第31話 樫馬神社で祭るもの 1

「退魔師だって?」


 翌日、透子は与一に電話をした。

 一通り透子から事情を聞いた与一だが腕組みを崩さない。

 唸ってしばらく考えた末に一つの提案をすることにした。


「実は樫馬神社の神主がそうなんだよ。確か退魔師協会に所属していたな。あ、オレが連絡を取るから任せてくれ」

「そうだね。私は村ぐるみで嫌われているから……」


 マヤに退魔師の修行を始めたほうがいいと忠告した透子だが、彼女自身に教える術はない。

 透子の力はどちらかというと怪異側のものであり、退魔師のそれとは別物だからだ。

 透子が霊力を自由自在に操って不可思議を実現するとしたら、退魔師は形式に沿って型にはまった使い方をする。


 つまりこの時点で怪異がいかに脅威であるかは明白だ。

 形式に基づいた力VS霊力次第で何でもありではどちらが有利か。

 だからこそ悪霊などの怪異はいつの世も恐れられている。


「透子さん。退魔師協会ってなんですか?」

「悪霊なんかの怪異討伐にあたる専門機関だよ」

「えぇ……全然知りませんでした……」

「ほとんど報道されないからね」


 退魔師協会。

 一定の霊力を持って悪霊を討伐できる力を持った人間達が集まる機関。

 古くからは鎌倉の時代から存在したとも言われており、常に日本の影で栄えてきた。

 霊といった怪異の類を討伐すると言えば聞こえはいいが、彼らを実質的な支配者と呼ぶ者も少なくない。

 

 政界や大企業に根を張り巡らせてはその力を誇示して怪異を収める。

 科学的な解決が不可能な困りごとだと見越して、彼らは日本の中枢で大きくあぐらをかいていた。

 退魔師協会はいわゆる裏の立法機関でもある。


 ネット上でもそのような話が囁かれているが、語られた痕跡はなぜか消されてしまう。

 これは怪談好き界隈の間ではいわゆるタブーとして語り継がれていた。

 有名な話として、退魔師協会の闇を暴いたなどといった動画が動画投稿サイトに上げられたがすぐに消されてしまったというものがある。


 その上、投降者は「しばらく旅に出ます」とだけ書き残してアカウントまで削除された。

 その後の行方は誰も知らないため、投降者が謎の失踪を遂げたとネット上では噂になっている。

 このように退魔師協会について深く追求してはいけないというのはもはや世間の常識だ。


 検索サイトの検索ワード候補には「退魔師協会 実態」「退魔師協会 トップ」といったものが並んでいる。

 実際にこれらで検索しても当たり障りのないことしか書かれていない記事ばかりがヒットした。

 こういったことも退魔師協会の不気味さに拍車をかけている。


 そのくせ悪霊討伐などで一般人の世界にまで根を伸ばしていた。

 一般には認知されてはいるものの実態は不明という歪さには誰もが目を背けている。

 触れたら消される。そんな思いが渦巻いているのだから。


「退魔師かぁ。透子先生は退魔師にはならないんですか?」

「私は無理だよ。それに退魔師協会には関わりたくもない」

「え、それってどういう」


 マヤがしまったと口に手を当てた時、与一が話をつけたと透子に再び電話をしてきた。

 そして透子がマヤにスマホを渡して与一と話す。


「もしもし、伊月さんか? 樫馬神社の神主が来てくれってさ。よかったな」

「え! ありがとうございます! よかった……断られたらどうしようかと……」

「断ったらオレが怒鳴りこんでやるよ」

「いえいえ、それはちょっと……」


 与一は電話の向こうで力こぶを作って頼もしさをアピールした。

 幼稚な自己PRだが、彼がやんちゃをしていた時代の癖だ。

 大人になってからは丸くなったものの、ここで昔の人間性が出るほど与一は高ぶっている。

 そして実際に待ち合わせをしてから、全員で神社に行くことにした。


「さ、伊月さん。案内するよ」

「は、はい」


 与一は白い歯を見せてからマヤをエスコートした。

 透子は与一の豹変ぶりに疑問を持ち、唯一モモだけが理解している。


「あらあら、まだまだ若いわねぇ」


 マヤ相手に張り切る与一を見てモモは笑った。


* * *


「透子ちゃん。消えなきゃダメなの?」

「ダメ。だって私、村人から嫌われてるもん」


 透子は自らの体を霊体化して姿を消していた。

 場所は樫馬神社の境内、マヤは神主の宇田 有道ゆうどうに挨拶をしている。

 透子はそんな二人のすぐ横に立っているがまったく気づかれない。

 ただ一人を除いて。


(と、透子先生。そこに立っていられるとやりにくいなぁ)


 卓越した霊力を身につけたマヤは霊体化した透子を目で捉えている。

 透子は気にしないでと笑顔で首を左右に振ったが、何のフォローにもなってない。

 そんなやり取りなど知らず、有道はマヤを歓迎した。

 金髪でピアスまでしており、誰が見ても神主とは思えない風貌だ。


「よく来てくれなぁ。与一のやつから相談を受けた時はまさか女の子だと思わなかったよ。ハッハッハッ!」

「い、いえ……それで宇田さんは退魔師だとお聞きしたのですが……」

「あぁ、俺はこれまで数々の怪異を鎮めてきてね。この道20年のベテランだっての! ハハッ!」

「は、はぁ」


 調子よく笑う有道からマヤは目を逸らして透子に視線を移した。

 口ぶりの割には柏家は手つかずだったことに疑問を持っている。

 柏家の悪霊を押さえた透子を前にして、マヤは有道の胡散臭さを払拭できずにいた。


(この人、大丈夫なのかなぁ。それよりも……)


 有道が説明を始めた矢先、マヤは境内が気になり始めた。

 そこに神社があるというのに鳥居の柱に何かが隠れるのが見えてしまう。

 次に視線を移した先には賽銭箱から出る指だ。


(ここ神社だよね? なんであんなのがいるの?)


 指は少しずつ出てきて人差し指と中指、薬指が見え始める。

 こうなるとマヤは有道の説明どころではない。

 そもそもさっきから神社の成り立ちと自分の自慢を絡めて無駄話をしているだけだ。


 マヤをして聞く価値がないと判断されてしまう。

 そんなものよりも賽銭箱の指といい、境内の空間全体が汚れていくような感覚を覚える。


(え、ちょっと。この人、なんで気づいてないの?)


 有道は自分の話に熱を入れて喋っていた。

 賽銭箱からは指どころかとうとう腕まで出てきている。

 賽銭箱の隙間と腕の大きさが釣り合っていないが悠々と出てきてから指を這わせて――


「と、まぁ樫馬神社は昔から宇田家と共にあり、年に一度行われる祭りでは~」

「あ、あの! なんかおかしくないですか! 後ろに何かいます!」

「その時、俺は言ってやったんだ。宇田家としてはそもそも認めないと……ん? なにか言ったか?」

「後ろ! 後ろ!」


 マヤが催促すると有道がようやく振り向いた。

 これで見えていなかったらいよいよ胡散臭いと思うマヤだったが、有道は微動だにしない。

 かすかに後ずさって言葉を失っていた。


「な、なんだ、あれは、なんだ……」


 神主に驚かれてはどうしようもない。

 マヤはため息をつきたいところだが、彼女自身もどうにかできるはずもない。

 こういう時、頼れるのはやはりそこにいる透子だ。


「そりゃね。こんな神社じゃこうなるよね」


 透子はマヤの代わりにため息を吐いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る