第23話 柏家の因習 2
「意味わかんねぇよ! 道を間違えたってことはないよなぁ!」
水島俊樹が半狂乱になって叫ぶ。
山西留美は泣き出して、石岡夏雄は唇を震わせている。
何度も柏家の屋敷から離れようとしたが、どうしても戻ってきてしまう。
水島俊樹は汗だくになりながらも、諦めたようにして地面に座った。
「ねぇ、マヤは……マヤはどこへいったの?」
「え? いや、わかんねぇ……」
「わかんねぇって、そんな無責任ですよ。マヤを誘ったのは水島先輩なんですよ」
「知らねぇよ! 今はそれどころじゃないだろ!」
水島俊樹の取り乱しぶりに三人は言葉を失った。
部内のエースとして期待されている先輩の本性を知った山西留美は幻滅してしまう。
「私、探しに行く」
「は? 正気かよ?」
「マヤが心配じゃないの?」
「そりゃ心配だけど、お前も見ただろ。あの化け物と鉢合わせするかもしれないんだぞ」
水島俊樹の言葉に山西留美は怖気づく。
しかしすぐに懐中電灯を握りしめて、震えながらも柏家の門をくぐった。
「おい、山西! マジかよ!」
「オ、オレも心配だから行きます!」
「石岡まで! クソッ!」
観念した水島俊樹は二人を追った。
再び柏家の屋敷内に入るが、三人が見た黒い何かの姿はない。
暗闇の廊下の他には何も見当たらず、伊月マヤの姿もない。
「あの化け物、どこへ行きやがったんだ」
「水島先輩、そんなこと言って出てきたらどうするんですか……。伊月、どこに行っちまったんだ」
水島俊樹は嫌々ながらも屋敷の廊下を歩く。
三人が歩く度に老朽化特有の軋み音を立てる。
途中、倒れた襖の奥にある部屋を確認するが伊月マヤの姿はない。
「なんでいないんだよ……まさか先に帰ったなんてことはないよな」
「そんなわけないじゃないですか。私達だって戻れなかったんですよ」
「クソッ、こんなことなら来るんじゃなかった……」
山西留美は水島俊樹の身勝手さに腹を立てた。
同時に自分の身勝手さも自覚してしまう。
伊月マヤのことは同期として友人としていい付き合いをしていた。
しかし意中の相手であった水島俊樹が伊月マヤに夢中になっているのを見て魔が差してしまう。
ここで自分をアピールして一気に水島俊樹に接近しようと企んだ。
伊月マヤは引っ込み思案なところがあるので、こういう場では圧倒的に不利だと考えたのだ。
(マヤ、ごめんね……ごめんね……)
山西留美は心の中で何度も伊月マヤに謝った。
必ず見つけ出すからと決心して必死に恐怖を振り払おうとする。
「ここが次の部屋だな……」
水島俊樹が扉を開けると、そこは離れの寝室として使われていた場所だった。
黄ばんだ布団が当時のまま残されており、雨漏りがさらに追い打ちをかけている。
あまりのカビ臭さに水島俊樹が鼻をつまんだ時だった。
「さむかろ……」
水島俊樹の隣に立つ花嫁姿の女性。
背は水島を見下ろす高さで、空洞になった目で彼を捉える。
白粉のような肌を着物の裾から覗かせながら、首をかくんと傾けた。
「あぁ、あぁーーーー! ああぁぁぁーーーーー!
三人は一斉に悲鳴を上げた。
腰を抜かしながらも水島俊樹は這いながら部屋から出ようとする。
「さむかろ……」
耳元で囁かれた水島俊樹の意識が急激に薄れていった。
* * *
「うゆぅー」
「ユタロー、どうしたの?」
朝、透子はジャージを着て散歩を楽しんでいる。
朝の田舎の空気がおいしく、透子はこれがたまらなく好きだった。
付き添うサヨに散歩という概念はないが、ふわふわと漂いながら透子についていくのを楽しんでいる。
「うゆぅー。うゆぅー」
「そんな林の中が気になるの? ご飯ならさっきあげたでしょ」
「うゆぅ!」
ユタローが林の中にガサガサと分け入って入っていく。
透子がついていくと何かが見えた。それは人間の腕だ。
「え、まさかこんなところで死体が? やめてよね」
「透子ちゃん! この人、ちょっと動いた!」
透子が更に草を分けるとそこには女性が倒れていた。
パーマがかったショートカットで服装はシャツとジーパンというラフな格好だ。
年齢は二十台半ばで透子も見ない顔だった。
「サヨちゃん。この人って村の住人?」
「見たことないよ。なんかどこかハイカラな見た目だよねぇ」
「じゃあ村の外から来た人か。もしもーし、起きれますかー?」
透子が頬をペシペシと叩くと女性がうっすらと目を開けた。
少しの間だけ視線が定まらなかったが、すぐに起き上がろうと動く。
「う、うぅ……ここ、は……」
「樫馬村だよ。こんな林の中でどうしたの?」
「樫馬……村……」
女性が起き上がるも、どこか寝ぼけまなこだ。
周囲を見渡してから自分の体を確認した後、ハッとなって透子にすがりつく。
「ねぇ! マヤは!? 先輩は! どこにいるの!?」
「ちょっと落ち着いて。あなた、どこから来たの? 名前は?」
「名前は……あ、名刺が入ったバッグは車の中だった……」
名刺などなくても名乗れるだろうと透子は思ったが、混乱しているせいだと納得する。
その仕草からして女性が会社員であると透子は予想した。
「私、山西留美。会社の人達と肝試しに来ていたんだけど、はぐれちゃったの。ねぇ、ここはどこ? 屋敷は?」
「屋敷? サヨちゃん、私達の古民家のことじゃないよね?」
「屋敷というほど大きくないよ。えっと、たぶんあのお屋敷のことかなぁ」
留美からすれば透子が何もない空間に話しかけているようにしか見えない。
せっかく助かったと思った留美だが、すぐに屋敷での恐怖体験を思い出してしまう。
屋敷で見た黒い何か、出られない屋敷、そして最後に見た花嫁姿の霊。
留美は唇を真っ青にして震えた。
「ね、ねぇ。誰と話している、の……?」
「留美さん、だっけ。ここじゃ何だから、私の家で話そう」
助かったと思った留美の前に現れたのが見えない誰かと話す透子だ。
そんな透子の家に行くなど留美にとっては恐怖でしかない。
「い、いやっ! やっぱり帰る!」
「あ、待って」
留美は林を抜けて逃げ出そうとした。
道に出て駆けようとするも急に足を止める。
目の前には断崖絶壁が広がっていて、あと一歩でも踏み込めば落ちていた。
「ひっ……! な、なんで……」
「うゆぅ」
留美の足元にユタローが現れてすり寄ってくる。
「ユタロー、驚かせちゃダメだよ」
「うゆーー」
留美が振り返ると透子がゆったりと歩いてきた。
こんな恐ろしい崖があるのに、なぜ平然としていられるのか。
留美は前と後ろ、交互に確認しようとした。
しかし後ろを振り返ると、そこに断崖絶壁などない。
田舎道が真っ直ぐと伸びているだけだ。
「え? え?」
「留美さん。私達は怪しいものじゃないよ」
これは怪しい人間しか言わないセリフであり、透子は言った後で気づく。
留美は観念したように力が抜けてへたり込んでしまった。
もう頼むから家に帰してくれと泣き叫びたい衝動に駆られてしまう。
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