第22話 柏家の因習 1

「だからさぁ、マジで100%出るらしいよ」


 伊月マヤは車の中で勤め先の先輩の話をうんざりしながら聞いていた。

 車内には伊月マヤの他に同期の女性である山西 留美と後輩の石岡 夏雄(なつお)、運転している先輩の水島 俊樹(トシキ)。

 男二人、女二人で心霊スポットに向かう途中だった。


 透子にホームセンターのような場所には近づくなと言われたマヤだが、結論から言えば押し切られた。

 押しに弱い伊月マヤは俊樹に強引に誘われて断ることができなかった。

 水島俊樹は社内でも若手のホープと呼ばれて、上司からの信頼が厚い。


 断れば社内での立場が悪くなると思ったマヤは同期の山西留美に背中を押される形で同乗する。

 マヤは山岡留美が水島俊樹に気があるのはわかっていた。

 しかし水島俊樹は明らかにマヤにばかり話しかけてくる。


「伊月は幽霊とか信じる?」

「いえ、そういうのは怖くてちょっと……」


 霊感があるなどと言えばどんな食いつき方をされるかわからない。

 マヤは苦手な振りをしたが、これが俊樹のモチベーションを高めてしまう。


「今から行くところはさ、霊感がなくても誰でも見えちゃうらしいよ」

「そ、それは怖いですね」

「でしょー?」


 マヤはこの場が苦痛でたまらなかった。

 水島俊樹が伊月マヤを怖がらせつつも自分の優位性を見せようとしているのが嫌でも伝わってくる。

 なんとも器の小さい男であるが、後輩の石岡夏雄は常に彼をヨイショした。


「水島先輩って昔は暴走族の特攻隊長だったんでしょ? 幽霊とかぶっ飛ばしそうっすね!」

「昔は単車を転がして他のチームをしょっちゅう潰してたからなぁ」

「マジすっげぇ! 憧れます!」


 極めつけにこのワル自慢だ。

 伊月マヤにとって俊樹はもっとも苦手とするタイプだった。

 上っ面ばかりで内面がまるで磨かれておらず、そのくせ女性に積極的だ。


 伊月マヤにとっては勘弁してほしい男だが、同期の留美は俊樹に惚れていた。


「水島先輩、すっごーい! 霊とか出ても向こうから逃げちゃうんじゃないですか?」

「まぁそうだな」


 どうでもいい西岡留美には淡泊な反応をする俊樹、それに気づかない西岡留美。

 地獄のようなこの状況でマヤは早く時が過ぎ去ってほしいと願った。


「そういえば水島先輩、今から行くところってどんなところなんですか?」

「よくぞ聞いてくれた、石岡。今から行くのは柏家の屋敷だ」

「柏家の……屋敷?」

「なんでも昔、酒だか米で儲けた豪商の一家が住んでいたんだけどな。その家じゃとある因習があったんだよ」


 俊樹が声を潜めて語り出す。

 その語りを聞き終えた時、伊月マヤは腹が痛くなってきた。


                * * *


「こ、ここがその柏家っすか……」


 石岡夏樹が目の前にある廃屋となった屋敷に尻込みしている。

 その廃屋は離れがいくつかあり、本宅と合わせればなかなかの敷地を有していた。

 藁ぶき屋根が所々剥がれていて、入り口の扉は破壊されて半開きだ。


 庭には見る影もなく雑草が生え放題で、かすかに風で揺れるたびに一同に対してあらぬ現象を連想させてしまう。

 深夜とあってその外観の不気味さにはさすがの水島俊樹も怖気づいていた。


「ほ、ほんとに入るのぉ?」

「山西は車の中で待っていてもいいぞ」

「い、行きますよ! だってマヤも行くんでしょ!」


 山西留美が伊月マヤを一瞥する。

 意中の先輩が伊月マヤに気があるとわかっていては彼女としても引き下がれない。

 一方で伊月マヤはすでに体調が優れなかった。


「あ、あの、私、少し具合が悪いかも……」

「伊月、マジで? じゃあ少し車の中で休んでから向かおうか」

「え……」


