第42話 喋る地蔵 3
「やっぱりこういう日は素麺に限るね」
夏真っ盛りの日、古民家にて透子達は庭で流し素麺をしていた。
森で取ってきた竹を割って熱湯に浸して殺菌及び殺虫をする。
そうした竹を組み立てて流すのは透子の役目だ。
「えいっ!」
「わっ! サヨちゃん、上手!」
「マヤさんのところにはいかせないもん!」
「それじゃ私が食べられない!」
サヨが先頭に立って流れてくる素麺を片っ端から取っている。
意外と目ざといサヨの横で悔しい思いをしているのがマヤだ。
神社の仕事にも定休日があり、こうして透子達と休日を楽しんでいる。
サヨがあまりに取りすぎるものだからユタローも不満そうだ。
その隣でアオ、モモ、レンが揺らめいて業を煮やしていた。
「うゆぅ~~~」
「サヨの野郎! ちったぁこっちに流しやがれ!」
「そうよねぇ。サヨちゃん、大人げなさすぎるわぁ」
「子どもだと思います……」
アオの的確な突っ込みは華麗にスルーされた。
サヨは次の素麺を待ち構えているが、さすがにこれには透子も対策を講じる。
「さぁ! 透子ちゃん! きて!」
「……流すよ」
透子が素麺を流すと待ち構えていたサヨが箸を動かす。
箸が素麺を掴もうとした時、まるで魚のごとく避けて流れていった。
「あ、あれぇ!?」
「やった! んん! おいしっ!」
マヤがゲットした素麺を汁につけてすすった。
モモが丁寧に出汁を取った汁は絶品であり、プロの腕前といっても過言ではない。
出汁取りは難しい技術で、ただ煮込めばいいというものではないからだ。
モモのそれは鰹の出汁が最大限まで湯に溶け出している。
市販されているものとは比較にならず、マヤは一口で感動してしまった。
「これ、おいしいです! モモさん! お店でもやってたんですか!?」
「そういうわけじゃないけどねぇ。うふふ、でもありがと」
「私、お料理とか全然できないんで尊敬します!」
「そうなの? お料理なんてそう難しいものじゃないわよぉ? 大切なのは心なの。なんでもそうでしょ?」
モモに言わせれば料理にしろ何にしろ、真心をもって真剣に取り組めばいつかは成果が出るという。
現実としてそう甘いものではないのだがマヤには響いた。
かつては自身の霊媒体質を呪ったこともあったが、今は退魔師として必要な素質だと思っている。
柏家の霊に触れたことにより、マヤは怪異の世界を深く知った。
霊という存在がどういうものか。
そして自分は退魔師として彼らに何をしてやればいいのか。
料理も退魔師も実は変わらないのではないかとマヤは流れてくる素麺を見送った。
下流ではユタローがもちゃもちゃとおいしそうに素麺を食べている。
「真心ですか。そうですよね」
「お料理くらいなら今度教えてあげようかしらぁ? いつかお嫁さんに行った時も困らないわよぉ?」
「お、お嫁さんはともかく私にもできるかな……昔、リンゴの皮をむこうとしたら包丁で手を切っちゃったんです」
「千里の道も一歩より、よぉ」
モモの言葉を聞いているとマヤは心が温まった。
生前の彼女を知る由もないが、きっと心優しい人だったのだろうと勝手に想像する。
「こりゃいいや! マヤちゃんよ! 花嫁修業にはもってこいだぜ!」
「あらぁ、レンさん。気が早いわよぉ。でもいい人でもいればいいんだけどねぇ」
マヤは一瞬だけいい人というものを想像したが該当者が見つからない。
会社の同僚は嫌いではないがノリが合わず、そもそも結婚願望などない。
それどころか学生時代から今に至るまで、マヤはまともな恋愛をしたことがなかった。
「透子ちゃん! 素麺が掴めないんだけど! 何かしてるでしょ!」
「してるよ。皆でおいしく食べなきゃいけないんだから独り占めはダメ」
「口で言ってくれたらいいのに! いーじわるぅ!」
「これも教育かな」
そう言いつつ、これは透子の性格だ。
心の中で舌を出しながら透子は素麺を流した。
そこで自分は一口も食べてないと気づいたところで古民家のチャイムが鳴る。
「誰か来たみたい。ちょっと待ってね」
透子が玄関で迎えたのは与助だった。
ひどく焦燥しきった表情で透子の様子をうかがっている。
「堺田さん、どうかしたんですか?」
「単刀直入に頼む」
境田は地蔵の件を透子に話した。
地蔵の存在は透子も知っていて、薄々放置していいものではないとわかっていた。
いつからそこにあるのかもわからない地蔵、しかも誰も手入れなどしていない。
しかしそれだけで怪異に成り果てるなど考えられないと透子は訝しむ。
与助の話では一方的に村人が被害に遭っているという内容だった。
「それで君は退魔師というではないか。だったらあの地蔵もどうにかできるはずだと思ってな」
「……退魔師?」
なぜ自分が退魔師となっているのか。
深くは考えずに透子は先を見据えた。
問題は地蔵でも与助でも退魔師でもない。
「それより境田さん。村の困りごとなら本来は村長の孝蔵さんが来るべきでしょ」
「そ、それが、いや……。村長は忙しくてな」
「たぶん私に頼むのが嫌なんだよね。ホントにこんな時すら誠意がないんだね」
「ぐっ! でもこれが解決できれば君は晴れて村の一員になれるのだぞ!」
「は?」
与助のあまりの言い草に透子の心に静かに火が灯った。
今まで村の行事の準備など積極的に手伝って、村内会費もかかさず払っている。
そこまでやっているのに上からの物言いとなれば透子も黙っていない。
そんな透子の怒りが家鳴りを生んで与助が慌てふためく。
「ひっ! なんだ!?」
「堺田さん。本当に困っているなら孝蔵さんを連れてきて。そうじゃないと話にならない」
「いや、あの人は本当に……わぁっ!」
玄関の棚に置いてあった置物が与助の足元に落ちた。
更にごろりと転がって与助の足をこづく。
「ひぃぃっ!」
「これが最後のチャンスだよ」
家鳴りが激しくなっていよいよ与助が玄関の戸によりかかった。
与助だけでなくサヨとマヤが怯えて互いに抱きしめ合っている。
霊体なのでマヤから触れることはできないが、不思議とピタリと重なっていた。
「ではお引き取りください」
玄関の戸が勢いよく開いた直後に与助が見えない力で押される。
与助が外に出されたと同時にまた玄関の戸がぴしゃりと閉まった。
「あ、あっ、うわ、うわうわわわぁーーーー!」
与助は何度も転びそうになりながら走り去っていった。
一部始終を見ていたサヨとマヤが気の毒に思うほどだ。
一方で透子は一切同情などしていない。
村人が困ろうが透子の知ったことではなかった。
もし透子自身に何か降りかかれば対処すればいいだけの話だ。
「さ、流し素麺の続きをしよ。今度はサヨちゃんが流してね。私、また食べてないんだからさ」
サヨは一切逆らわずにそそくさと持ち場についた。
その後、透子はサヨが流した素麺をおいしそうにすする。
「んーーっ……やっぱり鰹出汁だよね」
一人素麺を堪能する透子の傍らでマヤは苦笑いするしかなかった。
彼女はまだ透子の恐ろしさの欠片しか見ていない。
そのことに気づいたマヤは果たして自分が退魔師になったところで何が変わるだろうかと考えた。
もし透子のような存在が現れたら対処などできない、と。
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