第14話 村の会議

「芳江、村の衆は集まったか?」

「はい」


 村の会議は築年数が経過した木造の会館で行っている。

 村長の孝蔵を初めとして、ここには村の老人や青年団の者達が雁首揃えていた。

 そんな男達にそれぞれの妻達が茶を出すという、なんとも時代錯誤な光景だ。


「村長さん、実に災難だったな」

「うむ、与助よ。まったくだ。家は未だ修繕中だが離れが無事だったのが幸いだった。青年団が頼もしくて助かる」


 村の最有力者である村長の倉石孝蔵が堺田与助と雑談に興じている。

 孝蔵は家が火事で半分ほど焼けて以来、庭にある離れで暮らしていた。

 なんとか災難は去ったものの、骨折が完治せずに未だ松葉杖は手放せない。


「与助、さすがはあんたの息子率いる青年団だ。若いもんはこうでなければな」

「幼い頃から鍛えてやったからな。男子たるもの、たくましくなければいかん」


 与助は得意げに力こぶを作ってアピールする。

 孝蔵は妻が淹れた茶を飲みつつ、透子のことを考えていた。

 初めて見た時から孝蔵は彼女に対していい印象を持っていない。

 絹糸のような長く綺麗な黒髪、細筆を引いたような目鼻、日本美人のお手本のような少女。


 あまりに整いすぎていて、人ならざるものを感じている。

 彼に霊感や霊力はほとんどないが、この村で長年暮らすうちに人ならざるものに敏感になっていた。

 人のようでいて人ではない、そんな透子と災難を切り離して考えるはずがない。


(あの娘、災いの木に触れていながらなぜ……)


 孝蔵は茶をグッと飲み干してから湯呑を無言で妻の芳江に突き出す。

 芳江は何も言わずに追加の茶を湯のみに注いだ。


「よし、そろそろ集まったな」


 孝蔵が仕切って村の会議を始めた。

 会議では村の決まり事やトラブルについて話し合う。

 今回の議題は誰もが理解していた。


「村はずれの古民家に引っ越してきた岩古島透子という娘を知っているな?」


 村人の誰もがやはりそれかとばかりに無言で肯定した。

 村長の睨みは村の総意であり、誰一人として逆らおうなどと思わない。

 一人が村の総意から逸脱すれば、翌日からこの村で快適な生活を送ることなどできなくなる。


 いわゆる村八分だ。これは余所者でなくても村人だろうが例外はない。

 それが怖くて村長に従っている者も少なくないが、年寄り連中は孝蔵を中心として確固たる地位を築いている。


「見た目、まだ高校生くらいですよね。なんだってこの村に引っ越してきたんでしょうかね」


 青年団のリーダー、境田与助の息子である与一が無精ひげを搔いた。

 消防団に務めている彼の体躯は優に180cmを超える。

 老人達が頼る樫馬村の守護者だ。


「そんなことはどうでもいい。あの娘、どうも妙なのだ。あの災いの木の周辺をものともせずに掃除をし終えて帰っていった」

「木に触れなかったんじゃ? あれは触れなきゃ無害ですよ」

「いや、実は当日にそこの木島さんがな。あの娘が木に触っていたのを目撃しておる」

「なんですって? それで無事だなんて……」


 与一は顔を顰めた。

 彼は学生の頃、災いの木によって友人を失っている。

 ふざけた友人が災いの木を蹴りまくった挙句、そこに小便までしたのだ。

 友人はそれから一時間もしないうちに泡を吹いて原因不明の死を遂げている。


 腰曲がりの老人である木島は湯飲みを持つ手を震わせていた。


「あの娘は人ではない……。それにあの古民家を見張っていたワシの娘がとんでもないところを目撃しておる」


 木島の娘こと中年女性が静々とお辞儀をする。

 噂好きの彼女は最初こそ古民家の住人を監視して話の種にしようと考えていた。

 ところが透子が一人で喋っているシーンや引き戸や襖が勝手に開くなど、ついには腰を抜かしてしまう。

 それを話し終えた中年女性が口を両手で覆った。


「は、畑から一瞬で芽が出て……柿も実って……私、怖くて……」

「あの柿の木はとっくに腐っているはずだが……」

「でも見たんです! 村長、あの子はこの世の者ではないんじゃないですか!?」

「いや、ワシも会って話しておるからそれはない」


 その時、一人の老人が木刀を畳に叩きつけた。

 全員がその老人を一瞥して、あぁまたかとため息を吐く。


「なっとらん! なっとらんぞ! うら若い嫁入り前の小娘が一人で生活など、親は何をしておるのじゃ!」

「徳吉のじいさん、落ち着いてくれって」

「与一! 貴様もいい歳をしていつまで独り身でいるつもりじゃ!」

「触れなきゃよかった……」


 与一が目元を片手で覆う。

 徳吉 戦三郎。村で最高齢の老人で常に木刀を持ち歩いている。

 村の若手は全員が木刀を持った彼に追い回された経験があって、今でも大半が苦手な相手だった。

 青年団の一人が与一にヒソヒソと耳打ちする。


「よっちゃん、藪をつつく必要はなかろうよ。また武者のご先祖だの守護霊がどうとか説教を始めるぞ」

「だよなぁ。昔から変なじいさんだったけど、年をとってからますますおかしくなっちまったよ」


 戦三郎は何かと自分にはご先祖の武者の守護霊がついていると豪語していた。

 真偽はともかくその実力は剣道の有段者であり、筋骨隆々の体躯を持つ与一も敵わない。

 与一が村の守護者であれば、戦三郎は村の守護神だ。


「いずれにしてもあの娘が奇異なことは確かだ。それでなくてもああいう余所者は総じて輪を乱す。そこで、だ。あの娘を例の家へ向かわせる」


 例の家と聞いて場に緊張が走った。

 災いの木に続いて、そこまでやるかと一部の村人は喉から出かかる。


「れ、例の家って柏家じゃない、ですよね?」

「あれは我々にも飛び火する危険性があるからさすがにな。そっちではなくて与一、もう一つあるだろう?」

「……人が消える家、ですか?」

「それしかなかろう」


 与一は腹の底から声を出しそうになった。

 相手が村長でなければ殴っているところだ。


「あそこは過去にも失踪している人間がいるだろうが!」

「あの娘が来てからろくなことがおこらんのだ。災いをもたらしたのもあの娘に違いない」


 いつもこうだ、と与一は肩を落とした。

 村が余所者によって手を焼かされたことは一度や二度ではない。

 その経験があって今のこの状況がある。


 そこで村長が何かにつけてケチをつければ、それだけで村八分が始動する。

 かといって村長に逆らう勇気もなく、今回も握り拳を静かに解いた。


「それはいい!」

「災いの娘を追い出せ!」

「樫馬村に平和を!」


 村人達が一致団結して透子への憎しみを滾らせている。

 時代錯誤、排他的。与一は何度そう思ったかわからない。

 そしてそんな状況で逆らえない自分にも嫌気が差していた。

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