 水島俊樹はなにが何でも伊月マヤと行動したかった。

 それを察した伊月マヤはどうあっても逃げらないと悟る。

 観念した伊月マヤは仕方なく屋敷に入ることにした。


「うわぁ、ボロッボロじゃん。くっせぇー……」

「こわぁーい……」


 山西留美が水島俊樹にしっかりとくっついて歩いている。

 スマホで撮影しながら懐中電灯を持って歩く水島俊樹はいちいちリアクションがうるさい。

 伊月マヤを驚かせようとしているのが見え見えだった。


「うおっ! そこ、なんかいたような気がする!」

「ちょっとー! 水島先輩、怖いこと言うのやめてくださいよぉ!」


 山西留美がより水島俊樹にくっついた。

 一方で伊月マヤはすでに青ざめている。

 水島俊樹はデタラメなことを言ったが、すでに暗闇の廊下の向こうに何がいるのがわかったからだ。


(あれ……やばいかも)


 伊月マヤは屋敷に入ってからずっと違和感を覚えていた。

 ホームセンター然り、こういった場所には複数の霊が集まることが多い。

 ところがここには浮遊霊の一つも見当たらないのだ。


 前方の何かを除いては。

 水島俊樹はまったく気づいておらず、一人であちらこちらを照らしては盛り上がっている。


「み、水島先輩。そろそろ帰りましょう。ホントに体調がよくないんです」

「そっかぁー? じゃあそろそろ……ん?」


 水島俊樹の腕にぽちゃりと何かが落ちる。

 腕を拭って懐中電灯で照らすと、それは血だった。


「え? は? こ、これって血? なわけないよな」

「み、水島先輩……ふ、服にも……」

「うわぁっ! なんだよこりゃ!」


 水島俊樹の服は血の水滴が垂れたかのように赤く点々と染まっていた。

 その直後、暗闇だった廊下の奥が灯篭で照らされるかのように明るくなる。


「な、なん、だ、よ」

「みみ、み、水島先輩、だ、誰かいます……」


 四人が廊下の奥に注目すると、そこには黒い人型の何かが立っていた。

 それがペタン、ペタンと老朽化して朽ちかけた廊下の床を踏んで近づいてくる。


「うわあぁぁぁああぁーーーーー!」

「やばいやばいやばい!」

「きゃあぁぁぁーー!」


 水島俊樹が全速力で屋敷の外まで逃げ出した。

 続いて石岡夏雄、後ろに山西留美。

 何度も転びそうになりながらも三人は屋敷の外を目指す。


 水島俊樹が屋敷の門を出てから後ろを振り返る。


「はぁ……はぁ……おい、皆……無事か……」

「は、はい、なんとか……」


 そこに石岡夏雄がいて水島俊樹は安堵した。

 山西留美が半泣きになって膝に手を置いて息を切らしてから顔を上げる。


「……マヤは?」


 伊月マヤがいない。

 水島俊樹にとってそれこそ一大事なのだが、再び違和感を覚える。


「おい、なんで屋敷があるんだよ?」

「水島先輩、そりゃあるでしょ……」

「石岡、よく考えろ! なんで屋敷から出て逃げてきた俺達の目の前に屋敷があるんだよ! 方角がおかしいだろ!」

「……あ」


 水島俊樹達が屋敷の門を出たのなら、目の前には鬱蒼とした森のはずだ。

 ここは山の中にあり、車を降りてから辿りつくまでに数分ほどの距離にある。

 ところが水島達の行先にはまた屋敷が構えていた。


「ど、どうなってるんだよ!?」

「お、お、落ち着け! 焦っていて間違えたんだよ! とにかく離れるぞ!」


 この場にいない伊月マヤのことなどすぐに忘れて、一同はまた走り出した。

 森の中を駆け抜ければ停車させてある水島の車が見えてくるはず。

 ところが――


「なんで……」


 水島達の前に姿を現したのは車ではなく屋敷だった。

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