第21話 行動と誠意

「畑、だいぶ充実したねぇ」


 アオのおかげで畑の作物が実り、昨日降った雨が水滴となって陽光に照らされている。

 透子がキャベツを刈り取って葉をかじると、ほのかな甘さと共に大地の息吹を感じた。

 引っ越す前はスーパーで野菜を買っていたが、それとは比べ物にならない。


 無農薬にも関わらず害虫が寄り付かず、それでいて最高の鮮度を保っている。

 人参も齧ると、このままでも主食にできると透子は思う。

 収穫には一苦労だが透子はそれすら楽しんでいた。


「アオ君、すごいね。こんなの神様クラスだよ」

「か、か、神様ぁ!?」

「普通、このくらいの作物を収穫するとなると神社で高名な神様に五穀豊穣を願わないといけないんだよ。それも毎年、きちんとしたお供え物と儀式をした上でね」

「ぼ、僕が……」


 アオはひょろひょろと自身なさげに浮いている。

 明らかに様子がおかしいアオに透子は疑問を持った。

 これほどの力を持ちながら無縁仏として埋もれていたこと。

 この力を誇らしく思わず、自信をまったく持っていないこと。


 透子がアオを凝視しても、不思議と何も見えなかった。

 霊能力者が相手の守護霊や過去を言い当てられるのと同じく、普通であればある程度の情報を得られる。

 ところがアオに関しては無だ。


(神様クラスとなると、さすがの私も見通せないな)


 単純にアオの格が高すぎるか、もしくは別の理由か。

 いずれにしてもアオ、モモ、レンに関しては何もわからなかった。

 古民家二階の物置を漁れば何かしら出てくると思うも、無理に探ろうとするのも気が引ける。


 それが暴かれていい真実か否か、透子はそれを知るべきか判断しかねていた。

 本人達にとって辛い過去が明かされてしまうかもしれない。

 それを他人に知られることによって、果たして本人達はどう思うか。


 そう考えるとサヨを含めて、このままでいいと考えた。


「アオ君はすごいんだよ。自信を持っていいよ」

「うぅ……なんだか温かいです……。僕って褒められたことないのかなぁ」


 アオの中にうっすらと残る罵声の嵐。

 それがフラッシュバックして、どうしても自信への評価を正しく受け止められない。

 延々と桑で畑を耕していた遠い昔の記憶。

 自分にはこれしかないと言い聞かせながら。


「そう、じゃあこれからはたくさん褒めてあげられるね」

「僕なんかが?」

「偉い偉い」


 透子に微笑まれてアオが縦横無尽に飛び回る。

 照れ隠しにしても挙動が激しい。


「アオ、なにしてんだぁ?」

「あ、レンさん……」


 そんなところにレンがやってきたものだから、アオは我に返った。

 トンカチなどの大工道具で彼は古民家の改修をしている。

 加えて今の建築技術なども学んでいるので、近いうちに古民家が生まれ変わると透子は期待している。


「お疲れ様です……はい。えっと、お仕事は終わったんですか?」

「ひとまず休憩だぜ。しっかし、最近の言葉はヘンテコな響きのもんが多くて困るぜぃ。出会いとかなんとかよ」

「えっと、DIYのことですよね?」

「それよ、それ! アオ、賢いじゃねえか!」


 レンは横尾字全般に弱く、本を読んでもなかなか覚えられない。

 それでも本人は気にしていなくて、要するに意味さえわかっていればいいと豪快に笑う。

 その点、アオのほうがまだ適応力がある。


「皆ー、柿を切ったわよー」

「おぉ、モモちゃんが呼んでるぜ」

「うゆぅーーーー!」


 柿と聞いてユタローが真っ先に向かった。

 サヨを初めとして、霊は食べ物を食べられないと思われがちだがそうではない。

 消化器官などはないが摂取できてしまう。


 仏壇のお供え物や水がいつの間にか減っている現象が報告されるが、まさにこれだ。

 動物に食われたわけでもなく、ひっそりと消えているのだ。


「私も疲れたし糖分がほし……」


 透子が柿に手をつけようとした時、インターホンが鳴った。

 玄関に向かって扉を開けてみるとそこには青年団のリーダーである堺田与一他、数名の青年がいる。

 思わぬ訪問者に透子はやや驚き、サヨは壁に身を隠しながら様子をうかがった。

 見えないのだから隠れる必要もないのだが。


「あなたは確か与一さん?」

「突然押しかけてすまない。青年団……いや、一人の人間として礼と謝罪をしておきたくてな」

「あぁ、気にしなくていいよ」

「あの家がまともじゃないことは以前から知っていた。それなのに俺達は取り返しのつかないことをするところだった」


 透子はポリポリと頭をかく。

 透子としては低級霊の始末など散歩と同じだ。

 しかし与一達からすれば脅威ではあるため、彼らの気持ちを理解できないこともなかった。


「これ、大したものじゃないが取っておいてくれ」

「野菜……」

「命を救ってくれた礼を言う。ありがとう」


 与一が深々と頭を下げた。

 透子は受け取った野菜を持ったまま無言で会釈する。

 この村の人間は排他的で余所者を排除しようとする。

 透子にそんな認識があっただけに、少しの間だけ与一が何を言ってるのかわからなかった。


 彼の後ろにいる青年団も同じ所存かと透子はうかがう。

 

「あなたは私が怖くないの?」

「正直に言うと怖い。しかし、俺は君の行為に誠意をもって応えたい」


 透子はジッと与一達を見た。

 その言葉にウソはなく、裏を返せば透子がよくない行動をとれば誠意をもって応えるということ。

 今回は透子が正しい行為をしたから与一は言葉と野菜で答えた。


 怖くない、君の味方だ。

 そんな上辺だけの言葉を飽きるほど聞いてきた透子の心に与一の言葉がストンと落ちた。

 

「村の年寄り連中はともかく、君さえよければ助け合っていきたい。大したことはできないかもしれんけどな」

「いえ、ありがたいです」

「じゃあ、大変だろうが何かあったら遠慮なく言ってくれ。これ、俺の携帯番号だ」


 与一は透子に携帯番号が書かれたメモを渡した後、去っていった。

 番号を交換せずにあえてメモを渡したところに透子は与一の人間性を感じる。

 とぼとぼと家の中に戻ると、すでに柿はどこにもなかった。

 察したサヨが慌てて手を振る。


「わ、私じゃないよ! ずっと見ていたし!」

「じゃあ……」


 くっちゃくっちゃと咀嚼音を立てたユタローが満足そうにごろんと畳に寝っ転がった。

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