第12話 無縁仏

 透子は荒れ果てた庭を縁側から眺めた。

 雑草が伸びに伸びて、透子の背丈に届かんばかりだ。

 生活に支障はないが単純に景観に関わるため、いつかやろうと思って先延ばしにしていた。


 古民家の足音の主達はこの庭の土の中に眠っている。

 彼らを掘り起こすために透子はホームセンターで買ってきた草刈用の釜を用意した。

 一人で作業するならばとても一日やそこらで終えられるものではない。


 透子は厨二病を彷彿とさせるポーズで鎌を持って構えた。

 それから体を回転させて水平に振ると雑草が切断されて塀が見えるようになる。


「透子ちゃん、すっごい……」

「刈ってもまたすぐ生えてくるからなぁ。本当は除草剤を撒いたほうがいいんだろうけど……」


 透子は見通しがよくなった庭にサンダルを履いて立つ。

 庭が整備できれば洗濯物を干してもいいと思ったが、いくら田舎とはいえ下着は干せない。

 それに時折村人が覗き見してくるので、あまりプライバシーは確保されていなかった。


 透子はスコップで庭を掘り始めた。

 掘っては土を盛って、掘っては土を盛って。

 その様子をサヨはしゃがんで見ている。


「お宝でも出てくるのかなー?」

「普通の人なら叫ぶようなものが出てくるよ」


 透子が穴を掘ってから数分が経過した。

 やがてスコップの先に何か硬いものが衝突する。

 スコップで丁寧にその硬いものを浮き彫りにしていくと、全容が明らかになってきた。

 サヨがひょこっと穴を覗く。


「こ、これってお墓?」

「いわゆる無縁仏だね。かなり昔のものだよ」

「誰にも弔われなかったお墓のことだよね。なんでこんなところに埋まってるんだろ……」

「この辺り、開拓されて今の村ができたみたいだけど色々とキナくさいかな」


 透子が墓石を丁寧に取り出していくと、その数は三つだった。

 名前は損傷が激しくて読めない。

 墓石の土を丁寧にほろっていくと、ひゅるりと何かが出てくる。


 墓石から次々と出てきたそれはひょろひょろと辺りを飛び回った。

 いわゆる人魂でオレンジ、青、桃色といったバリエーションがある。


「んん……おう、こりゃなんだ?」

「私達、出られた?」

「な、なんだか明るくて怖いな……」


 飛び回っていた人魂はひょろひょろと透子のところへ集まった。


「おう、お嬢ちゃんが俺達を見つけてくれたってのか!?」

「あなた達、そこの家の中を歩き回っていたでしょ。今ならハッキリと覚えているはずだよ」

「あー、なんかそんな気もするなぁ!」

「やっぱり覚えてないんだね」


 力が弱い霊は霊体を維持することすら難しい。

 かろうじて実体化しているこの人魂の状態はいわゆる最弱だ。

 これ以下となると姿すら見えなくなり、自我もハッキリしなくなる。


 無縁仏となった霊魂は無意識のうちにSOSを出し続けていた。

 自分達に気づいてほしい。弔ってほしい。

 そんな思いが古民家に足音の怪異をもたらしていた。


「俺達、きっと誰にも弔われていないんだな……」

「残念ながらそうだね。あなた達、生前の記憶はある?」

「まったく覚えてねぇ。ただずっと物を作っていた気がするぜ」

「ハッキリしないか。じゃあ、どうする? 弔ってもらう?」


 人魂達は黙った。

 霊魂であれば存在する以上、何かしらの影響を及ぼしてしまう。

 だから生きている人間にとっては成仏してほしいのだ。


 透子としてはどちらでもいい。

 彼らがもたらす影響による被害など受ける存在ではないからだ。

 現にサヨはこうして漂っている。


「いや、成仏したところできっと俺は俺でなくなっちまうぜ」

「そうね、私も消えるのは嫌」

「で、で、でも成仏しないと迷惑かかっちゃうよぉ?」


 成仏とは魂の転生への一歩であり、そうなると生前の人格や記憶は失われてしまう。

 稀に来世で記憶を引き継いでいることがあるが、幼少期を境にほぼ消えるのが常だ。

 それを考えれば、すべての霊にとって成仏は必ずしも最適解ではない。


「なぁ、あんた名前はなんだ?」

「岩古島透子」

「嬢ちゃん、すげぇ奴だろ。弱小の俺でもわかるよ。そんじょそこらの奴じゃ手に負えないだろ。だから、なんだ。俺は嬢ちゃんと一緒にいるぜぃ!」

「ボディーガード代わりならあまりいい気分はしないかな」

「そ、そうじゃなくてよ! なんか、わかんねぇけどやり残したことがあるっていうか……。このまま消えたくないっていうか……」


 オレンジの人魂が恥ずかしさをアピールするようにしてひょろひょろと飛ぶ。

 透子としても意地悪をするつもりはない。

 このまま浄化してしまう理由もなく、今更人魂が三つ増えたところで何も支障はない。


「ここに居ついてもいいよ」

「いいのか!?」

「ただし楽しいことはないかもしれないよ」

「いいんだ! そうだ! 何か俺でも役立てることはないか? 物作りとか、そういうのは得意な気がするんだぜぃ!」


 透子は少しの間だけ考える。

 オレンジの人魂がいつの時代の人間だったかわからないが、ダメ元で頼むことにした。


「じゃあ、雨漏りの修理とかできる?」

「雨漏り? そこの家のか?」

「うん」

「お安い御用だぜぃ! じゃあ、さっそく案内してくれ!」


 オレンジ色の人魂と一緒に二階に行くと、透子が喋ってないのに雨漏りの箇所周辺を飛び回る。

 これにはさすがの透子も驚いた。


「なんでわかったの?」

「音と勘で大体わかるんだぜ。何か道具はないか?」

「一応ここに買ってきた材料と道具があるけど……」

「よし! 待ってな!」


 オレンジの人魂が道具や資材を浮かせて巧みに操ると、尋常ではない速度で修復されていく。

 古民家の作りを熟知しているかのようだ。

 こうしてものの数分で雨漏りの箇所が修復されてしまった。

 それはとても自然な状態で、透子は思わず指で触って確かめる。


「すごいね」

「こんなことくらいしか出来ないけどな」

「もしかしたら他の二人も何かできる?」


 透子が青と桃色の人魂に尋ねる。

 二つの人魂はモジモジとしてなかなか答えない。


「家事とか?」

「は、畑なら……」


 恥ずかし気に答えた人魂だが、恥じる部分は何一つない。

 こき使ってやろうという意思はないものの、透子はそれぞれ古民家での役割を与えることにした。

 桃色には家事全般、青にはこれから畑を耕して世話をしてもらう。


 それを告げると人魂達は張り切った。

 嬉しさのあまり、古民家を飛び出してひゅんひゅん回る。

 その際にまた覗き見にきていた中年女性は目撃してしまう。


 また透子が家の中で一人で話している。

 そうかと思えば縁側近くにある襖が勝手に開いたのだ。


「ひ、ひいぃぃ!」


 中年女性はまたも腰を抜かしそうになりながら逃げ去っていった。


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