第13話 人魂スローライフ

 透子は人魂達を受け入れて古民家で働いてもらうことにした。

 オレンジ色の人魂はレンさん、桃色の人魂はモモちゃん、青色の人魂はアオ君。

 レンは最初オレにしようと思ったが、一人称のオレと紛らわしいのでやめた。

 小説家としてはあまりに安直でセンスがないと思いつつも、シンプルイズベストの精神で乗り切る。


 彼らが生前どういう人間だったかは今となってはわからない。

 サヨと同様、生前の記憶がほとんどないというのだ。

 ただしレンは建築関係の仕事をしていたようでモモは家事全般が得意、アオは畑仕事でもしていたと予想している。


 それぞれがただ齧った程度ではない。

 レンはあれから古民家中を修繕して、モモは食材さえあればなんでも作れる。

 その上、プロ顔負けの腕というのだから透子も驚いた。


 肉じゃがを作ってもらって食べてみると芋は煮崩れせず、味が染みこんでいる。

 肉は適度な柔らかさを残していてどんな調理方法ならこうなるのかと透子が唸ったほどだ。

 その上で古民家中の掃除までしてもらったのだから、透子の家事における負担は減る。


 執筆の時間を多くとれるようになり、原稿の提出がスムーズに行えるようになった。

 透子は基本的に自身が体験したことを適度にぼかして小説内に数話ほど掲載するのだが、今回は控えている。

 なぜならリアリティという観点から逸脱すれば人は冷めるからだ。


 例えば実話怪談と称して能力バトルのようなことを行っている作品もある。

 そういったものは一部の読者からは疑われているし「さすがに創作だろ」などと言われてしまっていた。

 読者が言う通り、透子が見れば創作だとすぐわかる。

 ただし出てくる怪異は実在していたりと、完全な創作でもない。


 おそらく取材して聞いた話と創作を織り交ぜて脚色したのだろうと透子は思った。

 透子は自身のことについては、あくまで一般の人間の視点で書くことを心掛けている。

 例えば怪異に遭遇したら透子の場合、邪魔であれば浄化するのだが小説の中ではなんとか逃げられたという展開にしていた。


 今回の人魂はあまりに現実味がないから書かないという理由が一つ。

 もう一つは退魔師協会の存在だ。

 彼らは表向きにはほとんど明らかになっていないが、日本各地に退魔師が存在している。


 例えば実話怪談などでよく出てくる霊能力がある寺の住職などがそれだ。

 彼らは普段は住職などの本職があるが、いざとなれば退魔師としての顔を見せる。

 そういった者達を統合しているのが退魔師協会だ。


 退魔師の耳に人魂の話が入れば祓いに来る可能性がある。

 透子としてもそれは本意ではないので、極力トラブルは避けたかった。

 霊の安息とは必ずしも成仏ではない。


 荒れ果てた庭を必死に耕しているアオを見て透子はそう思った。

 鍬などの昔の農具を巧みに浮かせつつ操って、みるみるうちに畑が出来上がっていく。


「と、透子お姉ちゃん。畑、できたよ」

「早いね。じゃあさっそく種を蒔いてくれる? あ、肥料を買い忘れてた」

「肥料はいいよ。この土なら十分だし、あまりそういうの与えると腐っちゃうから……」

「すごいなぁ、そこまでわかるんだ」


 アオによればここの土は極めて良質で、ほとんどの作物が育つという。

 捨て値で売られていた古民家にしては上々どころではない。

 すっかり耕された畑に次々と種が蒔かれていった。


 アオが畑の上をひゅるりと飛び回る。

 すると畑に蒔いたばかりの種から芽が出てきた。


「え? それすごくない?」

「えへへ……これくらいしか役立てないけど……」

「いやいや、それ神様クラスの力だよ。霊力はそうでもないのに……」

「そう、そうかな?」


 アオは恥ずかしそうにひょろひょろと飛んだ。

 アオの霊力は低級霊と呼んでいいほど低い。

 しかし霊力が低いと必ずしも力がない霊というわけでもなく、例えば座敷童などがその類だ。


 住み着いた家に幸福をもたらすことで有名な座敷童は霊力自体は低い。

 これは霊力による力というより、波動の質を上げるといったほうが近いものがある。

 引き寄せの法則というものがあるように、良いことをしていれば良いことが起こったり良い人物と巡り合える。


 逆に悪いことをしていれば悪いことが降りかかったり、良くない人物とばかり縁ができる。

 アオは生前の行いが素晴らしくていい波動を持つ人物だったと透子は予想した。

 アオはいわゆる座敷童だ。


 畑だけではなく、腐りかけていた柿の木の周りを飛ぶとみるみるうちに生気に満ちていく。

 青々とした葉が生えて、すでにいくつか実をつけていた。

 季節外れのその光景に透子は感心しつつ、カキを採ってから縁側に腰をかける。

 そして柿にかぶりついた透子が渋い顔をした。


「しっぶ……」

「ご、ごめん! まだ完全に熟れてるわけじゃないから……」

「いや、食い意地を張ったのは私だから……」


 アオが申し訳なさそうにしゅんとしている。

 気を取り直して透子は執筆に戻ろうとしたが――


「あ」

「ひっ!」


 例の中年女性と目が合った。

 また慌てて逃げようとする中年女性だが、透子の華麗なジャンプによって正面に着地されてしまう。


「あわ、あわわ! あぁ、ぁぁーーー……」

「おばさん、ずっと人の家を覗いてるけど用があるならちゃんと玄関から訪問してよ」

「た、助けてぇ……」

「私達は何もしないよ。お近づきの印にお菓子もあげたでしょ。それとも、そんなにあの孝蔵さんが怖いの?」


 中年女性は透子に気圧されてガクガクと震えている。

 怒ってはいないものの、今の透子からは怪異としての顔をわずかに覗かせていた。

 透子とて、こう何度も覗かれてはいい気分などしないのだ。


「お、お助けぇ……」

「あ、お漏らしした」


 失禁した中年女性がヨタヨタと歩き始めて、腰を抜かしながらも帰っていく。

 その後ろ姿を見ながら透子は少しやりすぎたと後悔した。

 怪異としての透子は退魔師協会すらも匙を投げているほどだ。


 一般の中年女性がその怪異の一端にでも触れたらどうなるか。

 精神崩壊しなかっただけでも幸運と言えるだろう。


「透子ちゃん、脅かしすぎだよ……」

「だいぶ抑えたつもりなんだけどな」


 サヨが塀からひょっこりと顔を出した。


「おう! 透子! まーたあのババアが覗いてきやがったのか!」

「もう嫌らしいわねぇ。私ならいくらでも見せてあげるのに……」

「ケ、ケンカはダメェ……」


 人魂達がやんややんやと騒ぎ立てる。

 これではいつになったらいいご近所付き合いができるのかと思いながら、透子はまた塀を越えて戻っていった。

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