第15話 人が消える家 1

「おぉ、来たか。村長の倉石は怪我の療養中でな。ワシが代理の堺田与助だ」


 透子を呼び出したのは村長の次に権力がある与助だ。

 しっかりとツナギを着込んで、手には掃除用具を持っている。

 与助の他には屈強で強面な青年団のメンバーが朝の陽ざしの下に立っていた。


 リーダーの与一は身長が180cm以上もあり、透子を見下ろしている。

 軽く会釈をした透子は適切な服がなかったため、上下はジャージだ。


「こいつはワシの倅の与一だ。この体、たくましいだろう?」

「与一です」


 与一は不愛想に頭を下げた。

 身長差もあって透子は与一をやや見上げる形になっている。


「おはようございます。今日はこちらの家の清掃と聞いていたのですが……」

「そうそう、そうなのだ。この家は長らく空き家なのだが、放置しておくのはもったいない。今の所有者は村長ということで、村のために有効活用しようと思ってな」


 与助が紹介した家を透子はちらりと見た。

 築年数は経過しているものの、透子が住む古民家よりは新しい。

 昭和のバブル期に建てられたような二階建ての民家は古臭さはあるものの、外観だけ見ればまだ住める雰囲気がある。


(見るからに地縛霊がいそうな建物だけど何もいないなぁ)


 前回のこともあって透子は警戒していた。

 裏で糸を引いている孝蔵のことだから、はめられる前提で今回の清掃に挑もうとしたのだ。

 ところがその家には珍しく霊の気配がない。


 普通であれば強弱や害意は別として、築年数が経った建物には何かしらいる。

 地縛霊であったり浮遊霊のたまり場となっていることが多い。

 なぜなら古くて老朽化した建物は人間であれば死に近い状態であり、霊にとっても居心地がいいのだ。


 それを踏まえれば一切何もいないというのは明らかにおかしい。

 透子は愛想がいい与助を訝しんだ。


(もしかして痛い目に遭って懲りたのかな?)


 透子は自分の考えが杞憂ではないかと思った。

 家が半焼した上に骨折までして弱気になったのかもしれない。

 そこにいる青年団の力を借りて家は復旧しつつあるのも相まって、人との繋がりを再認識したのだと透子は楽観視した。

 もちろん大幅な見当違いなのだが。


「この家は何に使う予定なんですか?」

「祭事の道具を補完しておくなどの物置として活用しようと思っている。今使っている倉庫がだいぶ老朽化しているのでな」

「わかりました。それで私は何をすれば?」

「君はワシと一緒に屋内の清掃をしてくれ。外の草刈りはそっちの青年団がやる」


 青年団の人数と庭の規模が釣り合っていない。

 与一は口元を真横に結んだまま透子を見つめ続けたままだ。

 そんな仏頂面の与一にサヨは見えないのをいいことに、変顔をして楽しんでいる。


「では与一、頼んだぞ」

「……はい」


 与助が与一に含みのある声かけをした。

 もちろん透子はその意味を理解していない。

 与助が家の中へ入って透子も続くと思われたが――


「あっ! ワシとしたことがカビ取り剤を忘れておった! 透子さんや、すまんが先に掃除しといてくれんか?」

「……わかりました」


 与助はバタバタと走っていなくなってしまった。

 透子は与一の顔をちらりと見つつ、うんざりする。

 わかりやすく霊でもいればいいのだが、今回は彼が何を考えているのかわからないのだ。


「……透子ちゃん、だったか。悪いことは言わない。家には入らないほうがいい」

「え? どういうことですか?」


 与一が話しかけてきて透子はやや驚く。

 てっきり与一にも嫌われていると思っただけに、透子はパチパチと瞬きをした。

 これには青年団のメンバーも面食らっている。


「おい、よっちゃん! 何を言い出すんだ!」

「じいさん達は余所者を毛嫌いしているけど、この透子ちゃんを見ろ。今のところいい子じゃないか。お前、良心が痛まないのか?」

「そ、そりゃまぁ……だけどこの村に住むならじいさん達に逆らったら……」

「なに、俺からは適当に話をつけておく」


 与一は青年団の一人を優しく諭した。

 そこで透子はふと疑問が思い浮かぶ。


「与一さん……と他の方々はこの村を出ようとは思わないんですか?」

「昔から畑を継げだの村を守るのが当然だの躾けられてきたからな。今更都会へ行こうとも思えないし、やりたいこともない。他の奴らも似たようなもんだ」

「そうですか……」

「そんなことよりこの家には入らないほうがいい」


 与一はキリッと表情を変えた。その顔はまるで明王のように険しい。

 透子は与一の守護霊を観察した。その背後には優しく微笑む老人が立っている。

 決して強くはないものの、与一を優しく見守って正しく導いてやろうという意思を感じた。


 守護霊はほとんどの人間についていて、その人間の性格や身の安全に影響する。

 社会的な成功を収める者もいるが、それ以外にも事故にあわずに平和に暮らせるなどといったことが多い。

 守護霊の老人はおそらく与一の祖父、つまり先程の与助の父親だろうと透子は予想した。


「ここは昔から人の入れ替わりが激しかった家なんだけどな。どういうわけか住人が失踪するんだ」

「失踪? なんだか怖いですね」


 などと白々しく反応する透子であった。


「引っ越してきた人間がいつの間にかいなくなっている。貴重品の類は残っていて、人だけが消えるんだ。警察も何度か捜査して……住民はどこにいたと思う?」

「どこですか?」

「山の中さ。ここから百キロ以上も離れたところで息絶えていた」


 与一は透子を怖がらせようと表情をより険しくした。

 透子は真顔で与一を見つめて、一方でサヨは表情を真似して勝手ににらめっこしている。


「どうやってそんなところに?」

「不思議だろう? だから怖い」


 脅かす与一から目を逸らして透子は家を見上げた。

 ここに悪霊の気配がないことに透子は次第に違和感を抱き始める。

 これほど誰も住まずに年季が入った家に霊が一体もいないなど、透子にしてみれば考えられなかった。


「与一さん、掃除してきますね」

「おい! 話を聞いていたのか! 親父や村長には俺から言っておく!」


 透子は与一の制止も聞かずに家の中へ入っていった。

 すると電気も通っていないはずの室内が明るくなる。

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