを受け続けてより強い神域へと変わることもあった。


 しかしその思いも一枚岩ではない。

 感謝もされず、捨てられたものがどうなるか。

 そんな説明を透子は淡々と続けた。


「誰が作ったかもわからないものに無責任に祈るだけ。あのお地蔵さんは人の欲望をずーっと受け続けてきたんだろうね」

「じゃ、じゃあ、あの地蔵があんなことになったのは……俺達のせいか……」

「付喪神は面倒だよ。神の名がついているだけあって霊とも違う。まぁ神様の中では下の下もいいところだろうけどね」

「……俺からも頼む」


 与一が床に手をついて土下座をした。


「この村は俺を育ててくれた。俺はこの村が好きだ。自然も食べ物も空気も……俺にとっては紛れもない故郷なんだ。透子ちゃん、村を救ってくれ……」


 額を床につけたまま与一は誠意を見せた。

 透子は麦茶を飲んだ後、小さく息を吐く。


「ふぅ……。いいよ」

「本当か!?」

「そこの村長さんも、この人にしてはがんばったからね。それにこの村の事情も知らないわけじゃない。色々大変だったみたいだね」

「もしかして調べてくれたのか……」


 透子とて村人達からの冷遇に黙っていたわけではなかった。

 事情を知っても尚、孝蔵が自分にしたことを許したわけではない。

 かといっていつまでも根に持つわけにもいかず、区切りをつけようと考えた。


「マヤさん、やってみない?」

「え?」


 透子が唐突にマヤを指名する。

 視線が集まったマヤはきょろきょろと見渡した後、みるみるうちに耳まで赤くなった。

 思ってもない展開に再度自分を指して無言で確認を取る。


「そう、マヤさん」

「いーーーーやいやいやいや! おかしいですって! 私なんかが! なんでぇ!」

「マヤさんも私と同じ余所者だし、何より巫女としての初仕事を果たしたほうがいいよ。もちろん強制はできないけどね」

「巫女ってそういうこともやるんです!?」


 やるんです、と透子は一言で止めを刺した。

 マヤは愕然として一気に体中の力が抜ける。

 

 マヤは思案した。

 これは退魔師になるからには避けて通れない道だ。

 自分はどうしたいのか。何になりたいのか。


 学生時代、特にいじめられることもなく。

 かといって友達と呼べる人間はほとんどいなかった。

 成績は可もなく不可もない。


 小中高、教室で一人で過ごしてきたマヤはなんとなく平凡な大学に進学する。

 大学に入るとサークルのスポーツチームが大会で優勝したなどの話題が耳に入ってくるようになった。

 打ち上げの話で盛り上がっている同期の学生達の横でマヤは静かに読書する。


 勉強は平均的、運動神経はダメ。

 なんとなくアニメを見て本を読んで、唯一はまったのが透子の著書のみ。

 怪談というジャンルの性質上、話題を共有できる人間などいない。


 打ち込めるものを何一つ見つけられず、マヤは一時期病んだこともあった。

 その時にマヤは何かを成したいという自分の願望に気づく。

 そして本当は皆にまざって騒ぎたい。内気な自分を変えたい。


 これまで何一つ向いてることなどなかったが、マヤは退魔師の才能があると認められた。

 それも神様に。透子に。

 今までの平凡な人生、何もなかったけど今くらいは自信を持っていいのではないか。

 マヤは決意した。


「……やります」


 マヤは静かに、それでいてハッキリと口にした。

 透子は目を閉じて笑う。 


「おい! 話が違うぞ! そんな娘にできるわけがない!」

「孝蔵さん。退魔師のことなんて何も知らないくせになんで断定できるの?」

「いや、それはそうだがその娘は巫女になって日が浅いだろう! さすがに認めんぞ!」

「だったらこの話はなかったことにするね」

「ぬぐわぁっ!」


 透子の容赦のない駆け引きに孝蔵はダウン寸前だ。

 透子に妥協する気など一切ない。

 もし孝蔵が心変わりしなければこのまま帰らせるつもりだ。


 意地を張っている孝蔵の横で戦三郎が座り直す。


「透子さんや。ワシからも頼む。こうすることしかできん」


 戦三郎が土下座をして額を畳につけた。

 そのまま微動だにせず、透子から認めてもらえるまで顔を上げるつもりはない。

 それから与助も戦三郎に続く。


「あんたを信じる。いや、信じさせてくれ」


 孝蔵以外の大人三人が透子に誠意を見せた。

 ユタローが空気を読まずに戦三郎の頭の匂いを嗅ぎ始めたので透子が引き剥がす。


「……三人は素敵な対応をしてくれたけど村長さんはどうなの」


 ユタローを撫でながら透子は孝蔵を見下ろした。

 依然孝蔵は動きを見せず、見かねた透子が追い出そうと考えた時だ。


「……お願いします」


 孝蔵がゆっくりと丁寧な姿勢で土下座した。

 目から涙を流して畳に落ちる。


「三人に頭を下げさせてしまったのは私の責任だ……だから私にあんたを……岩古島さんを信じさせてくれ……。それと今まで申し訳なかった……」


 孝蔵が涙ながらに訴えた。

 透子は孝蔵を完全に信用したわけではない。しかしその誠意は十分に受け取っている。

 それからマヤと顔を見合わせてから同時に頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る