第44話 喋る地蔵 5
「ソーヤ君、やめなよぉ」
深夜3時、草木も眠る丑三つ時にて地蔵に近づく二人の小さな影があった。
華鈴は創也の幼馴染で、彼を止めようと腕を引っ張っていた。
「離せよ! あのバカにオレが強いってことを教えてやるんだよ!」
「あんなの無視しちゃえばいいのに!」
同級生どころか高学年の生徒にすら勝ってしまうほどの創也に怖いものはない。
向かうところ敵なしの彼は今日、同じクラスの元ガキ大将にこう言われた。
いくらお前が強くても呪いの地蔵には勝てない、と。
呪いの地蔵のことは創也も知っていたがそれまでまったく興味がなかった。
幽霊やオカルトといったものはオタクの話題だという偏見を持っている。
しかし今は村中の大人達が恐れているのが呪いの地蔵だ。
創也はクラスメイトの前でこう宣言した。
地蔵を蹴り飛ばしてきてやる、と。
クラスメイト達はいいぞと囃し立てるが華鈴だけは不安だった。
その後、華輪は創也を止めようとしたがまるで聞かない。
普通に蹴ってもつまらないから夜中にやってやると息巻く彼に付き合ってしまった。
「何が呪いの地蔵だよ。父ちゃんも母ちゃんも大人達も皆びびっちまってバカじゃねーの」
「でも隣の家のおじさんが実際に見たって言ってるんだよ!」
「どーせ酔っぱらってたんだろ! いいか、華鈴! 呪いの地蔵なんてのはチキンが勝手に作り出してんだよ! いないもんに怖がって情けねぇよなー!」
「村の大人達はチキンじゃないもん……」
創也の歯に衣着せぬ物言いに華鈴は悲しくなった。
華鈴はこの村で生まれて今日まで様々な恩恵を受けている。
自然が多い環境はもちろんのこと、大人達は良くしてくれていた。
飴玉をくれる老人や登校時に挨拶をしてくれるおじさんなど、華鈴は全員が好きだ。
ただ一つだけ嫌なところがあるとすれば、それは他所から来た人間に対する当たりの強さだった。
そういった人間と度々揉めていたのは目にしているものの、子どもだからと詳しく教えてくれない。
それらをひっくるめても華鈴は村が大好きだった。
だから創也にもクラスメイトと揉めてほしくないと思っている。
「よし、着いたぞ。これが呪いの地蔵か。別に普通じゃん」
「ね、帰ろうよ。なんだか嫌な感じするよ……」
夜中に鎮座する地蔵に華鈴は思わず身震いした。
無機質な石像がこちらを見ている気がしたからだ。
「嫌な感じってなんだよ。華鈴、よく見てろよ。お前がしょーにんってやつなんだからな」
「見てろよってなにをするの……?」
創也が地蔵の前に立つ。
「とおおりゃぁぁーーー!」
創也が全力で蹴りを入れると、地蔵がかすかに動いた。
しかしいくらケンカが強いとはいってもやはり小学生、倒すには至らない。
「てやてやてやぁーー!」
「や、やめなよ!」
華鈴が止めるも創也は蹴りを止めない。
地蔵の至る所に蹴りがヒットして、そしてついに倒れてしまった。
地蔵の頭が天へ向いている。
「はぁ……はぁ……な、なーんだ。やっぱり喋らないじゃねーか」
「お地蔵様! ごめんなさい! 起こします!」
「おい、華鈴。なにしてんだよ。そんなもん放っておけよ」
「こういうことやったらダメなんだよ! 罰当たりっていうんだよ!」
下らねー、と創也が心の中で毒づく。
地蔵を起こそうとする華鈴のせいで興がそがれた創也は帰路につこうとした。
「ソーヤ君も手伝って!」
「誰が手伝うか。バーカ」
「もう! え?」
声を荒げていた華鈴が急に静かになる。
創也は気にせず歩き始めたが、ふと足を止めた。
「おい、華鈴。いいから放って」
「やサしィねェ」
明らかに華鈴の声ではない。
創也の耳には赤子のような、それでいて猫のような小さい獣の声のように聞こえた。
「華鈴、なにふざけて……」
創也が振り向くと華鈴は声を失ってへたり込んでいた。
三体の地蔵が呆然とする華鈴を見てニヤニヤ笑っている。
「ひっ!? か、華、鈴、おまっ……」
「あ、あ……」
創也が目の前で起こっていることが理解できなかった。
地蔵が動いて笑っている。三体のうち一体が創也にゆっくりと向き直った。
「わるガき」
「バカだネぇ」
「偉イのニ」
「ぼクたち」
「すゴイのニ」
創也に先ほどまでの威勢はない。
威勢がよかった子どもはあまりに不条理な光景を目の当たりにして思考が停止してしまっている。
これが怪異の恐ろしさだ。
強いだの弱いだの以前にほとんどの人間は非現実的な現象を冷静に受け止められるだけの霊力がない。
怪異が発する霊力に気圧されてしまい、凡人では思考が停止した後で決まって――
「うあぁーーーーーーーーーー!」
叫ぶ。創也も例外ではなかった。
蹴るどころではない。創也は下腹部を濡らしてしまった。
「おモらし」
「だサ」
「くそガき」
三体の地蔵は華鈴から離れて創也に向かっていった。
石がずりずりと地面を引きずって腰を抜かした創也に近づく。
「ひえ、や、やめろ、やだ、やだ……」
地蔵が飛んで創也の真横に着地した。
続いてもう一体、次にもう一体が時間差で地面に衝撃を与える。
創也は三体の地蔵に囲まれてしまった。
「泣ク?」
「泣いチゃエ」
「鼻水たラシてめーそめそ」
「めーそメそ」
「めーソめソ」
「こいツ」
「よわムし」
「ケむシ」
「ばカ」
地蔵達が創也の周囲を移動した。
石の体を引きずり、跳ねて、また引きずる。
まるで祭りの踊りのように地蔵達は周り、頭をぐるりぐるりと揺らす。
創也の意識に限界が訪れようとしている。
このまま気絶してしまえば楽になるだろう。
創也は本能でそう理解していた。
「泣きむシは」
「ばチあたリハ」
「死ネ」
三体の地蔵が創也を押しつぶさんとして一斉に跳んだ。
落下する地蔵。創也は目を瞑る。
「撃符ッ!」
地蔵達が空中で何かに激突されたかのように弾かれた。
三体はそれぞれ地面に転がる。
「え……」
気絶寸前だった創也はいつまでも無事な自分に疑問を持った。
そしておそるおそる目を開けるとそこには一つの人影がある。
大人の人間、そして女性とまではわかった。
「よかった。見回りを言いつけられた初日にこれだなんて……」
「だ、だれ……?」
創也の目に写ったのは巫女だ。
初めて見るその姿は新鮮であり、尚且つ幻想的だった。
そこにあるのに触れられない。いや、触れてはいけない。
ある種の神秘性すら感じられる巫女というものに創也は言葉を失った。
「け、顕現せし現代のちゅくも神! このマヤが神に代わって……えーと……」
噛んだ。朧気ながら創也は心の中で突っ込んだ。
やたらと神秘的に見えた巫女が自分と同じ人間であることに安心感を抱いてしまう。
セリフを忘れたかのような巫女はみるみると青ざめていった。
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