第20話 トーコ先生のお仕事

「はい、それでその部屋に引っ越してきてから誰かに見られている気がして……」


 透子はノートパソコンで恐怖体験の話を聞いていた。

 透子の実話怪談本はほとんどが誰かの体験談で、登場人物を匿名にして書いている。

 直接待ち合わせをして取材することもあったが、今はもっぱらリモートだ。


 これのメリットは直接会う際の必要費用や時間を削減できる点にある。

 デビュー当初は対面して話を聞いていたものの、中には冷やかしやいちゃもんをつけてくる者もいた。

 恐怖体験があると言って呼びつけておきながら、この本に載っている話は作り話だなどと説教を垂れる。

 幽霊などいるはずがないと自論を語る者やナンパの類など、これが透子をうんざりさせるのだ。

 

 透子としては時間を使ってそんなものを聞きたくはない。

 その点、このリモートはおかしな相手なら切れば済む。

 作り話をして本に掲載させたがる者も見抜ける。


 この田舎から遠出するのはさすがの100キロ少女も面倒だ。

 いい時代になったと思いつつ、透子は相手の女性の話をメモしながら聞いていた。

 そこへひょこっと顔を出すのがサヨとタヌキだ。


「透子ちゃん、これなーにー? 板に張り付いた霊?」

「うゆー?」


 タヌキはあれ以来、透子になついてついてきた。

 元々人が好きなタヌキとしては、あの土地に居続けるのも寂しい。

 そこへ古民家でワイワイやっている人外がいるとなってはついてくるのも当然だった。


「え? タヌキ?」

「うちで飼ってるの」

「タヌキを飼ってるんですか!? かわいい! 名前はなんて言うんですか?」

「ユタローだよ」


 鳴き声からとってサヨがそう名付けた。

 ユタローはノートパソコンに興味津々なのか、画面を独占するほど近づく。


「こら!」

「うゆぅー」


 透子がユタローを画面から引き離す。

 膝の上に乗せて大人しくさせると、通話相手の女性が急に透子を凝視した。


「あの、何か?」

「勘違いでしたらすみませんが以前会ったことありませんか?」

「覚えてないです」

「あります、あるんですよ。ええっと……」


 女性が指を額に押し付けて考え込む。

 その間、透子も思い出そうとしたがまったく記憶にない。

 生来、人に興味がないせいで顔をあまり覚えられないのだ。


 だからこそ、彼女にとって大切なものを記録に残しておきたかった。

 怪異というあちら側の存在を世に知らしめるために。


「あ! そうだ! ホームセンターですよ! あれってトーコ先生だったんだぁ!」

「あぁ、霊に付きまとわれそうになった……」


 透子がホームセンターで助けた女性こそがモニターに映っている伊月マヤだった。

 生まれつき霊感があるマヤは心霊体験が多く、これまで多くの体験談を様々な作家に送っている。

 しかしここ最近はすっかりファンになったトーコ相手のみだ。


「あの時は助かりました。あれ以来、ホームセンターには行ってないんですけど同僚がそういうの好きで……」

「そういうの?」

「会社の同僚達は大学時代も心霊スポット巡りをしていたみたいで、私も誘ってくるんです。毎回断るんですけど、頼み込まれると難しくて……」

「心霊スポット巡りね……」


 透子は心霊スポット巡りをする人間が好きではない。

 理由は単純で、それが霊にとって迷惑行為だからだ。

 人間も霊も興味本位で見物などされたくない。


 ただ大半の霊は力が弱く、せいぜい出来ることは音を鳴らす程度だ。

 いわゆるポルターガイスト現象を引き起こせる霊もいるが、大したものは動かせない。

 起こしたとしても心霊系配信者のライブカメラに映りこんで少々騒がせる程度だ。


 ところが一部の霊はそうではない。

 祟る霊は人間を衰弱するまで追い込み、最終的に命を奪う。

 大体の人間は自業自得であるが、それが噂となって新たな愚か者を生むのはいい循環ではないと透子は考える。


「先輩がですね、確実に霊が見えるスポットがあるとか張り切ってるんです。そんなところ行きたくありませんし、どうしたらいいですかね……」

「断るしかないね。その手の人間は実際に痛い目にあわないと理解できないよ」

「ですよね。もうホームセンターの時みたいなのは懲り懲りなので断ります」

「あそこの霊は比較的おとなしいけど、本当にやばいのになると家族や友人も巻き込むよ」


 透子の口から告げられたのだからマヤは身震いする。


「あ、私の部屋にいる霊はどうなんですか?」

「悪い霊じゃないしほとんど何もできないほど弱いよ。たぶん一緒に住んでる感覚でいるタイプの地縛霊だと思う」

「じゃあ、引っ越さなくていいんでしょうか?」

「無理してまでって感じかな。ただ心情的に気持ちよくないだろうから、どうしても気になるなら引っ越したほうがいいよ」


 地縛霊とハッキリ言うとマヤを怖がらせるので透子は言い方に配慮した。

 マヤの部屋の地縛霊は何か悪影響を与えているわけではない。

 マヤでなければ見られているという感覚すらないほど弱い霊だ。


「透子さぁん。ご飯ができたわー」

「あ、そろそろ終わりにしよう。また何かあったら連絡してね」


 モモが昼食の用意を終えた。

 昼食はアオのおかげで採れるようになった野菜の天ぷらだ。

 皿がふわふわと浮きながら、モモと一緒にやってくる。


「え? 皿が浮いて」


 透子は通話を切った。

 いわゆる映り込みでマヤを驚かせてしまいかねないからだ。

 心霊系配信者や視聴者ならば歓喜する映像だろう。

 気を取り直して透子はテーブルに並んだ料理の匂いを楽しむ。


「揚げたてだね。おいしそう」

「アオ君のおかげよ。ピーマン、じゃがいも、ナス、人参とごぼうのかき揚げ。みそ汁もどうぞ」

「うゆーーー!」


 ユタローがテーブルに前足をかけて興奮している。

 ユタローは化け狸だが霊ではないので食事をしなければいけない。

 タヌキの食べ物など透子は知らないので、やや困り顔を見せる。


「はい、ユタロー。掻き揚げだよ」

「うゆぅー」


 サヨがためらいなく掻き揚げをあげているのを見て、注意したほうがいいものかと思案した。

 油ものが動物にいいはずがない。

 ノートパソコンで「タヌキ 食べ物」と検索した後、庭から人参を採ってきてユタローに与えた。


「うゆー!」

「おいしい?」

「うゆぅ!」


 ユタローが掻き揚げやニンジンをバリバリと食べる傍らで、透子はノートパソコンの画面を見る。

 そこにはタヌキが雑食である検索結果が表示されていた。

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