第41話 喋る地蔵 2
村の定例会議の場は物々しい雰囲気に包まれていた。
ふてくされた孝蔵に茶を出す妻の芳江、唇を青くしている与助。
その他、誰一人として顔を上げずに座っている。
「……皆のもの、議題は言うまでもない。あの呪いの地蔵についてだ」
孝蔵が口火を切ると村の大人達の表情がより強張る。
彼らがこうなっている理由は呪いの地蔵に対する恐ろしさだけではない。
最初に呪いの地蔵の被害を訴えた孝蔵の話を信じなかった者達が多かったからだ。
この樫馬村には災いの木や柏家を初めとして多くの曰く付きの場所がある。
村人達は怪異を恐れて信じていたものの、さすがに地蔵が動き出すというのは荒唐無稽に聞こえた。
孝蔵は怪我がなかったものの、その場で気絶して気がつけば朝を迎えている。
第一発見者の戦三郎に起こされて地蔵をくまなく調べたがおかしな点はない。
地蔵はただ静かに鎮座するのみだ。
被害にあった孝蔵もそれが動いたなどとは信じられないほどだった。
このことを村人に伝えたところ、聞こえてきたのは孝蔵がボケたなどという話だ。
孝蔵自身、あれだ恐ろしい目にあったが次第に酒のせいで夢でも見ていたとすら思ってしまう。
それはそれとしてボケたなどという話は聞き捨てならずということで憤慨していた。
「それで与助、お前も見たのだろう?」
「あ、あぁ。隣の家のおやっさんと飲んだ帰り道に地蔵のところを通りかかったんだよ……」
与助はかなり深酒をしていたせいであろうことか地蔵を挑発してしまう。
孝蔵の話が頭にあったのも相まって相当バカにしていた。
それからふらつきながらも帰路につくのだが、ふと背後で音がする。
「バカなコトを」
「ねーバカ、バカバカバカ」
「イシだと思ッてル」
夢見心地で与助が振り向くと目の前に地蔵の顔があった。
叫ぶ間もなく与助は地蔵に転ばされてしまった後、腕に激痛が走る。
地蔵が倒れた与助の上に落ちた。
与助もまたそのまま朝を迎えている。
現在、腕には包帯を巻いていた。
「オヤジ……バカなことをしたな」
「与一、お前もあれには近づくんじゃない……あれは呪われている」
息子の与一から見る今の父は子どものようだった。
縮こまって震えて声には覇気がない。
「お、俺だけじゃないぞ! 他の皆も見たんだろう!?」
「オレはあの地蔵がヒソヒソと喋っているのを見た……」
「私なんか後をつけられたのよ! 主人は笑い飛ばしたけど!」
「うちの子どもが目の前で地蔵が倒れたのを見たってよ……それから地蔵が笑ったってさ」
今や地蔵の話は村全体で認知されている。
多数の怪異の目撃者や被害者を生み出してしまった以上、解決策を練るより他はない。
そこを通らなければいいのではという意見もあったが、地蔵がある道を迂回すれば大きく遠回りすることになる。
「大体あの地蔵はなんだ! いつ誰が置いたんだよ!」
「業者に頼んで撤去してもらうってのはどうだ?」
「それがいい!」
孝蔵をよそに村人達が話を進めていく。
現実的な案が出たものの、孝蔵はそれを採用する気にはなれなかった。
「いや、そんなことをすればどうなるかわからん」
「じゃあ、どうするんですか!」
「餅は餅屋ということで退魔師に頼めばいい。なぁ有道?」
孝蔵に話を振られた有道は朝からパチンコ店に並んでいた影響で船をこいでいた。
話半分でしか聞いてなかったため、目が覚めて急に慌て出す。
「えっと、その。餅は景品になかったかな? ハハ……」
「はぁ……お前はいつでも緊張感がない。お前があの地蔵を祓え」
「あぁ、あの地蔵の話か。そっかぁ……って、いや、祓って? なにを?」
「地蔵をお前が祓うのだ。伊達に退魔師として修行しとらんだろう?」
珍しく7万円ほど勝った余韻に浸っていた有道が完全に夢から覚めた。
村人の視線が有道に集中している。
「いや、無理だって。だって俺、才能ないもん……」
「お前、祖母の下で何をやっていた?」
「ああいうのって生まれながらの霊力とかそういうのが必要なんだって。オレ、マジであまり霊力ないから」
「以前は悪霊を祓っただの調子いいことをほざいてただろうに!」
「あの時は見栄を張っただけなんですぅ! 今は本物の才能を見て思い知ったんですぅー!」
子どものように開き直る有道に孝蔵は言葉を失った。
元々そこまで期待していたわけでもなかったが、いよいよ道を絶たれて愕然とする。
その時、与一が手を挙げた。
「村長。退魔師協会に依頼するってのは?」
「バカモン! 余所者になど頼めるか! 何が退魔師協会だ! いかにも怪しいだろうに!」
「もっともだけど他に手があるのか?」
「ない、ない、が……うぅむ……」
孝蔵とて頭ではわかっている。
しかし彼のプライドのせいで事態は解決から遠のいていた。
「じゃあ他に一つだけ頼れる人がいるぞ」
孝蔵を見かねた与一が切り出した。
頭を抱えていた孝蔵が与一を見て、他の村人達の視線も集まる。
「与一、他に誰がいる?」
「例の透子さんだよ。彼女はあの人が消える家の怪異を収めている」
「な、なんだと! あの小娘が!」
「あんたの悪質な嫌がらせにもめげないどころか、あそこの霊を返り討ちにしたんだよ」
もはや歯に衣着せぬ与一だが、それだけ彼も据えかねている。
村の閉鎖的な環境、村人の排他的な思考。
与一も村の状況はよくわかっていた。
彼も血気盛んに悪さをする来訪者を追い払ったものの、いつまでもいたちごっこだ。
やんちゃをした学生時代と違って今は大人、安易に暴力など振るえない。
威嚇した彼のこともまたネット上に挙げられてしまい、『鬼のような男に怒鳴られた』などと書かれている。
しかしこのままではいけないというのもわかっていた。
モヤモヤとした思いを抱えていたところで透子と出会って吹っ切れる。
透子は人が災いの木や消える家の清掃を初めとして、村の行事には参加していた。
明らかに度を越した嫌がらせをされても引っ越す素振りを見せない。
助けられた恩もあったが与一は透子という人物を信じることにした。
「返り討ちだと? あれは退魔師なのか?」
「口では言わないけどたぶんな」
与一はあえてウソをついた。
本当のところは与一にもわからないが、そういうことにしておいたほうが都合がいい。
「だとしても、あんな小娘に頼めるか!」
「だったらどうしようもないな。いつまでもあの地蔵に怯えていればいいさ」
「与一! さっきからその態度は何だ!」
「村長がそんなに偉いのか? 困りごと一つも解決できないくせによ」
「なんだとぉッ!」
――バシィッ!
村の会館の床が強く叩かれた。
木刀を持った戦三郎が立ち上がっている。
「孝蔵、お前が透子さんに頭を下げてお願いするんじゃ」
「と、徳さんまで何を言うか!」
「嫌ならお前が今すぐ決断するんじゃ! 解決しようが村人が更に被害を受けようがお前の責任じゃ! よもや下らん見栄を見せつけるためにワシを呼んだのではあるまいな!」
「うぅ……」
孝蔵はまた頭を抱えてしまった。
戦三郎の気迫に圧倒されつつ少ない頭髪をボリボリとかいて悩み抜く。
孝蔵の頭の中でプライドと透子がひたすら争っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます