第10話 ファーストフード店の怪異
透子達がホームセンターを出た時には昼近くの時間になっていた。
少し昼には早いがサヨがハンバーガーに夢中のため、店に向かう。
店内には昼前のためか、客は二人くらいだった。
「ハイカラだねぇ。なんだかいるだけで楽しくなっちゃう」
「元々は外国のお店だからね。日本とは文化が違うから、これ以外にも色々な内装の店があるよ」
「ホントに!? 行ってみたい!」
透子は思わず口が滑ったと手を当ててしまう。
とはいえ、サヨのこういった反応が楽しみなので機会があれば他の店にも行こうと考えた。
特にジャズ風の曲が流れる陽気な店内のステーキハウスなど、数えれば切りがない。
「いらっしゃいませ。店内でお召し上がりですか?」
店員の透子に対する印象は大和撫子だ。
店員は透子がどこかの芸能事務所にでも所属しているのかと勘ぐる。
帰ったら友達に話してネタにしようなどと呑気に考えていたが――
「はい。えっと、ダブルチーズバーガーセットが二つ、サイドメニューはポテトでいいいとして……ドリンクはウーロン茶と……どうする?」
「ええっとぉ、この緑色のやつ!」
「これ慣れないときついよ?」
「これでいいの!」
「じゃあ、もう一つはメロンソーダでお願いします」
透子としてはサヨに確認をしただけだ。
しかし店員には透子が一人で喋っているようにしか見えない。
実際にはこうだ。
「はい。えっと、ダブルチーズバーガーセットが二つ、サイドメニューはポテトでいいいとして……ドリンクはウーロン茶と……どうする? これ慣れないときついよ? じゃあ、もう一つはメロンソーダでお願いします」
店員はそういう芸風なのかと納得しようとした。
世の中には変な人間の一人や二人はいるものだ、と。
それより彼女がもっと気になったのは注文内容だ。
「お二つですか?」
「はい」
店員の女性が思わず聞き返す。
彼女にサヨは見えないが、透子としては二人分なのだ。
透子はスタイルがよくてとても大食いには見えない。
「お持ち帰りではなくて店内でお召し上がりですよね?」
「はい」
「ご注文を繰り返します。ダブルチーズバーガーセットがお二つでドリンクがウーロン茶とメロンソーダでよろしいでしょうか?」
「はい」
淡々と答える透子に対して店員はやや怖くなってきた。
それでも仕事は仕事なのでこなすしかなく、注文を受け取る。
透子は手近なテーブル席について一息つく。
それから間もなくしてテーブルに二つのセットが運ばれてきた。
店員が置いた二つのセットを透子はすぐさま向かい側に置き変える。
「……ではごゆっくり」
店員は得体の知れない恐怖に襲われていた。
この時点で心霊の類を疑っているわけではないが、確実に頭のおかしい客だと思っている。
それから店員は透子を極力視界から外した。
「おいしいぃ! お肉とチーズとふんわりがぎゅってなってんんーってなる!」
「個人的にはこのポテトがおいしいんだよ」
「うん! カリッとして癖になる!」
「じゃあ、メロンソーダを飲んでみて」
サヨは不思議そうにストローを眺めた後、口をつける。
それから一気に吸った途端、口を押えてバタバタと暴れ始めた。
勝手に倒れる椅子を見た店員が本格的に震え始める。
「あうああぅうあうあう! ジュワっとして痛い!」
「だから言ったでしょ」
サヨが着物の袖で口を押えて目に涙を溜めている。
炭酸類は苦手な人間はとことん苦手なので、これは仕方がなかった。
「んー……ちょっとずつがんばる。それより透子ちゃん、あのお店の霊達はどうにかしなくてよかったの?」
「あの霊達は悪気があるわけじゃない。女性についていこうとした霊だって寂しかっただけなんだよ」
「そっか……」
サヨは自分の境遇とホームセンターの霊を重ねている。
ぱくりとダブルチーズバーガーをまた齧り始めた。
「悪いのはろくに弔わなかったホームセンターのオーナーだからね」
「ゆるせなーい! 霊達はなんで仕返ししないの?」
「財を成す人間には強力な守護霊がついていることが多いの。だから本人に霊感がなくても霊障を極端に受けにくい」
「なにそれぇ……」
霊は無差別に攻撃しないで復讐する人間だけ攻撃しろ、などと言われることがある。
実際に霊といっても様々で、霊力が弱いものは大したことができない。
それに自我を持つ霊ばかりとは限らないので、死後は無差別に人に霊障を起こす悪霊となることも多々あった。
更に強力な守護霊には近づくことすらできない。
この世で成功する人間というのは魂レベルで恵まれていることが多いのだ。
「まぁ、それでも長くはもたないと思うけどね。あれだけ霊が集まっているのにいつまでもまともな商売なんかできないよ」
「じゃあ、いつかは?」
「あそこのホームセンターが潰れたら困るけど、だからといって無知な既得権益者を助ける気はないよ」
「透子ちゃんってホント乾いてるというか……」
ドライという言葉が出てこないサヨに対して透子は可愛く感じた。
* * *
ファーストフード店でバイトをしている大学生の上田美奈は仕事終わりが楽しみでたまらなかった。
来店した客は大和撫子と言いたくなるような美人で、これを友達と共有して会話をするのだ。
最初こそミステリアスでやや憧れそうではあったものの、それが次第に印象が変わっていく。
突然一人で誰かと話しているかのように振るまったと思えばセットを二つ頼む。
最初こそ訝しんだものの、女性の大食いは珍しくない。
少し変わった客だと思い込んで仕事に努めた。
ところが席まで商品を持っていくと、その客は自分の向かい側にもう一つのセットを置く。
ぎょっとした美奈に追い打ちをかけるようにして、その客はまた口を開いた。
「個人的にはこのポテトがおいしいんだよ。じゃあ、メロンソーダを飲んでみて」
美奈は背筋に寒気が走った。
この客は普通ではない。もしかしたら異常者かもしれない。
それから美奈はその客を視界から外すことにした。
怖くてまともに見ることができないからだ。
それから先にきていた客が席を立って退店して、店内がまたガラリとする。
その間も例の客は一人で会話をしていた。
(もう何なのさ! 早く出ていってよ!)
目を逸らしていた美奈だが、もう一人の男子学生のバイトが震えているのに気づく。
「ヒソヒソ……。お、おい。あの女、変じゃないか?」
「気づいてた? やっぱりおかしいよね」
「だって気がついたら女の向かい側に置かれているハンバーガーやポテトがなくなっているんだよ」
「一人で食べたんじゃないの?」
男子学生が首を左右に振って全力で否定した。
「だってあの女、向かい側には一切触れていない……。いつの間にかハンバーガーがなくなっていたんだ……」
その日、美奈はとある出版社にこのことを書き綴ったメールをお気に入りの作家に出した。
これが実話怪談として透子の下に届いて無事、本に掲載されることになるのはまだ先の話だ。
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