第11話 古民家暮らしの実情

 後日、ホームセンターから送られてきた資材を使って透子は古民家の修繕を行うことにした。

 まずは痛んでいる箇所の床板を外さなければいけない。

 とはいっても一部分だけ切り取れば、そこだけ新しい床となって見栄えが不自然だ。

 

 そこで透子は思い切って玄関周辺の床板をすべて外した。

 寸法を測ってから板をノコギリで切って新たに張り替えていく。

 本来であれば電動ノコギリを使用するところだが、透子には必要ない。


 電動ノコギリ顔負けの速度で板を切断していく。

 十六歳の非力そうな少女が高速でノコギリを動かしているのだから、その姿は完全に怪異だ。

 よく怪談などで幽霊にものすごい力で押さえつけられたとあるが、あれは霊力が影響している。


 少ない霊力でも力の増幅は割と手軽だ。

 身体能力ではなく力の増幅、それが怪異のなせる業だった。

 霊力が多ければ多いほどできることが増えて、理不尽な所業も可能となる。


 例えば呪われた者が突然の事故に巻き込まれるのもそれだ。

 災いの木に触れた者達が事故を起こしたのも、高い霊力によって実現している。

 そこに理屈や原理などない。


 強い力があるから強い、小学生の言葉遊びのようなものだ。

 怪異、それは現実ではありえないような不思議な力や事象のこと。

 科学的などという枠組みで捉えているうちは解明など夢のまた夢だろう。


「透子ちゃん、この廃材ってお風呂の薪に使えないかな?」

「そうそう、いいところに気づいたね。薪置き場にいい感じにまとめて置いておいて」

「いい感じってどんな感じなのかなぁ」


 サヨは首を傾げながら廃材を抱えて持って浮いていく。

 玄関の床を張り替え終えると、見違えるような新築同然のものとなる。

 これで床の底が抜けることもないだろうと透子は満足げにそこを歩いた。


「次は屋根かな」


 この古民家の雨漏り箇所は二階だ。

 透子は脚立を二階に持っていくと、該当箇所を見上げた。

 元々は蚕を飼っていたという物置の一角の床が見事に変色している。


 雨漏りで床が腐りかけていることに気づいた透子はため息をついた。

 床のことは考えておらず、資材が足りないのだ。

 

「買い物に行く前にチェックしたはずなんだけどな。漏れていたか、雨漏りだけに」

「透子ちゃん、いい感じに置いたよ」

「うわっ」


 誰も聞いてないと思って戯言を呟いたものの、サヨがしっかり戻ってきた。

 聞かれていないかやや心配した透子はサヨの顔を静々と見る。


「どうしたの?」

「いや……」


 サヨの無邪気であっけらかんとした顔を確認して透子は満足した。

 その時、階段のほうから誰かが上がってくる音が聞こえる。

 ギシギシとした音は一人や二人のものではない。


「サヨちゃん、最初に来た時も思ったけどさ。ここってあなた以外にも誰かいるよね」

「うん、でも滅多に出てこないんだよね。恥ずかしがり屋さんなのかな?」


 階段を上がる音は昇りきったところでハタリと消えた。

 通常、霊体は一定の霊力があれば視認できる。

 ただしサヨのように視認を拒否すれば、霊力をもって姿を消せるのだ。


 階段を上がってきた者達は透子の見立てでは大した存在ではない。

 視認を拒否したというよりはあまりに弱々しくて姿形を維持できない存在だと透子は考える。

 やや気になるものの、透子としては悪さをしなければ排除する予定はなかった。


「こんな古民家だし、そりゃ色々あるよね」

「そうだねー」


 透子は修理を中断して、物置内にある品物に手をつけた。

 棚にあった箱を開けると、そこには白黒の写真がある。

 八人ほどの家族写真と老人と老婆、畑仕事をしている姿の若い男性の写真など。


 この古民家に住んでいた一族だろうと透子は推察する。

 家族写真に写っている少女を見ると、かすかに目元がサヨに似ていた。

 おかっぱ頭でいかにも当時の子どもにありがちな髪型だ。


「この家族、サヨちゃんの血族かもね」

「そうなのかなぁ?」

「思い出せない?」

「うん」


 霊となって生前の記憶を失うパターンは珍しくない。

 それどころか自我さえなくすものも多いから、サヨは力が強い霊と言える。

 透子は写真を箱に戻してからサヨの頭を撫でた。


 透子にもかつて家族というものがいた。

 しかしそれは一般的な美談で語られているようなものではない。

 写真に写っている家族と自分の境遇、そしてひとりぼっちのサヨ。


 すべてを重ねた上で透子はサヨが愛おしくなった。

 透子もまた一人で生きてきたが、寂しくないと言えばウソになる。

 サヨは遊び相手になってほしくて古民家で怪異を引き起こしていた。


 誰一人としてサヨを受け入れず恐れて、時には排除されそうになることもあった。

 透子は『寂しくなかった?』などと野暮なことを危うく聞きそうになる。


「透子ちゃん?」

「雨漏りの修理が終わったら庭を掃除しよう」

「お庭? 確かに荒れ放題だよね」

「さっきの人達もきっとそこに眠っている」


 透子が言うさっきの人達とは階段を上がってきた者達だ。

 彼女にはすでに彼らがどこにいるのかわかっている。

 放置しようと思ったものの彼らもまた寂しいのだとしたら、と思い直した。


 脚立に足をかけて、透子は修理を始める。

 慣れない作業ではあるが、透子は心を込めた。

 が、雨漏りの修繕は素人が安々とできるほど簡単ではない。


 防水テープなどを張ったりなど、素人なりにがんばったがどうもしっくりこなかった。

 透子の力をもってすれば解決できるだろう。

 金などかけずとも、古民家全体を住める程度に維持するのは容易だ。


 が、それをしてしまうのは透子としても納得がいかない。

 透子はあくまで人としての営みを大切にした。

 人か人外か、自分自身もわからないからこそやれることは自分でやるように努める。


「……業者に頼んじゃおうかな」

「ぎょーしゃ?」


 透子は匙を投げた。そして自分で言っておきながら一つの疑問が浮かぶ。

 こんな古民家の雨漏りの修繕など請け負ってくれる業者があるのか。

 金額の問題以前の問題がそこにあった。

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