第4話 災いの木 1
透子は家々を巡って引っ越しの挨拶をすることにした。
手土産として引っ越してくる際に買った菓子を配ろうと、近くにある家を訪ねる。
樫馬村は家から家までの距離が長く、隣といっても二分近く歩く。
田園風景を眺めながら透子が歩いていると、サヨがふわりと隣で浮いた。
透子としては地縛霊のようなものだと思っていただけに、サヨの自由さには思わずうなる。
「サヨ、あなたって古民家から出られるんだね」
「出られるよー? なんで?」
「いや……」
本人に地縛霊呼ばわりするのが気が引けた透子は言葉を濁した。
浮遊霊や地縛霊などといった呼び方があるように、それぞれ特徴がある。
浮遊霊は行動範囲が広い代わりに無害で力が弱いことが多い。
地縛霊は何らかの想いでその場所に縛られているだけあって、時として人に害を及ぼすことがある。
その場所への執着が力の源となっており、いわゆる悪霊に分類される霊はこの地縛霊が圧倒的に多い。
サヨは浮遊霊の性質を持ちながら、地縛霊と同等の力を持っている。
自由自在に移動が可能でその気になれば誰でも攻撃することができるなど、下手な悪霊以上に危険視されてもおかしくない。
サヨを怒らせたら某映画の女悪霊以上の脅威を見せつけるというのが透子の見立てだ。
「お隣さんだねー。ここってあの石垣おばさんの家だよ」
「石垣おばさん、いるかな?」
透子が平屋に着いた時、窓の奥にあるカーテンが素早く閉じた。
透子は呆れながらも一応インターホンを押す。
しかし案の定、出てくる気配がない。
「……私が何をしたっていうのさ」
「ねー! こんなんだからずーっとあの古民家には誰も住まないんだよ!」
「それは大体あなたのせいでしょ」
透子ならばいくらでも家の中に入る手段はあるが怖がらせてしまうのは本末転倒だ。
書置きとお菓子だけ残して立ち去った。
離れた振りをして隠れて見ているとドアが開いて中年女性が出てくる。
書置きを凝視してから菓子を手に取った後、そのまま家の中に引っ込んでいった。
「ちゃっかり受け取るんだ」
「悪い人じゃないんだよ。きっと……」
その後、透子が民家巡りをすると家から出てきたのはわずか数人だ。
一人は仏頂面で仁王立ちしてから菓子をふんだくってドアを強く締める。
一人は怒鳴りつけてきて訳のわからない説教を垂れる。
一人は出てきた瞬間にバケツの水をかけてくる。
全員に塩対応されたところで透子は村人について思うところがあった。
「びっちゃびちゃだねー」
「やけに出てこないと思ったらバケツに水を溜めてたんだろうね。すごい根性してるよ」
黒髪からポタポタと水滴を垂らしながら透子はハンカチで拭いた。
住民による塩対応は一貫していたものの、中年女性のように菓子を受け取る者もいる。
最後に訪れた村長宅は一際大きい。
日本庭園を彷彿とさせる庭の中心に和風の平屋が上品に存在している。
高い塀に囲まれていて、明らかにこの家だけ村で浮いていた。
インターホンを押すと年老いた女性が姿を現す。
透子を見るやいなや、口に手を当てて眉をひそめた。
「どちらですか」
「最近、この村の古民家に引っ越してきた岩古島透子です。今回は挨拶に伺いました」
女性はそそくさと奥に入っていくと間もなく白髪で頭部の側面を覆った老人が現れる。
口元をもごもごとさせながら、透子を上から下まで嘗め回すように観察した。
「挨拶とは感心だな。最近の若い連中とは大違いだ」
老人は打って変わって笑った。
「ワシがこの樫馬村の村長をやっている倉石
「これからお世話になることもあると思います。よろしくお願いします」
「見たところなかなか若いが、まだ学生か?」
「今年で十六歳です」
学校には行っていないが透子は余計な情報を言わない。
追及されるとこの手の世代は何かとうるさいから面倒だと思っていただけに、透子は内心ホッとした。
それから透子は中に通されて茶を飲みながら、村長と世間話に興じる。
思ったほどひどい人間ではないと透子は思うものの、どこか引っかかるものがあった。
他の村人に比べてあまりに人当たりが良すぎる。
この孝蔵だけが人好きのする人間だろうかと考えるが、妻の芳江は一言も喋らない。
「若い者が村に来てくれることは大変喜ばしい。透子さんもこれで晴れて村の一員というわけだ」
「はい。受け入れていただけて嬉しいです」
「うむ。ところでさっそくなのだが、透子さんにお手伝いをしてもらいたいのだ。村では交代で清掃を行っていてな。その当番に入ってもらいたい」
「当番ですか」
団地やこういった山村ではこの手のしきたりは付き物だが、透子としては少々面倒だった。
しかし変に断ると面倒なことになると考えて話を聞き入れる。
「この家を出たところの突き当りの農道を真っ直ぐいった先にな、木が生えているだろう?」
「確かあったと思います」
「ぽつんと生えているあの木は、昔から村で豊穣にご利益があるとされているご神木だ。村人は皆、大切にしている。今回はあの辺りを掃除してもらいたい」
「はぁ……」
この瞬間、透子は孝蔵の態度に合点がいった。
単に面倒な清掃をやらされるからではない。来る途中、透子はその木を目撃している。
その木は真っ直ぐ伸びる農道を阻むかのように生えていた。
農道を二股に分けて、その真ん中に木が生えている様を見れば斬ればいいのにと思うだろう。
しかし透子はすべて見通している。木を切れない理由があるのだ。
「まぁご神木というと都会の子には滑稽に聞こえるかもしれんがな。とにかく私らはあの木に豊穣の成功を毎年のように祈願しておるのだ」
「掃除というと落ち葉を掃くだけでいいんですか?」
「あぁ、そうだな。そう大それたことはしなくていい。それに面倒なことばかりではないぞ。あの木に触れるとご利益があるのだ」
「ご利益?」
「木を三回撫でると願い事が叶うとされておる」
孝蔵が得意げに笑顔を作った。
妻の芳江を見ると、かすかに薄く笑っている。
透子にはそれが笑いを堪えているように見えた。
「隣のばあさんは昔、難産と言われておったがな。あの木を撫でると驚くほど楽に出産ができた。それに木島の奴は隣町のくじ引きで一等の五百万円を当てとるんだ」
機嫌よく語る孝蔵に透子は噴き出しそうになった。
孝蔵が語るご神木にそんなご利益がないことなど、とっくに見抜いている。
それどころかご神木はとんでもないものだった。
「……というわけだ。村の一員としてやってくれたらありがたいのだがな」
「はい、やります」
「おぉ! 素晴らしい! 最近の若い者とは違って積極性があってよろしい! ワッハッハッ!」
「村のためですからね」
透子がこの上なくわざとらしく皮肉を込めた。
孝蔵にその意図は読めず、透子の言葉を額面通りに受け取ってより高らかに笑う。
都会から来た世間知らずの小娘が、そんな風に心の中で舌を出している。
孝蔵の悪質性と底意地の悪さ、何より安易にあちら側を利用しようとする気概に透子は
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