第9話 いわくつきのホームセンター

 平日だがホームセンター内にはそれなりに客がいた。

 買い物かごをショッピングカーにセットすると、サヨが入ってくる。

 子どもさながらの自由だが、透子はサヨの脇を抱えて静かに下ろした。


「えー?」

「えーじゃない。いくら幽霊でもマナーは弁えなさい」


 サヨはしかたなく透子の手をつないで歩くことにした。

 こうしていると姉妹か何かにしか見えないが、誰の目にもサヨは見えない。

 が、こう人が集まる場所ならば多少の気配を感じる者が出てくる。

 透子とすれ違った中年の女性が振り返ってから首をかしげて離れていく。


「今のおばさん、どうしたんだろ?」

「サヨちゃんの気配を感じたんじゃない?」

「まさかー」

「まぁここにはサヨちゃんどころじゃないものがウヨウヨいるけどね」


 そう言った透子が植木鉢コーナーを見ると、そこに直立した泥まみれだらけの女が立っていた。

 植木鉢に立っている女は何かうわ言のようなものを繰り返しながら口の端に泡を溜めている。

 正面には買い物かごを持って買い物をする親子の後ろを二頭身で裸の男女ともつかない何かがついていく。


「透子ちゃん、ここなんだかいっぱいいるねぇ」

「たぶん立地がよくないんだと思う。霊道じゃないけど昔、この辺にお墓があったんじゃないかな」

「お墓? それなのにこんなにおっきいもの建てたの?」

「墓を掘り起こして強引に工事したんだと思うよ。そのせいですごいことになってる」


 天井を見ればそこに張り付く黒いアメンボのような人間がいる。

 頭部が異様に大きい老人が買い物客のかごをジッと見つめている。

 当然、買い物客や店員はまったく気づいていない。


 このような土地に何かを建てる場合は必ず退魔師が地鎮式を行う必要がある。

 それですべてが解決するとは限らないが、少なくとも災いを引き起こすことはほぼなくなった。

 ただし土地の性質や規模によってはどうにもならないこともある。


 このホームセンターを建てた人間は心霊の類に疎いのだろうと透子は思った。

 それだけならまだいいが最悪、その人間が心霊を軽んじるとしたら厄介なことを引き起こす。

 ホームセンター内を見て透子は後者だと確信している。


 買い物客の中に先程の中年女性以外にも感じることができる人間がいる。

 20代の若い女性が俯いて何も見ないようにして歩いていた。

 おそらく見えているのだろうと透子は同情する。


「さて、買い物買い物」

「何から買うの? ハンバーガー?」


 サヨはキラキラした目でハンバーガーを期待している。

 透子は気にせずメモ用紙を見ながら目的のものを買うためにまずは種を買い物かごに入れた。

 次に足りないDIY用具一式に畑を耕すのに必要な農具、木材など。


 古民家の痛んだ箇所は一度崩す必要がある。

 その上で板で張り替えるなどして、少しずつ修繕していかなければならない。

 この作業がなかなか大変で、気軽に田舎暮らしに憧れた人間が挫折する要因でもある。


 家は住めるものと思い込んでいたものの、実際には雨漏りなどがひどいというわけだ。

 しかも今の家と違って断熱材が使われていないことが多いので室内の寒暖差が激しい。

 田舎への移住者はいかに都会での暮らしが恵まれていたか思い知ることになる。


 木材などの大きいものは後日配送してもらう手続きをした。

 透子が住所を書くと店員が二度見をする。


「樫馬村か……」


 店員がボソリとつぶやく。

 おそらく悪い意味でも有名なのだろうと透子は苦笑した。


 透子が買い物かごの中身をチェックしてレジに並んでいると、前にいるカップルが騒いでいる。

 うるさいなと思いつつも透子は話の内容に耳を傾けた。


「知ってるか? このホームセンターってさ、出るんだってよ。なんでも昔、墓地だったって噂だぜ」

「え、ちょっとやめてよ。私、そういうの苦手なの知ってるでしょ」

「夜になると倉庫に黒い影が走ったり女の笑い声が聞こえるんだってよ。だからここじゃ誰も残業したがらないんだぜ」

「だからやめてって言ってるでしょー。もうホンット最低ー」

「ばぁーか! 幽霊なんているわけねーじゃん!」


 怒りつつも女はどこか楽しそうだ。

 元が墓地というのは割と有名なのかと透子が思っていると、足元で黒い赤ん坊がハイハイしていた。

 赤ん坊は女の足を登って肩に乗ろうとする。


「めっ!」


 サヨが赤ん坊に怒るとビクリと震えて消えた。

 透子としては放っておくつもりだったのだが、サヨを止めるつもりもない。

 カップルのような人間はいずれ霊的に痛い目をみそうなタイプだからだ。


「もうすごいところだよねぇ」

「サヨちゃんのほうが遥かにすごい存在だけどね」

「そんなことないよー」

「だって他の霊がまったく寄ってこないでしょ」


 霊はより力の強い霊には近寄らない。

 その場からいなくなるか、いわゆる見て見ぬふりをする。

 ただし透子のような得体のしれない存在はその限りではない。


 それがなぜなのか、透子自身にもよくわかっていなかった。

 霊ではないが人間でもない。そんな半端な状態だが、霊からは人間だと見なされているのか。

 もちろんサヨにやったように霊力を見せつければその限りではないが。


「あ……ちょっとまずいかな」

「あの人、さっきの女の人?」


 透子がレジで会計を済ませると、透子は先ほどの20代の女性が視界に入った。

 女性は植木鉢に立っている女と目が入ってしまったのだ。

 その途端、女は壊れた玩具のようなぎこちない動きで歩き出す。


 女性は大慌てて店の外に出るが、女はなかなかの速度で迫った。

 透子達も店の外に出ると女性が走って逃げるところだ。


「待ちなさい」


 透子が女の後ろから声をかけるとぎこちない動きが止まる。

 ギギギと首を透子に向けた。


「戻りなさい」


 透子が語気を強くすると女はやがてホームセンターへと戻っていく。

 最後まで透子がそれを見送ると、女性が何かを察したようで近づいてくる。


「あの……ありがとうございました」

「もうあなたはあそこにいかないほうがいいよ。霊媒体質でしょ」

「はい、昔から困っていて……あのホームセンターも本当は行きたくないんですが、近くにはあそこしかないんです」

「車の免許でもとったら?」


 透子の提案に女性はどこか納得したようにして頷く。

 透子は踵を返して自転車にまたがると、サヨの視線を感じている。


「ハンバーガー!」

「大丈夫、忘れてないって」


 サヨに催促されて透子は横断歩道を渡った。

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