第37話 巫女のお仕事は大変?

 マヤが樫馬村の巫女となってから二ヵ月が経過した。

 最初こそ起床の早さに辟易したものの、今では朝の新鮮な空気を味わうのが楽しみになっている。

 早寝、早起きを実践しているおかげで体調もすこぶるいい。


 鼻歌を歌いながら境内の掃き掃除をする経験など始めてだ。

 掃き掃除が終われば有道の祖母がやっていたお祈りを欠かさず、神社の中をくまなく掃除する。

 築年数が経過しているので手入れをしなければどんどん朽ちていく。


 有道が放置していたせいで最初は荒れ果てていたものの、今では綺麗に清潔さが保たれていた。

 マヤとしては週に二度ほどしかこられないのが歯がゆい。

 しかし今では有道もマヤがいない時は積極的に神社の清掃を行っていた。


 恐ろしい神に見張られているとあっては従うしかない。

 いつもは朝早くからパチンコ店に向かう有道だったが、断れば何が起こるかわからない。

 帰り道に交通事故に遭うくらいならかわいいものだ。


 神社の清掃を終えて境内の草木の手入れをしていた時、透子とサヨがやってきた。

 二人もたまに様子を見にきて、時には古民家に招いて食事をしている。


「あ、透子先生。おはようございます。先日の焼肉パーティ、楽しかったです! 鹿や猪のお肉っておいしいんですね!」

「私は牛や豚よりも好きだよ。山暮らしも悪くないでしょ」

「そうですねぇ。都会で仕事をしているとたまーに羨ましくなります」

「マヤさんさえよかったら移住してきたら?」


 マヤがその気なら透子は全力で支援するつもりだ。

 神社の仕事だけで破格の給料をもらっていて、下手をすれば本業よりも稼ぎがいい。

 これも透子の資金力あってこそで、彼女自身も作家として大成している。


 作家トーコの名は今や知らぬ者はいない。

 怪談作家として異例の出世を果たした透子ならば有道を通じて支援するなど容易かった。


「ね、マヤさん。今度、川にいかない? 綺麗なんだよ!」

「川かぁ……お魚とか釣れるのかな」

「そっちじゃなくて冷たくて気持ちいいの!」

「あ、ごめんなさい。そうだよね。でもサヨちゃんって……」


 どうやって水遊びをするの、と聞きかけてやめた。

 相手が幽霊であることをつい忘れてしまう。

 サヨ自身、本当に水遊びができるわけではなかった。


 風景を見て水の中に入る。

 それだけでも人と同じように色々と感じることはできた。

 このことを透子は不憫だと思わなくもないが幽霊は幽霊、しかたないと割り切っている。 


「魚ね。今度、川に行こう」

「わぁ! 釣りですか!?」

「私は釣りはしないよ」


 焼肉パーティの余韻が残っているマヤはつい食い意地を張ってしまう。

 古民家から近い距離にある川は水が澄んでいて、アユやサワガニなどの生き物が生息している。

 いざとなれば釣りを楽しみこともできたのだが、透子は釣りなどしない。


「そういえば透子先生ってどうやって鹿や猪を仕留めてるんですか? やっぱり鉄砲で?」

「どうってそんなものなくても簡単だよ」

「あ、そうですよね」


 愚問だったとマヤは口を閉じた。

 悪霊どころか神すらものともしない透子が獣ごときどうにかならないはずがない。

 その光景はマヤにとって想像しがたいものだが、世の中には見ないほうがいいものもある。


「マガルカ様。マヤさんはどう?」

「これほどの素質を秘めている人間は数百年ぶりぞよ」


 マガルカは普段は姿を見せず、村の人間にも見えない。

 透子が話を振るとふわりと姿を現す。


「そんなに?」

「今までは眠っておったのだろうと思うぞよ。あの有道などはすでに問題にならんぞよ」

「まぁあの人はね……ところで今日は見かけないね」

「今日は新台とやらが入荷するとかで朝早くから出かけていったぞよ」


 ギャンブルの類をやらない透子やマヤにとっては理解しがたい行動だ。

 透子が支援しているおかげで彼のサイフにそれなりの札束が入るようになったが、すぐに空になる。

 透子は借金は絶対に許さない上にマヤにも絶対に貸すなと口止めしてあった。


「ここからパチンコ店って割と遠いんだけどねぇ」

「わらわの力で程よく勝たせて次で大負けさせているぞよ。これであやつはここから離れられん」

「私よりえげつない」


 透子もできなくはないが、そこまでやるつもりはない。

 このマガルカがその気になれば有道に大勝ちさせた挙句、宝くじで億を当てさせることも可能だ。

 もちろんそれを有道が知れば泣きついてくるのが見えているので、マガルカも黙っていた。


「うゆぅー」

「ユタローちゃんはかわいいなぁ」

「うゆーうゆー」


 ユタローはマヤにもよくなついている。

 とても数百年を生きる化けタヌキとは誰も思わない。

 ただしユタローは化けタヌキ扱いした有道をよく思っておらず、決してすり寄らなかった。


「そうだ。川もいいけど今度、庭で焼き芋……」

「むむ! この神社に人がおるではないか!」


 境内の階段を上がってきたのは村長の倉石孝蔵と徳吉戦三郎だ。

 孝蔵は目を丸くしており、戦三郎は木刀を持ったまま仏頂面をしている。


「こんにちは」

「透子さん。あんた、ここでお参りでもしとるのか? そっちの娘さんは?」

「この子は伊月マヤ、宇田さんに巫女として雇われているの」

「有道の奴が? この私に断りなく……まったく昔からどうしようもない奴だ」


 孝蔵はブツクサ言いながら不服な態度を隠さない。

 その排他的な態度に透子はうんざりしていたところで、戦三郎が嘗め回すように視線を這わせてくる。

 戦三郎の背後を透子がジッとみると、彫りが深い顔立ちをした甲冑姿の霊が睨みつけてきた。


(すごい守護霊がついてるな)


 おそらく先祖の武士だろうと透子は思った。

 戦三郎は齢90を超えているが、それを感じさせないほど背筋が伸びて頭もしっかりとしている。

 村の守護神と恐れられているだけあって細身ながらも筋肉は若者のそれと比べても遜色ない。


 守護霊は人の人生や質に左右する。

 良いものであれば戦三郎のように健康的な体を保てるが、そうでなければ病魔に蝕まれやすい。

 若くして難病を患う者はこのパターンが多かった。


「孝蔵、こいつらが移住者か」

「そうだ。徳さんから見てどう思う?」


 品定めをさせるかのような構造の物言いにマヤは不快感を持つ。

 この村が余所者を歓迎していないことは予め透子から聞かされていたが、まさかこいつら呼ばわりされるとは思ってなかった。


(穏便にすめばいいけどなぁ)


 透子はのんびりとした態度で天に向かって息を吐いた。

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