第30話 マヤの決意

 伊月マヤことマヤは透子の家に泊まることになった。

 降霊術によって疲弊した体を回復させるため、透子やサヨと一緒に食卓へ座る。

 食卓には人魂のモモが作った手料理が並んでおり、あまり料理をしないマヤにとっては別世界だ。


「わぁ! これモモさんが作ったんですか!?」

「そうよぉ。遠慮なくたくさん食べてね」


 マヤはモモの存在を簡単に受け入れていた。

 柏家での体験がマヤを強くしたのもあるが、モモは邪悪な霊魂ではない。

 悪霊など、人に害を及ぼす霊はその霊力のみで恐怖させる。


 人はそれを本能で感じ取って悪霊を恐れる。

 いい霊は怖くないというのは怪談好きの間でも有名だ。

 アオ、モモ、レンを見てもマヤは怖がるどころか親睦を深めつつある。


「ねぇちゃん! これイケるクチか!?」

「お、お酒ですか? まぁそこそこ……」

「お! いいねぇ!」


 レンは大の酒好きだ。

 透子自身はアルコールを嗜まないが、レンのためにストックしてある。

 レンには家の修繕などでお世話になっているので透子も彼に感謝していた。


「んっ! ぷはっ……! 結構きついですね……」

「いいねぇ! 洋酒もいいがやっぱり日本酒が最高だよな!」

「辛口でもすごく飲みやすいです。この邪神殺しは透子さんが買ってきたんですか?」

「こいつは酒に疎いからイタリアネットってので調べて送ってもらったみたいだぜ」


 それはインターネットではと突っ込もうかとマヤは迷う。

 レビューサイトで評判がいいものを透子が買ったのが邪神殺しだ。

 酒の味はわからない透子だが、とりあえず喜んでもらえてよかったと肉じゃがを口に運ぶ。


「あ、あの、マ、マヤさんは、その。僕達が怖くないんですか……?」

「あなたはアオ君? 悪い人達じゃないのはわかってるから大丈夫だよ」

「ひ、人って言ってくれた……人って言ってくれたぁ……嬉しいなぁ……」

「あなたも私も人だよ。だけどほんのちょっと違うだけ……それを柏家で教わった気がする」


 マヤは日本酒で顔を赤くしながら柏家での出来事を思い返した。

 望まぬ家に嫁いだ娘。嫁ぎ先で出会った恋仲の青年。

 巡り合ったものの結ばれなかった二人。


 彼らも人間で心を持って生きていた。

 生まれた時代に冷遇されて引き裂かれた後は非業の死を遂げた。

 運が悪ければ自分もその時代に生まれて似たような運命になったかもしれない。


 マヤは成仏した二人のことを思うと胸が潰れそうになる。

 そんなマヤの心中を察した透子がそっと手に触れた。


「同情は禁物だよ。呼ばれるからね」

「呼ばれる?」

「多くの霊は救いを求めている。自分達を救ってくれそうな人を見つけたらすがってくる。溺れた人が藁をもつかむようにね」

「……それはサヨちゃん達も、ですか?」


 マヤはサヨ、アオ、レン、モモに視線を水平に這わせた。

 意地の悪い発言をしてしまったと気づいたものの、それが本心だ。

 救いを求めていると言いつつも透子は霊達と共に過ごしている。

 マヤはそんな透子の矛盾がどうしても気になった。


「サヨちゃん達はこの世に未練や恨みを残したタイプの霊じゃない」

「特別……?」

「気づいてると思うけど私は人間じゃない。かといって霊でもない。あなた達の言葉で言えばわからない存在……まさに怪異だよ」

「透子先生が? でも確かに柏家ではあの女性の霊を押さえていた……」


 突拍子もない話だが、すでに今の状況がすでに非現実的だ。

 今更透子が怪異だろうが、むしろそうでないと今の自分はここにいないとマヤは納得した。


「じゃあ、透子先生はどういう……いえ、すみません。立ち入ったお話でした」

「マヤさんは優しいね。でもその優しさは本当に仇になるよ。特にその力をもっている身としてはね」

「私の霊能力のことですか?」

「そう。今までも苦しめられたと思うけど霊媒体質は本当に厄介だよ。変なのが救いを求めて寄ってくるし、あのホームセンターの時がいい例かな」

「やっぱり……」

「そのたびにいちいち霊に同情していたら引きずり込まれるし、あなたの身が持たない。だからすぐになんとかしないとダメ」


 霊力が高かったり霊媒体質の人間がどうなるか、どういう扱いを受けるか。

 透子はかつての自分とマヤを重ねて思い起こした。


――透子! どこへ行ってたんだ!

  せっかくテレビ取材の方が来てくれたのに!


――あんたは本当に親不孝ね!

  気味が悪いんだからせめて少しくらい役に立ちなさい!


――タス、ケテ……クルシイ……


――イナカノ オカアサンニ アワセテ……

  ココハ クラクテ ツメタイヨ……


「……マヤさんはすぐにでも退魔師としての修行をするべき」


 透子の発言にマヤは胸を突き刺されたような感覚を覚える。

 それはマヤ自身も薄々気づいていたことであり、霊媒体質からは逃げられないと悟っていた。

 いつか現実と向き合う日がくるとは思っていたものの、実際に言われるといい気分にはならない。


「退魔師……私が……」

「別に退魔師として生計を立てなさいという話じゃない。自衛できる程度の力を身につけたほうがいいの」

「寄ってくる霊を自分で討伐するためにですか? でもそんなの……」

「だからその優しさが命取りなの。霊に悪意がなくても人に悪影響を与えることもあるんだからね」


 マヤは透子の言い分を頭では理解していた。

 しかし現実問題として自分がそこまで非情になれるかわからない。


「……ひとまずサヨちゃん達は悪い霊ではないんですよね?」

「この子達はそこらの霊とは違うからね。あまり多くはないと思うよ」

「それならひとまず安心です」

「強制はできないけどあなたのためを思って言ってる」


 マヤは十杯目の日本酒を飲んでから、つまみの枝豆を口に入れた。

 アルコールが入っているせいか、所作が荒々しくなっている。


「わっかりました! 私、退魔師になります!」

「うん。それがいいよ」


 アルコールの影響もあってマヤは決心した。

 赤ら顔ではあるものの、彼女にダウンする気配はない。

 すでにレンが寝息を立てているほどマヤは明らかに飲みすぎだ。


「……レンさんって寝るんですね。こういうのも普通にあるんですか?」

「だから彼らは特別なの」


 生きている人間と変わらないレンを見てマヤはまた摩訶不思議な世界を体感した。

 モモは食器を片付けて、アオはユタローと遊んでいる。

 霊でなければそこにあるのは日常の光景だ。

 救えることばかりではないがこういう霊もいるとマヤは強引に自分を納得させた。

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