第38話 巫女の仕事は手荒なんです

「若い女子が朝から神社に参拝……それは感心、感心」


 戦三郎は透子に顔を近づけて批評した。

 それからしかめっ面を崩さずに戦三郎は巫女装束を着たマヤに視線を移す。


「そっちの若いのは結婚はしとらんのか?」

「はい、独身です」

「歳はいくつじゃ?」

「23になります」

「23ならば結婚盛り、親は何も言わんのか」


 初対面で踏み込んだ質問ばかりぶつけてくる戦三郎にマヤは不快感を覚えた。

 顔には出さずに淡々と答えると戦三郎の顔がみるみると強張る。

 彼の価値観は昭和で止まっていて、与一やマヤのような年ごろの独身の存在は受け入れ難かった。


「そうですね……私のやりたいようにやりなさいって言ってくれてます」

「なんという親じゃ! 娘の嫁入りを促さないなど! 貴様も家庭を作らんでどうする! 女手一つで暮らしていけると思うのか!」

「は、はい?」

「かあぁぁーーーーーー! 巫女など言語道断! 有道はどこじゃッ!」


 戦三郎の木刀が空を斬り、下手をすれば透子に当たる。

 木刀の風圧を受けながらも透子はどうすべきか考えた。

 孝蔵のような極端な行動に出れば話は別だが、この時点ではただの思想の違いでしかない。


「そ、そうだ! 有道の奴はどこへいった!」

「有道さんは外出中だよ、村長。ところで村長も参拝に?」

「私は朝の散歩だ! 有道、こんな朝っぱらからまたパチンコか! まったくしょうもない奴だ!」


 二人の老人が怒り散らかしている光景にサヨは思わず透子の影に隠れてしまった。

 ユタローはかすかに唸って好戦的だ。

 透子はそんなサヨの頭を撫でて、ユタローを抱きかかえる。


「ハッ! タヌキ!? そんなものいつの間に飼った!」

「いつの間でもいいでしょ。それより参拝ならどうぞ」

「そ、そうだな」


 一応参拝はしていくのかと透子は思わず笑いそうになった。

 しかし戦三郎と並んで手早く参拝を済ませたところを見ると、あまり感謝は感じられない。

 そんな二人をマガルカはただただ冷たく見つめていた。


(あれじゃマガルカ様も怒るよねぇ)


 あんな状態のくせに困った時は神頼みなのだから見放される。

 透子は戻ってくるそんな二人に道を開けた。早く帰ってほしかったからだ。

 ところが戦三郎はまたマヤの前に立った。


「貴様、将来のことを考えておるのか。家庭も作らず、こんなところで道楽に興じておる場合か」

「ど、道楽って……」

「巫女の仕事など道楽じゃ。前は有道の母親がやっておったが、あんなものは女子どもでもできる」

「……はい?」


 臆病で控えめなマヤもこれは聞き捨てならない。

 拳を握って戦三郎と目を合わせて堂々と立った。


「宇田さんのお母さんは50年以上も毎日、神社の手入れをしてお祈りを欠かせていませんでした。これが誰にでもできることですか?」

「誰に向かって口ごたえをするか! 男は毎日働いて稼いでおるのじゃ!」

「ではあなたの毎日の食事は誰が作りましたか? あなたが汚した服の洗濯は? 家の中の掃除は? 誰がお風呂を沸かしましたか? 奥さんがいなかったらあなた一人で生活できるんですか?」

「ぬ! こ、このケツの青い小娘が生意気なことを言うんじゃないッ!」


 戦三郎は木刀を境内の地面に叩きつける。

 それでもマヤは怯まない。


 透子はマヤの強気な態度に胸を貫かれた気分だ。

 おとなしくて気弱なマヤがあの屈強な老人と目を合わせて言い返すなど思ってもいなかった。


「大体揃いも揃って最近の若い娘はなんじゃ! そっちの移住してきた小娘など、肌が露出しておるではないか!」

「は? マヤさんには言い返せずに私に?」

「まるで娼婦ではないか! 嫁入り前の娘がなんと淫乱な! 親の顔が見たいわ!」

「親の顔、ね」


 透子としては思い出したくもない存在だった。

 すべての親が子どもをきちんと可愛がって教育をするわけではない。

 そう言い返したかったが、戦三郎には通じないだろうと諦めた。


「じゃあ、あなたの親はさぞかしご立派なんだね。あ、もう死んじゃってるか」

「き、貴様あぁぁぁーーーーー! もう許せん! その腐った根性を叩き直してやるッ!」


 戦三郎が木刀を振り上げた。

 やれやれとばかりに透子は自衛を試みるが、木刀が何かに弾かれてしまう。

 思わぬ抵抗に戦三郎がのけぞって転んでしまった。


「うぐぁぁっ! な、なにごとじゃ!」

「それ以上悪さをするなら村人と言えど容赦しません。出ていってもらいます」


 マヤが指に挟んでいたのは護符だ。

 満ち足りた霊力を放った護符が戦三郎の木刀からはらりと離れていく。


「ど、どうなっておるのじゃ! これは護符か!? まさかあのばあさんと同じ力を……!」

「私は樫馬神社の巫女です。よってここを守る義務があります」

「お、お、おのれ! なんと面妖な! だがワシには代々徳川家に仕えていたご先祖がついておる! 負けはせんのだぁ! かあぁぁーーーっ!」


 戦三郎が再び木刀を振り回してきた。

 剣道の有段者だけあって重心が安定しており、当たれば骨の一つは持っていかれる。

 齢90超えにしてとてつもない破壊力を生み出しているのは、戦三郎が言うご先祖のおかげだ。


 武士の守護霊がマヤを睨みつけて、その目が光った。

 同時に戦三郎に力が入る。


「かあぁぁーーーーーッ!」


 振り下ろした木刀が石畳に激突して石の破片が飛ぶ。

 人間の力を超えた威力にマヤは身を引いた。

 さすがに危ないか、とマヤは考えるも――


「マヤ。そなたの敵ではないぞよ」


 マヤや透子達以外には見えていない状態のマガルカがそう告げる。

 マヤは再び護符を持って複数枚を放った。

 護符がぐるぐると竜巻のように戦三郎に向かい、複数の衝撃波が放たれる。


「ぐああぁぁーーーー!」


 戦三郎が弾かれたようにして吹っ飛んだ。

 倒れた戦三郎の手から木刀がカランと離れる。

 少しの間、格好つけて立っていたマヤだがすぐに我に返った。


「あ! あぁ! だ、大丈夫ですかぁーー!」


 マヤが戦三郎に駆け寄って安否を確認した。

 戦三郎は起き上がれない状態だが呻いて生存を知らせる。


「と、透子先生。どうしましょう……」

「その人は大丈夫だよ。そうでしょ、ご先祖様?」


 透子が微笑みかけた先にいたのは戦三郎の守護霊だ。

 仏頂面を崩さなかったその守護霊は透子によって表情を崩される。


(この娘、普通ではない……)


 生前は戦場で数えきれないほど人を斬った彼に怖いものなどない。

 しかし今は生前ですら味わったことのない怖気というものを感じていた。

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